第108話 ダブルブッキング
なぜこんなことになってしまったのか?
リーズは隣で言葉を捲し立てるクインの声を静かに聞いていた。
目の前には教会の服を身に纏っている女の子が1名と、その後ろにはそれに付き従うような、こちらも教会の服を着こんだ男の子が3名立っていた。
再び、何故? いったい、どうして私はこんなところに巻き込まれてしまったのか?
ヒートアップするクインとは反対に、冷静に答えの出ない問いを考え続けていた。
ふとジークフリート様のことが思い出されて、そちらの方向を見やる。
視界に飛び込んできたのは一筋の空に立ち上る煙だ。
ー何かが、起こっている?
しかし、その考えはすぐに頭から消え去る。ここは王都の城壁の外と行ってもまだ安全な場所だ。もし異常があれば馬車で待機している護衛の方達の方が先に気付くだろう。その気配が感じられないということは何も異常がないということ。
再び、目の前で言い争っている二人を冷めた目で眺めた。
王都にある教会の見習いとして頭角を現していると噂される【微笑のリネット】。
山の中腹にある寂れた廃堂の前で二人は言い争いを続けていた。
☆
「何でお前がここにいる」
廃堂についてリネット達を見るや、高圧的な態度でクインは話しかけた。
「何でと言われましても、ここは別に天下の山道、ルゲッティ家のものという訳じゃあありませんよね。私たちがここで何をしていても関係はありませんわよね? ふっ」
リネットは微笑を称えて返した。
「違う。そうじゃ、そうじゃない。この廃堂は冒険者ギルドで調査依頼がかかっているんだ。そして、その依頼を私が受けている最中なんだ。現場を荒らすような真似をされても困るから言ってるんだ。そして、その顔をやめろ。何か馬鹿にされている気がするんだ」
「ふっ、すいません。これが私の顔ですので。神に仕える私は、いかなる時も貴方のように怒気をまき散らしているかのような顔をするわけにはいきませんので。それと、ここへ来たのは、私も教会の上の指示で調査に来ておりますので、はい、そうですかと譲ることはできません。貴方の方が遅くにやって来たのですから、私たちの調査が終わるまでお待ちになってください。ふっ」
二人は同世代でスライムスレイヤーとなり、お互いを意識する存在。交われば反発する、水と油、竜と虎、まさしく混ぜるな危険。
「なにっ!! 早いもの順だというのであれば、私はもっと前にここに到着していたのだ。いちど、ここを離れただけにすぎない。だから、私の方が先に調査する権利があるはずだ」
「しかし、私が到着した時には貴方はいませんでしたわ。大方、廃堂に一人で入るのが怖くなって、仲間を呼びにいっていたとかじゃあないんですか? ふっ」
「なっ!! そんなことあるわけがないだろう!!」 おもむろにクインは、廃堂の扉を開けて、ずかずかと足を踏み入れ、こちらに振り返った。「ほら、この通りだ!! さっきもここに子供がいなければ一人で調査を続行していたはずなんだ?」
「子供………? ですか? その子供は今どこに?」
「それは………途中で消えた……というか……それを調査するために、ここに戻ってきたんだ」
「消えた? 廃堂ではなくて、この日光が照りつける外で、ですか?」
「そうだが?」
リネットは考え込んだ。
「リネット様、その子供は!!」
「教皇のお告げの?」
「デビルハンターを連れてきた方がいいのでは?」
リネットの後ろに控えている3人の男の子はリネットに進言した。
そこまで傍観していたリーズは口を開いた。
「クインの見間違いの可能性もありますよ。クインが何か変なものを食べて幻覚を見たという線も考えられます」
「馬鹿!! まだ言ってるのか!! そんなわけないだろう」クインはすぐに否定した。
「まぁ、そうだとしても一緒に調査すればいいじゃあないですか。依頼者も違うみたいですし。どちらが早く調査しないといけないということでもないでしょう。どうです。リネットさん?」
「………ふっ、もし本当に消えたということであれば、光魔法を使えぬであろう貴方達では荷が重いでしょう。私達が協力してあげても良いでしょう。どこで消えたか場所を教えてもらえますか」
「私がひとりでも…むぐ」クインの口をリーズが抑えた。
「こちらです。ついて来てください」
私たちは4人を引き連れて、今来た道を再び返ることにした。
そして、滝行を行っていた場所に帰ると、そこで行われている光景にびっくりした。
バーベキューである。あの一泊移住の時のように。そのとき点と点が線につながった。先ほど見えた一筋の煙はこの肉を焼いた煙だったということだ。
「何をしているんですか!! 修行はどうしたんですか?」
リーズの声が山の中にこだました。
☆
俺の我儘ボディーはスイートポテトを食べた後、本格的にお腹が減ってきていた。
「もうお昼時だな」
