第103話 降臨
パラシュートの練習の日は時間が中途半端だったので、早い時間から集まれる日に再度集合して、宝探しに行くことになった。
そして当日。
「待ちくたびれたぜ」
バット君はパラシュートを装備して、その顔には眼帯をつけている。
他の皆も準備万端のようである。
「じゃあ行くよ」
「おう」
【飛行】
俺達は雲の上まで上昇し、そのまま、東へと向かう。その速さは凄まじい。雲の切れ間から覗く地上の景色は流れるように変わっていく。
1週間はかかるヴァシモ村の上空まであっという間に到着した。まだ太陽は東の空にある。南中するにはまだまだ時間はありそうである。
「この地図によると、あっちの山だな………」
上空を旋回して洞穴を探すが、それらしきところが見つからない。木々が邪魔をして上からではなかなか見つからない。
「どうする? 洞穴らしき場所が見つからないんだけど」
「もう着いたのか? 見当たらないなら仕方ない。誰かに聞くしかないんじゃないか」
眼帯をしたバット君が答える。
「ヴァシモ村には寄らないつもりだったけど、仕方ない近くに降りて村に入るか? いや、でも子供だけで訪れるのはいろいろ詮索されそうだけどな。どうする?」
「このまま空から村に降りたって、神の使いとして振る舞うってのはどうだ? それなら子供だとか向こうは気にならないんじゃないか? それで山にある洞穴のことを聞いておさらばするっていうのはどうだ」
子供らしい発想だが、さっと行って、さっと帰るのであれば大丈夫……か。
「まぁ、それで行くか」
俺たちは村の真ん中あたりを目指して下降する。よく見ると村人たちは矢倉を囲んで集まっている。
なんだ? なにか祭りでもやっているのか?
上空から近付いていくと、村人たちもこちらに気付いた様子で、こちらを指さしているものや、正座して拝むものもいる。さらに近づいていくと村人たちの声が聞こえてきた。
「預言のとおりだ」
「うをぉぉぉぉおおおおお、神の御使い様だ!!!」
「祈れ、祈るのじゃ!!!」
「神よ!!」
「これで村は救われる!!」
何やら想像以上に崇められている気がする。俺たちは矢倉の上に着陸する。
さっきまでの喧騒が嘘のように群衆が静まり返る。矢倉につながる階段の下に一人の老人が近づいて土下座の恰好で叫ぶ。
「この度は御光臨していただきありがとうございます。【星詠み】の預言に従い、お待ち申し上げておりました。歓待の準備はしております」
「預言?」
「はい、御使い様はご存じないとは思いますが、人の世界において、未来を選択するときの指針を授ける者がおります。その者は10年前、この村を訪れこう告げたのです。『この村に凶事が迫っている。7の月、光が最も高く昇る早朝、それは降臨す。盲目の剣士、森を好む人非ざる求道者、同じく人非ざる豚の怪物、それら3人の従者を従えた天翔ける龍の巫女、その者たち緑の衣をまといて天を翔けるべし。凶事はこの天からの遣いによりたちどころに無に帰すことであろう』と。その当時は村に凶事などもなく、皆、それほど気にするものもいなかったのですが、去年のことです。山の洞穴に大蛇の魔物が棲みついてしまったのです。薬草を採りに山に入ったものがその大蛇に襲われるようになりました。いつ山を下りて村人を襲いだすか気が気ではなかったのです。そして、皆の頭には、あの昔訪れた【星詠み】の預言を思い出したのです。そこで、日が一年でも最も高く昇る今日、矢倉を組んであなた達をお待ちしていた、というわけです」
話の途中で俺は眼帯を外そうとしていたバット君の動きを止めた。
「盲目の剣士って、もしかして俺のことか?」
「えっ、ええっ!! み、巫女?!!」
まんざらでもなさそうなバット君。巫女扱いで戸惑うロビンちゃん。話を全く理解していないだろう求道者のエドガエル君。そして………
ぶ、豚ってなんじゃ。その預言、外れまくっているぞ。盲目でもない、巫女でもない、求道者ってなんだ? そして、俺は猪八戒ではない。
「グリフィスも怪物扱いたぁ良かったじゃないか。お前の魔法の腕なら人外扱いでも頷ける」
バット君は俺に小さな声でささやく。
いやいや、そっちの方ではなく修飾節の方に注目しろ。なんだ、豚って、人外の中でもワースト3には入るんじゃあないのか。
竜とか熊とかいろいろあっただろう。誰なんだこんな訳の分からない予言を残した【星詠み】とやらはよ~。
それにしても俺にはピンと来てしまったことがある。その大蛇が棲みついたという洞穴、怪しい。いかにもジン爺が宝を隠したという洞穴ではなかろうか。
「どうする? 洞穴には大蛇がでるみたいだぞ? このまま帰るか?」
「………グリフィス的にはどうなんだ?お前の魔法なら大蛇なんてなんとかなるんじゃないのか?」
バット君の俺の魔法に対する信頼が限界突破している。大蛇なんて危ないからやめた方がいいといえばやめた方がいいような気もする。しかし、以前森で大きな熊を倒した経験を思い出す。
まぁ熊がいけたなら蛇もいけるか。
「多分大丈夫じゃないか」
「よし、それなら引き受けようぜ!! 村の皆、この盲目の剣士バット様が来たからにはもう安心だぜ。皆が用意してくれた飯を食べたあと、食後の運動でちょちょいと倒してきてやるぜ」
「ちょ」
バット君は俺が止める間もなく、矢倉の上から、大きな声で叫ぶ。
「うぉおおおおおおおお!!!!!!!」
村人の声がうねりを上げる。
バット!!バット!! 心眼とはすごすぎる!! そこにしびれる、憧れるぅううう!!
巫女さまー!! きゃー、かわいい!!!
求道者さまー!! こっち向いてー、素敵ー!!
おい、豚!!! こっち見るんじゃあねぇ!!
おいおい今言ったやつは誰だ?! 仮にも御使いの3人のうちの一人だぞ!!
くそぅ、こうなったのもバット君が安請け合いしたからだ。
「では、こちらに。御馳走を用意させてもらっております」
「ありがとう」
バット君は眼帯をとって、下に降りようとする。
「おいおい、眼帯をとるなよ。盲目の剣士じゃないってばれるぞ」
「あっ!! どうする?」
「お兄ちゃん」
「俺が連れてってやるよ。服を掴んで後ろからついてこい」
「グリフィス、なんてでかい男なんだ。まるでぶ…いたっ」
言わさねーよ。俺はそんなに器のでかい男ではないのだ。
俺達は用意された御馳走をいただくことになった。しかし、ただ一人戸惑っているものがいる。
「俺はどうやって、食べれば?」
バット君は途方にくれる。
「俺が食べさせてやるってばよ」
「なんていいやつなんだ。恩に着るぜ」
まずは肉を一口大に切って自分の口に運ぶ。
うむ、肉汁が滴ってなかなかいける。そして、付け合わせにつけてあった野菜をバット君の口に運ぶ。
「おいおい、肉はないのか? 肉は? 野菜は苦手なんだよな、俺」
「そんなこと言うなよ。村人たちが用意してくれた御馳走だぞ。好き嫌い言う御使い様がいるか?」
「……そう…だよな」
その後も俺はバット君の嫌いな野菜だけを選んで、バット君の口に運ぶのだった。




