第101話 空の怪物
あれから数日後、王都から少し離れたピノモレ山のふもとにある一本杉の下にて俺はラキュウさんと待ち合わせである。一緒に城門をくぐるのはいろいろと問題があるので、ここで待ち合わせすることにした。
「試作をいくつかつくって来たんだが、どのようにして実験するのだ? これをつけて崖から飛び降りるのか? まだ耐久テストを行ったわけではないから、死の危険もあるが本当にやるのか?」
「いや、初めは岩でも括りつけて実験しようかと考えています」
「岩だと? 岩に取りつけることができるか微妙なところだな。引っ掛かりがないから途中でずれ落ちる可能性もある。それにレバーを途中で引かなければならないのではないか?」
「耐久力だけなら、初めはパラシュートはむき出しのまま、高いところから落とすというのでもいいですけど」用意してもらったものは全てリュックのようなものの中にパラシュートがたたまれて入れてくれてあるの見て続けた、「準備は万端のようなので、魔法で遠隔で操作するとしましょう」
「魔法で、か? そんなことが本当にできるのか?」
ラキュウさんは俺に懐疑的な目を向けている。
「多分大丈夫でしょう。レバーを引くだけですからね。それよりも岩だと確かにずれ落ちる可能性がありますね。ここは人の形に近いものの方がいいでしょう」
「どうするつもりだ? こちらは何も用意してきていないぞ」
俺は辺りにまばらに生えている木の中から一本の木を選び、【風刃】の魔法で切り倒す。そして2m弱の材木に分割していく。
「な、無詠唱だと?」
ラキュウさんは目を丸くして驚きの声をあげている。
俺は10本の指先から小さな風魔法を起こす。
左手の指先から出る風魔法は右回転!
右手の指先から出る風魔法は左回転!
驚きの顔をしていたラキュウさんの顔はさらに歪み、その指先から出る風魔法が一瞬巨大に見えるほどの回転圧力にはビビった!
そのふたつの風魔法によって生じる真空状態の圧倒的破壊空間は、まさに歯車的風魔法の小宇宙!
俺はその中に輪切りにされた2m弱の材木を投げ入れた。
今回イメージしたのは中国映画でよく見る永春拳などで使われる木人。
投げ入れられた材木は、ガリガリと音を立てながらイメージ通りの形を形成していく。
「ちょっと待ちなさい。今のは何なの?」
「【3Dプリンター】という魔法ですね」
「すりーでぃーぷりんたー……そんな魔法は聞いたことがないわ。こう見えて私はペンタグラ魔術学院を卒業しているのよ。そこで教わった風魔法にそんな魔法はなかったはずだわ」
「まぁオリジナル魔法ですので」
「オリジナル…ですって?! その歳で……あなた誰に魔法を教わったの?」
誰にも教わっていないと言えば教わっていない。しかし、精霊のワムゥさんや妖精のリンネ、悪魔のサタンさんに正体不明のゼルシャ、この方達のおかげといえば、この方達のおかげである。しかし、俺以外誰にも見えていないようなので、ここで名前を言うのはどうだろうか。それで言えば土魔法の何たるかをラズエルデ先生に教わったことを思い出した。
「ラズエルデ先生ですかね?」
「なっ? それはまさか土魔法のプロフェッショナル、エルフ界でもイモに関してはその右に出るものはいないというラズエルデか? 弟子は取らないと聞いたことがあるが、まさか人族の弟子がいたとは」
「多分そうだと思います。【キングオブイモ】とエルフの中で呼ばれていたとかなんとか」
いじめられてこんな2つ名をつけられているのかとずっと疑念をいだいてる。いや、今もラキュウさんがこのような反応をしていてもその疑念が晴れることはない。どう解釈しても田舎者の王として揶揄されているとしか思えないのだ。
「そ、そうか、それほどの方に師事しているのか………」
いやただの変態エルフではあるが、わざわざ自分の先生をネガキャンする必要もあるまい。沈黙は金なりである。
「ま、まぁ、この木人にリュックを背をわせて、空から落下させて検証してみましょう」
「そうか、それなら山の上で作っても良かったな、ここから運ぶのは大変だぞ」
「??? いやここから風魔法で木人を空に打ち上げましょう」
「ここからだと? そんなことが出来るのか。せいぜい10mくらいしか上がらないのではないか?」
「いやそれよりは上げることができるとは思いますけど」
「そ、そうか、流石、ラズエルデの弟子だな……」
「じゃあ早速準備しましょう。僕はあと何体か木人を作っておきますので、その間にセッティングをお願いしてもいいですか?」
