辺境国の勇者召喚士
『召喚士』! それは異世界から勇者を呼び出し、激化する魔族との戦闘を支援する憧れの職業である!
異世界からやって来た勇者は、ある者は怪力で山をも動かし、ある者は強大な魔法で魔族の群れを焼き払う! 彼らは今や、全人類にとっての一縷の希望であった――!
……と言うのは一部の大国の話。
ほとんどの弱小国では、召喚士の量も質も低く、大した才能も無い異世界人を半年に一人程度呼ぶのが限界だった。
大国では数百人のエリート召喚士を使って、強い勇者を一度に三十人程度呼ぶことも出来るらしいけど……。
「ライラくん……次こそは、次こそは是非、是非に頼むよ……」
僕に縋りつくように言うのは、僕が召喚士として登用された『南南東の国』の王様だ。
「やめてください王様……」
「いやホントに……このままじゃワシの国が死ぬんじゃよ……」
半年ぶりに勇者の召喚が可能になり、王宮に赴いてみるとこの様子だった。しかしそれもそのはずで、責任は僕にあった。
僕が登用されたのは三年前で、それ以前は召喚士はいなかったのだ。この国生まれの僕が必死に勉強してなんとか召喚士なった時には、それはそれは盛大に、国を挙げてお祝いしてくれた。
――のだが、それから三年、僕が呼び出した人達はそれこそ才能が無いか、ある程度強くてもさっさともっと条件の良い国に行ってしまうために、魔族との戦線への貢献はほぼゼロと言ってよかった。
崩壊寸前の前線は、次の大規模襲撃には耐えられないだろうと言うのが大方の見解だった。
「やっぱり僕って才能無かったんだなあ……」
僕は玉座の間から退出しながら溜息を吐いた。
「僕に才能があればもっと皆楽になったのに……」
召喚士の正装に着替える間にも懊悩はとまらない。
僕は襟が立っているのにも、ポケットが一つ裏返しになっているのにも気づかないまま、召喚の間の重厚な扉を押し開いた。
「えーっと……魔法陣……オッケー。雰囲気作りオッケー……と」
召喚には魔法陣が要る。これは僕が描いたものだけど、一流のそれに比べるとひどく低レベルな代物だ。
他には沢山のロウソクと古ぼけた女神像があるけれど、これは召喚には何の関係も無い。ただ以前に呼んだ人の意見を参考にして設置したものだ。
『もっとさぁ……「おっ、ここから俺の壮大な冒険が始まるんだな」 って思わせるような内装にしろよ。異世界に来ていきなり契約書とか言われても気分乗らないわ』
呆れたような彼の声が空に聞こえる。
「結局あの人もどこかに行っちゃったなぁ……」
誰もいない部屋に僕の声が響く。
――そう、誰もいない部屋に。
「誰も……いない、よね」
僕は唾を飲みながらそれを確認する。
柱の裏、女神像の背中、天井。そんな所に誰かいるわけもないのに。
「よし……いないな」
僕がいつになく慎重にそれを確かめるのは、ある秘策を実行するためだった。
「魔力増強剤……!」
僕は隠し持っていた小瓶を――とっておきの秘策を取り出した。
コルクで栓がされた瓶のなかには紫色の粘っこい液体が並々入っている。傾けるとドロリと僅かに流動し、少し光っても見えた。
『コレ飲めば魔力強くなるアル。強くなれば強い勇者呼べるアルよ。だから買うアル』
これを売ってくれた怪しい老人の声が空に聞こえる。
『お兄さん頑張ってるの知ってるアル。だから安くするアル。全財産の半分アル』
初めは目玉が飛び出たが、どうせなら試してみる価値はあると思った。騙されたとしても彼を恨む気はさらさら無い。
そんな一世一代の秘策を遂に使うときが来たのだ――!
『効果時間は一分無いアル』
つまり召喚のための詠唱を一分以内に済ませなければ全て無駄になってしまう!
僕は栓を抜きながら呼吸を整える。
「大丈夫……今日のために早口言葉の練習はしてきたし、詠唱はギリギリ一分切れた……」
ポン、と景気の良い音が鳴ると、甘ったるい匂いが小瓶から立ち上った。
僕は一瞬鼻白んだが、覚悟を決めて一息に中身を胃に流し込んだ。
粘度の高い液体がズルズルと食道を通過すると同時に僕は詠唱を始める。
「我求めるは彼岸の力、彼岸の炎、彼岸の海、彼岸の雷、彼岸の光、彼岸の闇!
捧ぐは我が此岸の魔力と大いなる祈り!
煌煌たる光が降と功と幸に交する時冥々たる灰を拝す灰色の世界を廃すべく老した牢を――」
と意味も分からず暗記した呪文を一心不乱に唱えまくり、僕の体内時計がもう一分を過ぎる、と告げたところで、
「魔を滅す彼岸の者よ、此岸に顕現し力を示せ!」
とようやく全ての詠唱を完了した。
「――ど、どうだ!? 間に合ったか!?」
乱れた呼吸を整えながら、僕は全身から魔力が急速に抜けつつあるのを感じた。しかしそれが始まったのが完了後か完了前なのかははっきりとしない、まさにギリギリのところだった。
――突如、魔法陣が激しい閃光に包まれる!
