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援軍

ビギンガムのエミリーの家に帰って来ました。

 年越しが終わり、クレイボーン伯爵領からビギンガム家に帰って来ると、エミリーたちはまたセーラを温かく迎えてくれた。


しかしセーラはロベルトに確認しておきたいことがあった。


「仕事を斡旋してくれると言っていたのは本気ではなかったの? 内緒にしてくれると言っていたのに、デビッドに何もかも話してしまって、私を騙していたの?」


そう言ってセーラは詰め寄ったのだが、ロベルトは平然としたものだった。


「君がデビッドに相応しくない人間だったら、仕事を斡旋して放り出すつもりだった。その方が良かった?」


ロベルト・オ・オノラブル・ビギンガム侯爵…食えない男だ。


エミリーなどは「皆が幸せになれる嘘は、許されるのよ。」とケロリとしている。


本当にこの夫婦ときたら…呆れるやらありがたいやら。今になって思うと、恩人だ。



デビッドが日本に飛び立って寂しくなるかと思っていたら、毎日セーラのパソコンにメールが入るようになった。


デビッドはイギリスを発つ前にセーラにノートパソコンを贈ってきた。


パソコンのような高価な精密機械を触ったことがなかったので、セーラとしてはそんなプレゼントをもらっても困惑しかなかった。しかし使ってみると便利な機械だということがセーラにもわかった。地球の裏側にいる人と、そこにいるかのように話が出来るのだ。


今、ネット上でチャットをしたり写真や動画を送る方法を、セーラはロベルトに教えてもらっている。

ロベルトは「教えることが増えちゃったよ。」とブツブツ言っていたが、彼はパソコンのことになると子どものように夢中になる。セーラへの授業時間がついつい伸びて、従者のカリグが仕事の時間だと侯爵を呼びに来ることも度々だ。



エミリーからは、屋敷の従業員の取りまとめ方、領地経営を女主人としての立場からどう補佐していくかといったようなハードの勉強の他に、買い物や読書などのソフトの教養も教えてもらっている。


「セーラはスポンジのように何でも吸収していってくれるから教えがいがあるわ。」と言ってくれているが、エミリーの教え方が上手いのもある。セーラにわかりやすいように覚えやすいようにコツを含めて教えてくれるのだ。「ムハラ式記憶法よ。」とエミリーが言うので、どういう意味か聞いていたら、そこで初めて「なつみさん」の意味がわかった。


デビッドが魂のことわりを教えてくれた人だと言っていた、なつみさん。


それは実在する人物ではなく、エミリーの中に存在する前世の記憶人格らしい。今のところ4人の記憶人格がエミリーの中に存在するらしく、ムハラというのはその中の一人で、学者で漁師の息子だった人だそうだ。

なるほど学者だから知識を記憶させるやり方に詳しいのね。


けれどなつみさんは主婦業全般、おきぬさんという人は縫い物、ロベルトという侯爵と同じ名前を持つ人は騎士と、それぞれに特化した経験を有しているというのを聞いて、セーラはエミリーが羨ましくなった。

4人の人間の知識と経験が自分の中にいつもあって、人生の困難時にはアドバイスをもらえる。

「夢のような素敵なお話ね。」と言うと、エミリーは苦笑いをしていた。



 そんな不思議な話を聞きつつも穏やかな日常を送っていたある日、デビッドから一通のメールが届いた。


『おじい様の容態が安定しているので、僕がそっちに帰り次第、両親が話をしたいと言ってきた。』


その一文を見た時にセーラの心臓がドキッと音をたてた。


とうとうこの日がやって来た。デビッドの姉妹は私たちの結婚に対して好意的な見方をしてくれている。しかし親としてみたらどうだろう。大切に育ててきた息子の嫁が孤児だなんて、普通は受けいられないと思う。


セディも言っていた。

「俺たち孤児院出身者は普通の結婚は望めない。お前も諦めて俺で我慢するんだな。」

セディが所属していた軍隊には同じような境遇の人も多かったらしく、過去を詮索する人は少ないと言っていた。でも世の中では、まして貴族社会では、その人間の出自というのは取りざたされるものだろう。