俺が木人を作るそばからラキュウさんがその木人にパラシュートをセッティングしていく。
「ではこれから上へと打ちあげます」
俺は事前に風の精霊ワムゥさんから聞いていた【飛行】の魔法を木人へとかける。
「なっ!!!!!!!!!!!」
【飛行】の魔法がかかった木人は一瞬で上空へと打ち上げられ、その高さは山をも越えて、雲に届きそうな高さまで到達する。それを見たラキュウさんは今日何度目かになる驚愕の表情を見せる。
「おー、上空でちゃんと留まってますね」
「今一体何の魔法を使ったんだ?」
「基本の風魔法【飛行】というやつですけど」
「なんだその魔法は、聞いたこともないぞ。風魔法のスペシャリストと言われている風の旅団ですらそんな魔法を使っているものはいないはず。ま、まさか……古代に失われたという喪失魔法…だというのか……【キングオブイモ】恐るべし……」
おかしい、精霊のワムゥさん曰く初歩の風魔法だと言っていたのに。
「まぁ、それは置いておいて、そろそろ本題の実験を始めます。今から魔法を解いて、自由落下を開始させます」
俺は親指と人差し指で丸を作り、そこに光魔法【レンズ】を使って木人の様子を拡大する。これで、いい位置に来た時に風魔法でレバーを引けば大丈夫だろう。俺は【飛行】の魔法を解除した。
俺は指で作った丸い穴から木人を負い続ける。
頃合いを見計らってパラシュートを開いた。
すると、空には大きく布が広がって、光魔法を使わなくても肉眼で確認できるようになった。
「どうやったんだ?」
「魔法ですね」
「そ、そうか、魔法か……」
ゆらゆらと木人が地上へと降り立った。ほとんど衝撃は軽減されており、いきなり成功してしまったようである。
俺は降り立った木人に近づいて損傷の具合を確認する。すると、結んでる部分周辺にひびが生じてしまっていた。
「パラシュートの方は大丈夫そうですけど、それと固定してる場所が問題そうですね。できるだけ接地面を大きくして上に引っ張り上げる負荷をもうちょっと分散した方がいいかもしれません。あとパラシュートから出てる紐も倍くらいに増やして接続部分を増やせますか? そうすれば衝撃を和らげることができると思います」
「………それならこれとこれなら紐の本数が倍以上になっているな。接続部分の面積はこの二つを使ってこちらの面積を増やしてみるか。ちょっと待っていてくれ」
紐の本数を段階的に変えてくれていたのか、それはありがたい。俺はラキュウさんが作業を終えるのを待った。しばらくすると二つとも接続分の面積をふやしてくれたようである。
「ではまずこちらの本数が少ないほうから試してくれ。これで大丈夫なら、こちらも大丈夫だろう」
「わかりました」
俺は早速手渡された木人に魔法をかけて実験をする。
そして降り立った木人を確認すると、先ほどの木人と違ってひびなどが入っていなかった。これは完成したといえるのではないだろうか。案外簡単に終わってしまったが、実験なんて案外こんなものであろう。
「成功ですね。これをあと3つ購入したいので、制作をお願いしてもいいですか?」
「こんなに簡単に決めてもいいんですか? 聞く限り命に係わるものですよね?」
「まぁ、落下した時の保険みたいなものですからね。これだけ衝撃を軽減できるのであればひとまず大丈夫です」
治癒魔法も使えるし、即死級のダメージさえ負わなければなんとかなるのだ。
「………あの、できれば、使用しているところを見せていただくことは? こちらはそちらよりも耐久性も衝撃吸収性も上ですし。どうでしょうか。私の作った商品がどのように使われるのか興味があります。もしこれからこの商品を作るにしても、どのように使われてるのか知らずに作り続けるのは不安があるというか………」
「まぁ、大丈夫ですよ。どちらにしても自分で実験するつもりではいましたから」
「そうですか。それなら何かあった時誰かいた方が安全ですしね。怪我をおったとしたら急いで治癒魔法使いを私が呼んできます」
治癒魔法使いは必要はないのだが、必要になるとは思えないのであえて何もいうことはない。
俺はパラシュートを背中に背負い、前面の接地部分を装着する。
そして、空気の流れを意識し、上昇気流をイメージしながら一言呟いた。
【飛翔】
俺は瞬間的に上へと跳ね上がり、どこまでもどこまでも上昇し続ける。あっという間に雲に手がかかりそうな高さまで到達し、下を見るとまるで世界がミニチュアのように、そして生物たちがまるでゴミのように見える。ラキュウさんはただの黒い点でしかない。
