第102話 俺に構わず先に行け
「早速宝を探しに行くのか?」
バット君の気がはやる。
「いや、今日はパラシュートの練習だ」
「パラシュート? それってこの前言ってたやつか」
「そうだ、落下した時に命を守るためのものだ。まずこれができるようになったら、宝を探しに行ってもいいぞ」
「何!!! それを早く言ってくれよ!! 早速始めるぞ。何をしたらいいんだ」
「今から皆を空に飛ばして、落下させる。そうして、俺が合図を出したらこの肩のところにあるレバーを引っ張ってくれ」
「空を………すげーぜ。流石グリフィスだ。いいぜ。何でもやってやるよ。レバーを引くだって、そんな簡単なことでいいのか。楽勝、楽勝♪ 早くやろーぜ。それができたらすぐに宝探しだ!!」
「空を……危なくないんですか?」
ロビンちゃんは心配そうである。
「大丈夫だ。もし、失敗しても魔法でカバーできる。これは万一を想定してのことだから」
「は、はい」
「びびってんじゃねぇ!! ロビン!! こんなの余裕だぜ。俺達は今から空の征服者になるんだぜ!!」
皆の準備を確認してから魔法を発動した。
【飛行】
俺達は一瞬で雲の側まで上昇した。
「お、お、お、おい。い、い、いくら何でも、た、た、た、高すぎないか」
「はわ、はわわ~。すごい、綺麗」
さっきまでの勢いはどこにいったのか、バット君はビビり散らかしてしている。逆にロビンちゃんは風景を楽しむ余裕すらある。エドガエル君は目をキラキラさせて喜んでいるのが表情から読み取れる。
俺たちは上空で留まり、しばし空からの景色を楽しむ。若干一名楽しめてなさそうではあるが。
「それじゃあ、魔法を解除するよ。一気に落ちるから。一応合図は出すけど、大体30秒くらいしたらレバーを引くイメージで。行くよ~」
「ちょ、ちょ待てよ!!」
バット君からの待てが入った。
「どうした?」
「こ、こ、ここから落ちるのか? も、も、もうちょっと下からでもいいんじゃないか?」
「本番を想定していきたいからな。このくらいからの方がいいだろう。それにある程度スピードが出てないとパラシュートが開かないからな。危なかったら魔法でなんとかするから、安心してくれ。宝探しにすぐに行きたいんだろう?」
「……そ、そうだな。よ、よし、やってくれ………いや、ちょ、って、あああああああああああ」
俺は魔法を解除した。
皆で落下を開始する。一度経験しているので、体勢をいろいろと変える余裕すらある。空気抵抗を受ける体勢にすれば、かなり減速できるし、直立の姿勢だとスピードが上がる。
エドガエル君を見るとくるくると空中で宙返りをしたり、俺と同じようにいろいろな姿勢を試している。全く恐れることをしらない。恐るべし身体能力。いや、俺への信頼か。
バット君とロビンちゃんはよく見ると目をつぶっている。流石にこの落下には恐怖を感じてしまっているようである。
「そろそろレバーを引いて!!」
俺の合図とともにエドガエル君とロビンちゃん、そして俺のパラシュートは空中で開き、スピードを大幅に減速する。
「ロビンちゃん、目を開けてみて」
ロビンちゃんは恐る恐る目を開く。
「わー、すごい。空を…飛んでる」
スピードが緩やかになって、恐怖心も薄らいでいるようである。なかなか度胸がすわっている。
「て、あれお兄ちゃんは?」
バット君を見るとまだレバーを引かずに自由落下を続けている。限界までチキンレースをしているのだろうか。そのままいくと潰れた西瓜のようにぐちゃぐちゃになってしまうぞ。
「おーい、バット君レバーを引けーー!!」
「お兄ちゃーん」
声が聞こえてないというより、もしかして意識を失っているのか。
俺はバット君に【飛行】の魔法をかけて落下速度をコントロールしながら、ゆっくりと地上へと着地させてやる。
その後に俺達3人は地上へと到着し、バット君の下へと駆け寄る。
「大丈夫か?」
「お兄ちゃん!!」
「ん、んあ、今日の晩御飯は何だっけ?」
どうやらバット君は記憶の混濁が激しくなっている。俺達の呼びかけで徐々に覚醒し始める。
「ん、んあ。あ、い、生きてる……だと」
「魔法で着地させたからね」
「魔法で着地できるなら、こんなことする必要なんてないんじゃあないか!!」
バット君、魂の叫び。
「いや、だから、これは万一のためだから。空で何かに襲われて、俺の魔法が解けてしまったりした時は自分で着地しないとならないかもしれないじゃないか?」
「うっ!!」
「どうする、これができなければ宝を探しには行かないぞ。危険だからな」
基本的に俺はお宝にはあまり興味がない。そもそも見つかっても、個人的にはパラシュートを作ったりで赤字は確定している。ここは堅実にパラシュートを使ったアクティビティで稼いだ方が安全で賢いお金稼ぎのやり方だろう。
「やる。やってやるよ!! 待っていろよ。まだ見ぬ財宝よ!!」
バット君の意思は揺らがない。
「………分かった」
俺はパラシュートを再度準備する。
「わ、私も、もう一度」
ロビンちゃんは成功していたので、もうやる必要がないが、どうやらもう一度飛びたいらしい。空の怪物がまた一人生まれてしまうのか?