スイートポテトで満足できるならということで、この前手に入れた蛇でも焼いて振舞うかということにした。
土魔法で焼き場と調理場をつくり、風魔法で蛇の肉をカットしていく。
そして、肉だけでなく付け合わせに野菜なんかも焼いていく。
「器用なもんね。土魔法だけでなく風魔法まで。というか、この白い土、あなた一体何なの?」
実体化しているアークが驚いた表情で尋ねてくる。
しかし、その答えは俺も持ち合わせていない。
「そ、そうね、これ以上深追いしちゃあいけないわね。これ以上の詮索は死。あなたの沈黙はそういうことね」
いや、全然違うけど。近づいては遠ざかるアークとの距離感。初対面だし、距離感を測りかねているということだろう。
「ほら、そんなことより、焼けたみたいだぞ。今度はこっちを食べてみろよ」
「魔物の肉………ね」
恐る恐る手渡したフォークで突き刺して、口に運ぶ。
「ふーん、まぁまぁね。よくある肉って感じだわ。こんなものじゃあ私を満足させられないわね」
駄目か。
「じゃあ、こっちのタレにつけてみてくれ」俺はあれから焼き鳥のタレを完成させていた。「ネギと一緒に食べるといいぞ」
「これにつけるの? それで、そんなに変わるとは思わないけ……ど……お……」
「お?」
美味しいという言葉を言うのを我慢しているが、明らかに喜んでいるのが表情を見てみれば分かる
。
「ま、まぁまぁね。これなら、さっき食べたスイートポテトの方が感動が大きかったわ。最低でもさっきのものより美味しくない私を満足させることなんてできないんだから!!」
満足の味覚のハードルがさっきのスイートポテトであがってしまったということか。これは失敗したな。先にこちらの蛇肉を食べさせた後にスイートポテト、いやプリンやコーラを挟んでスイートポテトという順番で段階的に美味しいものを食べさせていくべきだったか。
あのスイートポテトは特殊なサツマイモで作った異世界では珍しい料理。あれを越えるのはなかなか難しいのではないだろうか。味覚が駄目なら………次は聴覚で攻めるか。
そんなことを考えているとリーズさんの張り叫ぶ声が山中に響いた。
「何をしているんですか!! 修行はどうしたんですか?」
お怒りしている。修行しているように言っていたのに帰ってみたらBBQをしていた。考えてみたら嘗め腐っているとしか考えられない。
「いや、これには訳がありまして」
俺がアークの方を見ると、実体化を解除しているようで、俺以外誰にも見えないようになっている。すこし向こう側が透けて見えている。これが透き通る世界というやつか。
「大方、お昼の時間だから我慢できなかったという理由だろう」
横にいたクインさんが言った。
そんな人を食いしん坊みたいに。これには霊を成仏させるという崇高な目的があるわけでして、ただお腹が空いたから食べた。そんなわけがあるわけないじゃあないですか。
そんなことを考えているとさらにその後ろにいた一団の中で先頭にいた女の子が口をあわあわさせて、呟いた。
「じゃ、邪神!!!」
何回、今日同じ件をするんだ。
この善良な王子に向かって邪神だなんて。いや、もしかしてアークのことを指して邪神と言っているんじゃあないだろうか。俺は辺りを見回して、アークのいる方を見た。そしてクインさん達の後ろにいる女の子の方をもう一度見た。
明らかにアークの方を見ていない。そればかりか、震える指先は確実に俺を捉えている。
「あわ、あわわわ」
もう、さっきからあわあわしか言ってない。
「リネット様、どうされました?」
「あの者が預言の??」
「おのれ……真昼間ということで油断したわ!! デビルハンターを呼んでくるまで俺達で耐えなければ!!」
女の子の後ろにいる男の子たちが口々に声をあげる。
「ははははははッ」クインさんが突然大声で笑いだした。「何を驚いているか分からないが、リネット、お前は考え違いをしているぞ!! あちらの子供はヨハネス様と同じはらからであられる、ジークフリート様だぞ。王族を邪神扱いしようなどとは、もう一度教会の修行を最初からやり直した方がいいんじゃあないか?」
「あ、あのヨハネス様の? ……失礼しました」
女の子は片膝をついて、頭をたれた。それに倣って後ろの三人の男の子も臣下の礼をとる。
「あ、いや。王族といってもお兄様は確かに継承権1位で凄いですけど、僕は下の方ですから。それほど畏まらなくても大丈夫ですよ」
「ははははっ、ジークフリート様は気さくなお方だからな。そのような臣下の礼は不要だ。それにしても、リネット、いつもの微笑はどうしたんだ?さっきの泡を食ったような顔は、傑作だったぞ。ははははっ」
クインさんの煽り性能が天元突破しているぞ。いいのか。リネットさんの口から歯ぎしりの音が聞こえてきそうである。
そういえばリネット……どこかで聞いたことがある名前のような気がする。