俺は空気の流れを調整し手を大きく広げた。
その姿はまるで地上に降り立たんとする天使さながらの様子であろう。空気の流れは【飛翔】の魔法のおかげで難なく制御することができる。俺は空中でピタリと止まり、絶景を楽しむ余裕すらある。もうちょっと怖いかと思ったが、まるでそんな恐怖の感情を1ミリも感じることがない。それはまるで、初めて自転車に乗っていきなり乗りこなしてしまったかのようなそんな程度の感情しか湧いてこない。
こうして空を飛んでみて思うのは、どうしてもっと早くに空を飛ぶということをしていなかったのか。ただただ悔やまれることである。
しかし、とはいってもである。この世界では何が起こるかは分からない。いきなりドラゴンに襲われて魔力制御ができなくなるなんてこともあるかもしれない。そんなことになってしまえば、俺だけならまだしも、他の3人まで墜落してしまうのだ。
俺は意を決して【飛翔】の魔法を解除した。
俺はすぐさまに自由落下運動を開始し、全身で下からの空気の圧力を感じ始める。
いつでも魔法で制御できるという意識があるからか、落ちていくことにも、上昇していくときと同じように恐怖は感じなかった。
いや、むしろ楽しさすら感じるくらいである。
もしかすると、パラシュートが上手くいけば、1回銀貨10枚くらいでアトラクションとして流行するかもしれない。そうであるならば、パラシュート以外にもパラグライダーなども作ってみるのもありではないだろうか。
そんなことを考えていると地上がどんどんと迫ってくる。
俺は右肩付近にある紐を勢いよく下に引いた。
すると、背中に背負っていたリュックの口が開き、中からパラシュートが大きく上へと開いた。
重力加速度によって加速していた俺の落下速度は急激に減速して、体全体でその衝撃を吸収する。そして、ゆるゆると無事地上へと着陸することができた。
成功だ。
これはなかなか面白いぞ。
ラキュウさんが俺の方へと近づいてきた。そして空と俺を交互に何度も見やる。
「す、すごいです。落下に関しては魔法で制御を行ったのですか?」
「いや、落下に関しても制御できるけど、今回はパラシュートの実験だから全く使ってないですよ」
「………あ、あの私も飛んでみたいのですけど可能でしょうか?」
製作者としての矜持だろうか。実際使用しなければ購入希望者に勧めることもできないだろう。
「いいですけど、これが最後のパラシュートになるのではないでしょうか?」
「大丈夫です。これは簡単に収納できるように作ってありますので、そうだ、収納の仕方をまだレクチャーしてませんでした。ついでにお教えします」
収納の仕方を聞いたが以外に簡単にリュックに収めることができた。流石よく分からない素材なだけあるな。
「では、お願いします」
俺は魔法をかけてラキュウさんを上空へと打ち上げる。そして俺と同じようにゆっくりと地上へと帰還した。
「………耐久テストが必要だと思います……もう一度お願いします」
「えっ??」
どうやらラキュウさんは空からの落下のスリルか絶景か、はたまたそれ以外の理由からか、パラシュートにドはまりしてしまったようである。
その後何度も耐久テストの重要性を俺に説明し、何度も空への打ち上げを行うことになった。
「そろそろ門限があるので僕はこの辺で。それではあと3つよろしくお願いしますね」
「……あの次はいつ実験をするのですか?」
「いや実験は終了です」
「それでは私はもう空を飛べないと………」
「いや、風魔法使いに依頼を出すとかすれば、同じことができる人がいるかもしれませんよ。それにどこか崖から飛ぶとかすれば魔法を使わなくてもパラシュートは使用できますし」
「そうですか……風魔法使いに依頼を出すのは少し恥ずかしい気もしまして………どうせなら君に依頼を出したいところですが、どうでしょうか?」
「まぁ、暇なときであれば……それに一回銀貨10枚でパラシュート体験アクティビティとして不定期に開催しようかとも考えています」
「そ、それです。それは素晴らしいアイデアです。是非それを開くときは私に主催させてください。一緒にこのパラシュート文化を盛り上げていきましょう」
すごい勢いで俺に迫ってくる。断れない圧がそこにはあった。
どうやらパラシュートに取り憑かれた空の怪物を一人生み出してしまったようである。