次に紋様が光を帯びて、その内部に閃光が吸い込まれ、急速に光柱の形に収斂していく。
異世界との扉が開いたのだ!
「頼むっ……お願い……っ!」
祈るように僕は光を見つめた。
少しでも強い人を、少しでも国のために戦ってくれる人を、と祈り続けた。
その祈りは光が弱まり、やがてその中からひとつの人影が姿を現すまで続いた。
(……どうだ……?)
僕は背筋を伸ばして威儀を正しながら心臓の鼓動が速くなるのを感じた。
人影は決して大柄ではない。僕と同じくらいで痩せ型だ。
――一歩、一歩と近付いてくる。
「こ、ここは……?」
現れた人がお決まりの台詞を口にした。僕の経験上八割の人はこの台詞をつい言ってしまうようだった。
「よくぞいらっしゃいました、異世界の勇者様」
僕は跪いて歩み寄ってくる人の顔を見上げた。
その人は男性だった。と言っても年齢は十五かそこそこで、少年と言うのが適切に見えた。
髪は黒く、整ってはいるものの凹凸の少ない顔は『ニホン』と言う国の人に違いない。
「異世界……」
「左様でございます。私は『南南東の国』の召喚士、ライラと申します。私は人類と魔族との戦争に異世界の勇者様にお力添え頂くべく、召喚の儀によって貴方様をここに……」
「なるほどぉ……これが異世界転移って奴なのか」
落ち着き払っているのも珍しくない。理由は僕には分からないけど。
「して、お名前をお聞かせくださいますか?」
「安宅清豊」
「スミトヨ様……? 変わったお名前で」
「よく言われるよ」
安宅清豊はそう言って笑った。低レベルな感想を言うなら、いい人そうに見えた。
僕の仕事はまだ終わらない。
召喚後には『ステータスチェック』を行わなければならない。これによって僕の賭けが成功したかどうかが明らかになる。
僕はステータスカードを清豊に手渡した。
「これに血液でお名前をお書きください」
「わかった」
僕は小さな針を渡し、痛み止めの魔法を掛ける。清豊は恐る恐る針を自分に刺すと、
「本当に痛くない! 凄いな!」
と喜んだ。
「すると魔法適性値と転移者スキルが見えるはずでございます」
「どれどれ……」
鼓動がますます速まる。
僕はこれが失敗に終われば、兵として前線に赴き、そこで国のために殉じる覚悟だった。
(どうだ……!?)
「うーん……」
(どうなんだ……!)
「なるほどぉ……」
暫くステータスカードを見つめていた清豊は、緊張の最高峰に達している僕に、そうとも知らずに突然カードを手渡した。
「よく見方が分からないんだけど、教えてくれる?」
「え、ええもちろん。では失礼して……」
まず魔法適性……SからFまでの七段階で表されるそれは、至って平凡な値だった。僕とほぼ同じ値。辛うじて戦力に加えることは出来なくもない。
(うーん……でも、大事なのは『転移者スキル』の方だ)
転移者スキルはその人固有の能力だ。持っていない人も多いけれど――実際僕が呼んだ人は誰も持っていなかったけれど、時には強力なものも存在するという。
恐る恐るその欄に視線を動かす。
――転移者スキル:『偽造』
「……ダメか」
僕は呟いた。
詳細は分からないが、この『偽造』が滅亡も時間の問題という小国で戦況を一変させる力を持ったスキルのはずがなかった。
「清豊様、貴方様は転移者スキルをお持ちのようです! きっと素晴らしいスキルでございましょう!」
しかしまだ仕事は終わっていない。彼に少しでも戦力となってもらわなければならないのだから、僕は必至で彼をその気にさせるべく持ち上げる必要がある。
「ささ、国王陛下も玉座にてお待ちしております故、どうぞこちらへ」
素直に付いて来る清豊を玉座の間へ誘導し、王様の前に進んだ。
王様はさっきの情けない様子はおくびにも出さずに、威厳たっぷりの陛下になっている。
「貴殿が異世界からの勇者殿か! よくぞ参られた」
から始まるお決まりの演説が済むと、清豊は玉座の間から退出した。
僕もすぐに出たかったけど、王様に引き留められてしまった。
王様は清豊の魔法適性と転移者スキルを僕から聞くと、ただ一言こう言った。
「ライラくん……ありがとう」
何の含みもない純粋な感謝の言葉。それがあまりにも痛かった。
「清豊様、城下を案内いたしましょう」
逃げるように王宮を出た僕は清豊にそう言った。
すると清豊はからりと笑って言う。
「敬語とか様付けとかやめてくれよ。多分同い年くらいだろ?」
聞いてみると本当にそうだった。どうやら十五という僕の見立ては少し外れていたらしい。
「なっ、ライラ?」
「ああ……うん、分かったよ、清豊」
それから僕は住み慣れた城下町を案内した。
妙に大きいパンを売っている豪快なご婦人や、国中の時計の修理を請け負っている通称時計爺さん。
将来は騎士になると言って聞かない幼い姉妹のいる店や見晴らしのいい丘にも案内した。