『わかりました。気をつけて帰ってきてね。』

やっとメールを返したが、顔は緊張で強張っている。


そんな時にお客さんがやって来た。


「トントン、セーラ、珍しいお客さんが来たんだけど入っていい?」


エミリーの声だ。


「え? ちょっと待って……ええ、いいわ。どうぞ入ってくださいな。」


セーラは深呼吸をして気持ちを落ち着けてから、それに答えた。



「ハァーイ、初めまして!私はブリジット・サマー・キャンベルよ。デヴから聞いてるかしら?」


ドアから女優さんのようなものすごい美人が入って来た。はち切れそうな胸に引き締まった腰、ヒップは艶めかしく揺れている。最近珍しい砂時計型のプロポーションだ。セーラはその身体中から発散される色気と生気に圧倒されていた。


でもブリジットというと…。


「もしかしてブリーさんですか? 一番上のお姉さんの。」


「あら、デビッドも少しは兄弟の話をしてるのね。」


「ええ、ブリーさんのことは何回かお聞きしました。」


しかし本当にこの人が12歳を頭に7人もの子どものお母さんなんだろうか? スタイリッシュな洗練された服装で生活に疲れた感じが全然ない。セーラの知っている主婦とは全然違う。


「ブリーって呼んでちょうだい。親戚になるんだから。」


「え、でも…。」


「ふーん、その様子だと父様たちに会いに行くことを聞いたのね。大丈夫よ、その話し合いの援軍で来たんだから。キャスも来たがったけどあの子はホラ、すぐにすぐ動けないから。」


「セーラ、アル兄さまたちも帰って来るしこっちの体制は整ってるの。そんな不安そうな顔をしなくても大丈夫だから。」


エミリーも慰めてくれたので、セーラもやっと少し緊張を解いた。



「ありがとうございます。私たちのためにそこまでしてくださって…。」


セーラがお礼を言うと、ブリーはニヤリと意地悪く笑った。


「ふふん、デビッドの殊勝な姿なんか滅多と見られないから見学に来たのよ。」


「ブリー!」


「だってエム、あの子の口の上手さと要領の良さは飛び抜けてたじゃない。皆で叱られてたはずなのに一人だけ知らない間に居なくなっちゃったりして。」


「でも後でブリーやキャスがデビ兄に仕返しをしてたんだから一緒でしょ。」


「あらエム、最後まで何やかやとからかわれてたあなたがデビッドをかばうの?」


「まさかっ。そういうんじゃなくてセーラは私たちのことをまだよく知らないんだから、私たちの仲が悪いんじゃないかって勘違いするかと思って。」


ブリーとエミリーが言い合いをしているのを聞いていたら可笑しくなって笑ってしまった。



ブリーはそんなセーラを見て、エミリーに向かって威張って言った。


「ほら、セーラはわかってるわよ。ねっ。」


「ふふ、ええ。なかよし姉弟のじゃれ合いだということはよくわかっています。兄弟がいるというのはいいですね。」


「セーラ…。」


「エミリー、そんな顔をしないで。私はずっと何もかも諦めて生きてきたけど、初めて欲張りになりました。デビッドという家族が欲しい。兄弟皆さんの仲間に入れて頂きたい。どうか、よろしくお願いします。」



「まぁこのブリーさんに任せなさいっ。父様たちは私には弱いからね。」


「そうなんですか?」


「そうなのよ。最初の子は可愛いのよ。」


エミリーが不服そうにそう言うと、ブリーは笑ってエミリーをからかった。


「まあね。それは否定しないわ。でもエムも末っ子だからだいぶ大きくなるまで親に甘えてたのよ。」


「えぇーーーーっ、そんなことないわよ。11歳の時に婚約したんだから、それからは大人扱いだったわよっ。」


「えっ?! そんなに早く婚約したの?!」


それは聞いていなかった。まだ子どもの頃に婚約だなんて、貴族社会というのはみんなそんな感じなのだろうか。



「後から聞いたんだけど、私の婚約にはキャスの(はく)をつけるための王家の思惑があったんですって。それにブリーの結婚式の予定に合わせて私の婚約式の日程も決まっちゃったし、私は姉二人に翻弄される可哀そうな妹なのよ。」


「何言ってんのよ。あんたたちは遅かれ早かれ結婚することになってたんだから、それがいつになろうといいじゃない。」


「はぁ~、これだからね、セーラ。兄弟が多いのも色々あるわけ。」


情けなさそうにそういうエミリーの顔は兄弟がいる幸せに輝いていた。



こんな人たちを育てたお父さんとお母さんだもの、そんなに恐れることはないのかもしれない。

セーラはそう自分に言い聞かせていた。


とにかく心強い味方が一人増えたことは間違いないようだ。

ブリー登場。

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