第100話 水棲の魔女
「いらっしゃいませ、グリフィス様!!」
以前対応してくれたアンナという店員が満面の笑顔で迎えてくれた。あれから一度も来ていなかったのに、まだ覚えてくれているとは店員として優秀な証拠だろう。
「今日はどのような服をお探しでしょうか?」
「また2階の特殊な素材を使った服を見たいんですけど、大丈夫ですか?」
アンナさんはちらりと後ろにいる3人を見た後、「大丈夫ですよ。すぐにご案内いたします」と言って俺達を先導する。
「2階にあるのは高価なものばかりだから、あまり手に取ったりしない方がいいぞ」
俺は念のためにバット君とロビンちゃんに忠告しておく。トラブルに巻き込まれても困るからな。また変なやつに絡まれないとも限らない。
「分かってるよ!!」
「お兄ちゃん、本当に分かってる?」
「そうだぞ、中には白金貨何十枚もする服もあるんだぞ。変な事して買い取りにでもなったらとんでもないことになるぞ」
「は、白金貨?!!!!」
バット君を驚かせるつもりが、ロビンちゃんも目を丸くして驚いている。まぁ白金貨1枚で1億円くらいの価値だからな。そんな服にお金をかけるくらいなら宝の地図なんかに熱中するわけがない。
「手に取るくらいなら大丈夫ですよ。それで、本日はどのような服をお探しでしょうか?」
「この店って既成のものだけではなくオーダーメイドで注文できたりするの?」
「はい、値段は少し高くなりますがオーダーメイドも承っております。あとはうちで提携をしている製作者さんとの折り合いがつけばという感じですね」
「なるほど、ひとまずできるだけ軽くて丈夫な素材を使ってるものってありますか?できれば、空気なんかを遮断できるような素材であればいいんですけど」
「軽くて丈夫なものなら、いくつかございます。ただ、空気を通さない素材となると………ビッグフロッグやマーマンの皮で作られたものなんかはどうでしょうか?水を通さない素材なので空気も通すことはないとは思います。どちらも軽くて丈夫な素材にはなっています」
「ちょっとその二つの素材で作られたものを見せてくれる?」
「かしこまりました」と言ってその商品があるところまで連れて行ってくれた。「こちらになります」
俺は手に取り質感を確かめる。マーマン素材の服はゴムのような弾力を持ち、少し厚みがあった。ビッグフロッグの方はそれよりも薄く、弾力も感じられない素材である。
「少し振ってもいいですか?」
「振る、ですか? まぁ、はい」
俺はそれぞれをバタバタと振ってみると、空気の抵抗は感じられたが、いまいち空気を通していないかは分からない。
「ロビンちゃん。ちょっとこの服持って広げておいて」
「わ、私がですか……? はい」
俺はビッグフロッグの素材でできた服をロビンちゃんに手渡そうとすると、彼女は恐る恐る服を受け取った。
『下の方を持っておいて』
『分かった』
俺はエドガエル君に耳打ちをして、服の下を持ってもらう。
「バット君はそっち側に立っててくれる?」
服の向こう側にバット君を立たせると俺は風魔法を発動して服に風をあてる。
「バット君、何か感じる?」
「いや、何も」
徐々に強くしていくと服が湾曲しだしたが、それでもバット君の方に風は届いていないようである。
ビッグフロッグはなかなかいいかもしれない。
次はマーマンの方である。
同じように実験をすると、少し風が強くなった時にビッグフロッグの時に比べて大きく膨らんだ。風は同様に向こう側には届いてないようである。それでも弾力が少し大きすぎる気がする。材質としてはビッグフロッグの方が合っている気がする。そんなことを考えているとアンナさんの慌てた声が聞こえてくる。
「はわ、はわわあわ、なっ、ちょっと、何をしてるんですか?」
ビッグフロッグの時は気付かなかったが、マーマンの服があれだけ膨らんだのを見て焦ってしまったのだろう。
「大丈夫だ、この服は買い取らせてもらう」
値札には銀貨20枚となっていた。
今の俺にしてみれば銀貨20枚など安いものである。
圧倒的金の暴力!!
