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我が家

デビッド登場です。

 王太子夫妻に会った翌日の朝、セーラたちが朝食を食べ終わったばかりの部屋にデビッドがやって来た。


「デビ兄、おはよう。早いね。」


エミリーが一番に気づいて挨拶をすると、デビッドは妹におざなりに頷いて、最初にセーラの姿を探した。窓際に座っていたセーラの顔を見て安心したのか、やっと笑顔になって食堂にいた皆を見渡した。


「おはよう、みんな! ロブ、エム、セーラとデイビーが世話になってすまん。今日は二人を連れ出そうと思ってるんだがいいか?」


「わかった。久しぶりだからゆっくりして来ればいいよ。」


ロベルトはすぐにそう応えたが、子ども達は「ええーっ!」「デヴ伯父さん一緒に遊ぼうよ~。」「新しいゲームある?」と口々に不満や欲求を言ってデビッドを引き留めようとする。

どうもデビッドは子ども達に懐かれているようだ。


しかしデビットは「また今度な。」と子ども達の頭を叩いてから、即座にセーラの手を引き朝食室から連れ出した。


「セーラ、君とデイビーに見せたい場所があるんだ。出来たら一泊の用意をしてついてきてくれないか?」


「こんなに早くから出かけるなんて遠いの?」


「んー、今からだと昼前には着くかな。ちょっと北の方なんだ。寒くないように上着を持って来てくれ。」


「…わかった。」



デビッドにせかされて荷物を車に積み込むと、そこには新しいベビーチェアが取り付けられていた。デイビーは車に乗せてもらうと、すぐにスヤスヤと眠り始める。


「この子は車が好きみたい。前もここに来る時にいい子で眠ってたわ。」


「セーラもまだ身体が本調子じゃないんだから、辛くなったら言ってくれ。なるべく休憩をしながら走らせるから。」


「ん。ありがとう。」



車はビギンガム邸のあるカーステンの町を通り抜け、雪道を北に向かって走り始めた。


「もう少ししたら高速に乗るからね。元気だった? ……ロブやエミリーに教えてもらうのは、辛くない?」


「え?! 知ってたの?!」


 デビッドには内緒にしてくれるんじゃなかったの? もしかして私が逃げ出したいと思っていることも連絡されたのかしら。いったいどういうこと?!


「うん。最初の日にロブから電話があったんだ。僕との結婚は…そんなに嫌かな?」


デビッドの声は自信なさげに聞こえる。

セーラは思わず横を向いて、運転をしているデビッドの横顔を見た。角ばった顎には剃り残しの髭が見える。よほど急いでロンドンの家を出たのだろう。



セーラはデビッドから目をそらし、窓の向こうに見えている家々や雪を被った遠くの山々を睨んだ。


「嫌って言うんじゃないの。ただ…自信がなくて。あなたのお家は私にとって途轍もなく格式が高く思えるんだもの…。でも、ここ何日かで少しは慣れたけど。」


「それは良かった。じゃあ、もう逃げ出さないね。」


「…その前にあなたに聞いておきたいことがあるわ。」


「何?」


今更だけど、これだけは確かめておかねばならない。それをここ何日かずっと考えていたのだ。


「あなたにとって、私って何? 過去を背負った気の毒な哀れな女? 慈善対象? 手を差し伸べなければならない目の前の赤ん坊について来る母親?」


セーラが挑戦するように一気に言い放つと、デビッドは運転しながらクスクス笑った。


「そっか、そう思っていろいろ悩んでたんだね。仕事を優先してエムの所に預けちゃって悪かったよ。デイビーにはその方が環境が整ってると思ったんだ。あそこには子守がいるから君も楽だと思ったし。二人で過ごした時間が短かったからなぁ。それにあの時、君はクタクタに疲れてたから、あまり詳しい話もできなかったもんな。」


「そんな短い時間でプロポーズまでされたしね。」



デビッドはますます笑みを深くした。


「ごめん。うちの兄弟の悪い癖だな。この人だっと思ったら直感で決めちゃうんだよ。ブリー、長女のブリジットは二、三日。アル兄さま、長男のアレックスは会ったその日。キャスやエムも悩んだと言っても決めたら早かったよ。僕もね、教会の庭で君を腕に抱いて言葉を交わした時には、たぶんかなりまいっちゃってたんだ。君が主人は亡くなったと言った時には、彼には申し訳ないけど胸が高鳴った。病院についた時には、もう離したくないって心は思ってたんだろうね。頭ではおかしいと思ってるのに、名前の欄に無意識にセーラ・サマーなんて書いてるんだから。」


