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プロポーズ?

分娩室のセーラは・・。

 看護士がカチャカチャと音をさせて器具を片付けている音がどこからか聞こえてくる。


その音を聞きながらセーラはまどろんでいた。


今日は長い一日だった。

ロンドンからはるばるこの地までやって来て、挙句の果てに子どもまで産んでしまった。


セディ…息子が生まれたわよ。ふっ、あなたは何でも望み通りにするんだから。でも名前はセドリックなんてつけないわ。デビッドとつけたの。天使の名前よ。

サマー…こんな真冬に夏の天使が降り立ったのよ。おかしいじゃない? 散々な人生を私に与えておいて神様は何を考えているのかしらね。



急に扉がバタンと開いたかと思うと、きびきびした足取りで看護士が二人入って来た。


「ハーイ、セーラママ。お疲れさま~。病室の用意が出来たから移動するわね。」


「こっちの高級車に移動してちょうだい。大丈夫よお尻に優しいドーナツつきだから。」


茶目っ気のある笑い声に、セーラが薄目を開けて分娩台の下を覗いて見ると、ドーナツ型の座布団を敷いた古びた車椅子がそこにあった。


セーラは枕に乗せた頭を横に振りながら大笑いをした。


「ええ、ええ。これは大した高級車だわっ。素敵なおもてなしをありがとう!」


まだ笑える。

先のことを心配しても何にもならないわ。今、この時を楽しまなくっちゃ。



セーラは看護士二人の肩をかりて、やっとのことで車椅子に座った。

身体中が重くて、大事なところも痛い。腰が張り裂けて砕けてしまったみたいだ。


やれやれ、こんなことで赤ちゃんの世話が出来るのかしら。


ダメよセーラ、明るい面を見なくちゃ。今は、あの寒い雪の中にいるわけじゃない。天使さまのお陰でちゃんとした病院にいるのよ。デビッドも世話をしてもらえてるわ。


陽気な看護士に車椅子を押してもらって、病室のドアをくぐった。


いやに広い部屋だ…。

本当にこんな部屋が無料で利用できるのだろうか?


「夜の授乳の時間が来たらベイビーデビーを連れてくるから、それまでにお乳が出るように胸をマッサージしておいてねっ。じゃあ、後はご主人にお任せするわ!」


看護士はドアを閉めると、急ぎ足で去っていった。


へ? 主人?


何か聞き違えたのかと思っていたが、ソファベッドから起き上がった人を見て驚いた。


「…天使さま。まだいたの?」


そこには教会からこの病院まで連れて来てくれた親切な通りすがりの男の人が座っていた。

デビッド・サマー、真冬に降り立った夏の天使だ。セディより艶やかなアッシュブロンドの髪を片手で掻き上げながら言葉を探して考えている。



「あー、そのぉ~………。」


「ごめんなさい、ベッドに移りたいんだけど…看護士さんが何か勘違いして行っちゃったから、ちょっと手伝って頂けるとありがたいんだけど。」


この沈み込んだような車椅子から見るとベッドが遥か彼方に高く見える。一人で乗り移ろうとしたら床に転んでしまいそうだ。


「そんなことなら、喜んで。」


サマーエンジェルはスッと立ち上がると、慣れた手つきで車椅子を固定してセーラの手を自分の首に回させて立ち上がらせると、軽々と抱き上げてベッドに運んでくれた。

ふぅ~、なんてスマートなのかしら。病人の扱いに慣れてるわ。この人ってお医者さん?



「ふふ、さすが天使さまね。こういうことに慣れてるみたい。」


サマーエンジェルはセーラに布団をかけながら、(かす)かに顔をしかめた。


「おじいさま…祖父が病気でね。ここ一週間、介護してたから…。」


「まぁそうだったの。…ごめんなさい、軽口を叩いちゃって。」


「いや、いいんだ。」


………………………。


沈黙が重い。

あの運転手の人はこの人のことを「坊ちゃん」と呼んでいたわ。それに「おじいさま」ですって! 立ち居振る舞いや紳士的な行動を見ていると、この人はお金持ちのお坊ちゃんなのね。世の中、こういう恵まれた境遇の人もいれば、私みたいな女もいる。それでバランスが取れてるのかしら?

セーラは溜息が出そうになるのを我慢して、軽く肩をすくめた。


「その~、君に言っておきたいことがあるんだ。」


サマーエンジェルは、やっと話をする気になったようだ。そんなに言いにくいことって何かしら?

…まさかっ?!


「やっぱりお金がかからないなんて嘘だったのねっ! こんなに広い部屋が無料だなんておかしいと思ったわ! 私を騙したってどこからもお金は出てこないわよ! 本当にお金はないのっ!」


デビッドはセーラの勢いにびっくりしたようで、目を丸くしながら手をあげて「待て」の合図をした。


「ちょ、ちょっと興奮しないで。違うから、そう言う話じゃないんだ。」


違う?

セーラは頭を枕につけて、興奮していた気持ちを(なだ)めた。


今朝も(だま)されたのだ。

とことんついていない日の締めくくりにはこんなこともあろうかと思ったのだが…違う?…と言うことは、本当にこの部屋が無料なのかしら。

いや何かおかしいわ。この人がずっとここにいるのも変だし。クリスマスにいいとこのお坊ちゃんが、行き倒れの妊婦にここまで関わるのもおかしな話だ。困っている所につけこんで何か無茶なことを頼まれるとか?


…勘弁してよー。

神様のクリスマスプレゼントって、本当にろくでもない物ばかり。



「え~と、これを言っても君は怒るかもしれない。でも最後まで口を挟まないで聞いて欲しいんだ。僕も、自分でもよくわからないんだけど、何だかそんな風な気分になっちゃったんだよね。実は君の名前を入院書類に記入する時に、セーラ・クルーじゃなくてセーラ・サマーって書いてしまった。住所もうちの祖父の家の住所にしたんだ。あ、君の血液型は?」


「A」


「ふーん、それを聞いとけばよかったな。僕はBだよ。それでね…それで看護士に『お父さんですか?』って聞かれて、ついつい『そうです』と答えてしまった。デビッドを…ジュニアを腕に抱いた時にはすっかり父親の気分になっちゃって。だって僕の名前をつけた子どもなんて初めてだったんだよ。」


そう言って大きなデビッドは嬉しそうに頭を掻いた。


…この人、何? 少しオツムが弱いのかしら? 

赤の他人の行きずりの人間に、ここまで入れ込んじゃて。変わった人ね。


「…それで、もし君に、セーラに他に頼る人がいないのなら、僕をデビッドの父親にして欲しいんだ。つまり…そのう、僕と結婚してくれないか?」


「………………………。」


「いや、急な話だよね。でも何だかこうするのが正しいって気がして…。」


なんてお人好しなの。ここまで自分を犠牲にして人助けをする人なんか見たことないわ。何だか突き抜けすぎて可笑しくなっちゃう。


セーラは笑いをこらえることが出来なかった。


「ふふふ、いいわよ。」


「へっ?」


「あなたと結婚するわ。」


「マジッ?! やったー!」



なんて単純な人なんだろう。セーラがどんな人間かわかった後もそうやってニコニコ笑っていられるのかしら?


そうね…破談になった後も慰謝料で病院代は払ってもらえるかもしれない。


セーラの頭の中には、そんな算段があったのだった。

デビッド・・・。

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