エドガエル君も無言でパラシュートを再度体に取りつけている。その顔は満面の笑みを浮かべて、うきうきを隠せていない。どうやらここにも空の怪物はいたようだ。
俺達は再び【飛行】の魔法を使い、空高く上昇する。
「う、うわわわわわわ。やっぱり、なんて、た、た、高さなんだ。いや、諦めるな。俺。ロビンにも出来たんだ。俺にできないはずがない。もし危なくなってもグリフィスが魔法でなんとかしてくれるって、うわわわわああああああああ」
バット君は何やらぶつぶつと呟き続けていたが、俺は早速魔法を解除した。
「うわ~」
ロビンちゃんは今度は目を開けてスリルを楽しんでいる。
エドガエル君は何故か剣を抜いて右に左に振り回している。2回目で早くも空中で戦うことを想定しているのか?
俺はバット君の方を見る。
駄目だ。
完全に白目をむいてやがる。
完全に高所恐怖症ってやつになっている。
俺は再度バット君に【飛行】の魔法をかけて地面にゆっくり着地させてやる。
他の二人は俺の合図も必要なく、自分のタイミングでレバーをひいて無事に着陸する。
「く、くそ、お、俺のことは捨てて3人で先に宝を探しに行ってくれ」
先に地面に到着して、正気に戻っていたバット君は俺が人生で言いたい台詞ベスト10には入る台詞を口にした。
「いや、私はお兄ちゃんが行かないなら行く気はないけど………」
「俺もバット君が行かないなら行かないけど」
特に宝に興味はない。空を飛べるようになったというだけで今回は御の字である。
「ぽ、ぽ前ら、な、なんていい奴らなんだ。ずびびび。わかったぜ。次こそは成功させてみせるぜ」
バット君は何か勘違いしている。バット君のことを待っているわけではないのだが……
そもそも高所恐怖症は、そんなすぐに改善するとは思えない。
「そうだ。空で高いところを見てしまうから駄目なのでは。これを顔に巻いてみれば?」
「なんだこれは?」
俺は闇魔法でポケットの中から眼帯を取り出す。
「眼帯だよ。盲目の人がその目を隠すためのアイテムだけど、健常者がつければ、周りの景色が何も見えなくなるからね。今回の場合にはうってつけじゃないかな。合図でレバーをひければいいから、俺に何かあればロビンちゃんに合図を出してもらってもいいし」
「なる……ほど……試してみるか……」
俺達は3度目のダイブを決行した。
「どうだ。恐怖心はあるか」
遥か上空でバット君に問う。
「いや、今ってもう空の上なのか? なんか浮遊感は感じるけど……」
「じゃあ落とすぞ。合図でレバー引っ張れよ」
「わかった」
俺達は落下する。
「今だ。引っ張れ!!!」
「おう!」
上に引き上げられる衝撃がバット君にかかったはずである。
「余裕があれば眼帯を外してもいいぞ。あとはゆっくり地上に落ちるだけだ」
バット君は恐る恐る眼帯を上にずらす。
「はは、うぉおおおおおお、やったぜ!!!! やってやったぜ!!! 飛んでる!! 俺は空を飛んでるぞーーー!! ざまーみやがれ!! 俺は空を克服したんだ!!!! 空の覇者、天空を自在に駆け、空から監視するもの、そうバット様の誕生だ!!! ふははははははーーーー!!!!」
どうやら眼帯をつければなんとかなるようである。
そして、バット君、残念ながら君はまだ高所を克服してはいないだろう…………