「それが信じられないわ。私のことを何にも知らないのに。」


「そうだね。ノッコがここにいたら上手く説明してくれるんだろうけど…。魂のバディ、君に感じたのはそれだよ。よく運命の赤い糸って言うだろ。うちの家族はそんな直感が強いのかもしれない。おじい様は家柄からしたら格上のおばあ様にノックアウトされて、親戚中の不評をかっても無理矢理結婚して、生涯添い遂げた。父様もスキーの合宿の時に出会った母様を家に連れて帰っちゃったんだ。こちらは田舎男爵の格下の家だったから良かったけど、父様を婿にと望んでいたスガル侯爵からは未だに嫌がらせを受けてる。」


「情熱的ね。」


「うーん、情熱っていうより必然かな。」


「必然?」


「ある人に聞いたんだけど、魂は修行しながら広い宇宙を長い間旅してるんだって。魂の修練が終わったら今いる階層よりもう一段高い次元の階層に移ることができるそうだよ。そして魂はいくつか分かれている『魂だまり』って言うところからやって来る。現世で生きている時にたまたま同じ魂だまりの人に出会ったら、自然に惹かれ合うんだって。君と僕はそうなのかもしれない。」


「ふうん、そんな風に考えたらロマンチックね。」


「ただのロマンスかどうか、エムに聞いてごらん。フッ、エムというよりなつみ(・・・)さんかな。」


その名前は初めて聞く名前だ。屋敷にはそんな名前の人はいなかった。帰ったらエミリーに聞いてみよう。


……帰ったら?



私はあの途轍もないお屋敷を「家」だと思っているのだろうか?


セーラは今まで一度も持ったことのなかった「家」や「家族」について考えてみた。今、自分にとって一番それに近いイメージのものはビギンガム邸であり、エミリーたちだ。今まで所属してきたどこにも感じたことがない温かさを感じている。

ロンドンで住んでいた「自分の部屋」でも、どこかスナックの人たちに対する遠慮があった。


それが疎外感を感じると覚悟してやって来たビギンガムには、そんな遠慮や気苦労を感じないでいる。これは不思議なことだ。家賃も払っていないし、迷惑をかけている居候そのものなのに…。


再び、デビッドの方を見てセーラは思った。

キャサリン王太子妃の弟、そしてエミリーのお兄さん。この人と家族になり自分の家を持てるのだろうか…?


それは、まだわからない。

最初にデビッド感じた(おそ)れと親しみ、この相反する感情がどちらに傾くのか自分でもわからないのだ。



「デビッド、私はサマー家で育ってないから、あなたの言うその直感がわからないわ。もう少し考えさせてちょうだい。」


「うん、いいよ。でもどうせ考えるんなら前向きに考えてよ。そして…黙って逃げないで相談して。解決方法がないか二人で一緒に考えよう。それを約束してくれないか? そうしてくれるんなら待つよ。君が納得できるまで考えたらいいよ。」


なんか上手く丸め込まれている感じはするけど、上から押し付けるだけの人じゃないのね。そんなところはプラスポイントかも。



 何回かの休憩や授乳タイムを挟み、セーラも疲れからウトウトし始めた時に、デビッドの見せたい所とやらに着いた。


そこは背後を林に囲まれた古い堂々としたお屋敷だった。すぐ側にある町からは飾りのある高い金属の柵で隔てられているようだ。家の中には明かりがともっていて、薄曇りの冬の景色の中に温もりを感じさせてくれる。


「どちらのお屋敷? ストランド伯爵邸なの?」


「いいや、おじい様の家じゃない。僕んちだよ。」


「えっ?! ロンドン?」


「もー、セーラは方向音痴なんだね。クレイボーン伯爵邸だよ。ほら、僕が田舎に住もうかって言っただろ。ここがそうなんだ。セーラはどう思う? こんな田舎に住めるかな?」


「………………………?!」



ちょっとデビッド………ああもうっ、どこから聞いたらいいのかしら?!


「クレイボーン伯爵邸が僕んちって言うことは、あなたはクレイボーン伯爵さまなの?」


「うんそうだよ。電話で言ってなかったっけ?」


「…聞いてないです。それにこれは田舎の家じゃないじゃないっ! 町の中のお屋敷でしょう!!」


「そうかな? 田舎町なんだよ。何の産業もないし。」


…もう、この人の感覚ってよくわからない。



セーラは目の前にある立派なお屋敷を改めて眺めた。


もしデビッドと結婚したら、ここが我が家?!


こんな大きなお屋敷の女主人になっている自分など、とても想像できないセーラだった。

どんな家なのでしょうね。

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