俺は銀貨20枚をポンと店員のアンナさんに渡す。
「あっ、いえ、あ、ありがとうございます」
バット君とロビンちゃんもびっくりした顔をしている。
「このビッグフロッグを加工している人にオーダーメイドを頼みたいのだが、どうすれば?」
「こちらの服が気に入ったのであれば、サイズ違いもございますけれど?」
「いや欲しいのはこの服の形ではないんだ。全く新しい発想のものになるんだが、どうだろうか?」
「新しい発想の新商品でしょうか………わかりました。二日後の同じ時間にまた来ていただくことはできますか?この服の制作者である水棲の魔女ラキュウさんに来てもらうようにしますので」
「わかりました」
この日はここで解散となった。
☆
2日後、俺は一人で再び【ハップル服飾店】へと訪れた。アンナさんに先導されて、商談室というところに通されて、ソファへと着席した。対面には20代の女性が座っていた。
「初めまして。ラキュウと申します。今日はオーダーメイドのご指名だと伺っておりますが、どのようなものをご所望でしょうか」
「グリフィスといいます。それでは、まずはこちらを見てください」
俺はトキワ亭の画家たちに頼んでパラシュートのイメージ図を描いてもらってきたのだ。口で説明するよりも絵で描いた方が簡単に理解してもらえるだろう。俺が描いた図をよりリアルに描いてもらったものである。
「これは?」
「空から落下した時のスピードを軽減するものになります。そして……」
俺はパラシュートの用途や、落下による空気の抵抗に耐えうる耐久性とそれをつなぐ紐と自分をつなぐ部分の衝撃の吸収性の重要性を細かくラキュウさんに伝える。
ラキュウさんは話が終わるまで無言で聞き続けていたが、俺の話が終わると口を開いて言った。
「こんなもので空を飛べるというのか?」
「いや、飛ぶわけではありません。ただ落下のスピードを落とすだけです。飛ぶとなるとパラグライダーとかの方がいいですね。まぁ、山の上から飛んで降りるのに使えたりするというものですけど」
「パラ? なんだって? ………そうか、他にも進化系があるということか……まぁ、それでもひとまずこちらを作って欲しいということなんだろ?」
「そうですね。金額は適正と思えればいくらでも大丈夫です」
「……話を聞く限り、失敗をすれば死んだりするのではないか? それなりに精密な仕事が要求されるから高くなるぞ。それでもいいのか?」
「う~ん、できるだけ抑えることができるのであれば、抑えて欲しいところではありますね」
最近は潤ってきたと言っても白金貨単位のものはまだほいほいと買うわけにはいかない。
「それだと生死の保障ができなくなる可能性があるぞ。安全マージンをどれだけとるかで値段も変わってくることになる。新たなものなので実験などにかかる費用がどれだけになるか」
まぁ、絵で見ただけなら危険極まりないただの自殺行為だからな。人間と同じ体重の岩なんかで実験するのにも魔法使いを雇ったりでいろいろとお金がかかってしまうということだろう。
そして最終的には人でも試行して、商品としなくてはならない。そう考えると、その諸々の費用は結構高くついてしまうのは想像に難しくはない。
ただ俺は治癒魔法も使えるし、最初から無茶なことをしなければなんとかなる気もする。
「僕が実験に参加するので、その辺りの費用を勉強して頂くなんてことは?」
「君が?」
俺の顔を見つめたあと、アンナさんの方を見る。俺も同じ方を見る。
「新しい商品をこちらで取り扱って、こちらで購入していただけるのであれば、ラキュウさん次第になります」
ラキュウさんはこちらを凝視する。
「君に何ができる?」
「何でも」
俺は即答した。