はっきり言って、僕の好きな場所を巡っているだけで、およそ勇者に対して行う案内ではなかったと思う。
「いやーいい国だね、ライラ!」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
僕は笑い掛けて来る清豊に笑顔を返しつつ、激しく同意した。
この『南南東の国』は、規模は極めて小さいけれど、人々には国の終わりに瀕しているのを知っても尚衰えない明朗さがあった。
僕が好きな場所に彼を連れて行ったのは、そんな故郷の記憶を一人でも多くの人に残したいと思ったからかも知れない。
「『マズイけど栄養満点スープ』を頼んだ命知らずはどいつだぁい!?」
「あ、来た! はーい俺俺!」
今は僕のおすすめのレストランで昼食を取っているところだ。
美味しいメニューも教えてあげたのに、彼は誰も頼まない『マズイけど栄養満点スープ』という直球もいいところな不人気メニューを注文したのだった。
派手な女将さんが抱えて持って来たそのスープはいかにもマズそう……というか実際マズイ。
「ホントにマズイけど、あんた大丈夫かい?」
「ヘーキヘーキ、所詮魚のスープだ――うへぇマズっ!!」
「ほら見たことかい!」
様子を見ていたみんなが笑った。僕も可笑しくなって少し笑ってしまった。
その後、結局彼は口直しに美味しい料理を頼み、見事に完食してみせたのだった。
「ライラ、今日は案内してくれてありがとう!」
「どういたしまして……でも、向こうの世界に未練とかあるんじゃないの?」
「未練かぁ……無い、って言ったら嘘になると思う」
……これはまたどこかに消えてしまうかも知れない。
僕がそう思った時だった。彼は思いもよらない事を言った。
「でも、こんないい国に連れて来てくれたんだし、俺として全然オッケーって感じかな」
僕は胸の中に熱いものが込み上げて来るのを感じた。
そんな言葉が聞けるなら、ここまで召喚士をやってきた甲斐があったとさえ思った。
「――ありがとう、清豊」
僕は打算塗れでキミを呼び出したのに。
『ハズレ』を引いたと思って絶望さえしたと言うのに。
それをキミは――。
「だからお礼を言うのは俺の方だって! ――そうだ、お礼代わりに転移者スキル……だっけ、それを披露するよ!」
僕は石を落とした水面のように揺れる心をなんとか決壊しないように抑え、頷いた。
「女将さん、コイン貸してくれない?」
「え? コインかい? 別に構わないけど……」
昼時も過ぎて暇そうな女将を呼びつけ、清豊は一枚の銅貨を受け取った。
「ありがとう! じゃあちょっと見ててよ……」
清豊は銅貨を両手に挟み、胸の前に遣ってこう唱えた。
「ナンマンダブナンマンダブ……」
「なんだいそれ、呪文かい」
「ただの景気付けさ」
女将に笑顔で答え、もう一度同じように唱えると清豊は最後に大音声を放った。
「偽造!!」
――しかし、傍目には何も起こっていない。
僕と女将の困惑する様をにやにやと交互に見ながら、清豊は胸の前で合わせた手を開いた。
「これは……」
「コインが二枚になってるじゃないかい!」
そこには女将が預けたものと全く同じ銅貨が二枚。
小さな傷までもがしっかりと再現されていた。
「凄いねあんた! このスキルさえあれば大金持ちだよ! ねっ、ライラくん!」
「女将さん……通貨偽造は重罪ですからね?」
と国に仕える立場からは言ったものの、その完全さは目を瞠るものだった。
「まあニセモノだから、一日経ったら消えるんだけどね。それと、こんなことも出来るよ」
清豊は銅貨の一枚――ニセモノの方をテーブルに置くと、その上に指を這わせた。
するとどうだろうか、再現されていた小さな傷は消え失せ、鋳造したばかりのような光沢が宿ったのだ!
「凄いだろぉ!」
「はぁー……こんなに綺麗なのは見たことないよ。ねっ、ライラくん」
「うん……すごいよ」
言葉にならなかった。どんな魔法を使っても一瞬でこれほど硬貨を再生することはきっと出来ないに違いない。
「これが転移者スキル……」
その時、卑しくも僕は
(もしこれが戦闘のためのものだったらどれほどの戦力になったか)
などと考えてしまった。
その考えを頭から追い出し、僕は清豊の顔に目を向ける。
「見せてくれてありがとう、清豊」
「いいっていいって、俺たちもう友達だろ?」
思い返してみれば、今まで友達と呼べる人は僕の周りにはいなかった。
――心がざわざわと波立つ。
僕はそう呼べる人が欲しかったのかも知れない。
「友達か……うん、そうだね。友達だ」
本当は少し怖かった。清豊を国のための兵器のようにしか思っていなかったことを知られ、彼が僕から離れていくのが。
だけどそれ以上に、僕の心には清豊への友情が生まれていた。
――その時。
けたたましい鐘の音が響き渡る。
「な、なんだいこれは!? ま、まさか――」
「……魔族襲来のサイレンです」
遂にその時がやって来たのだ。
この尋常ではない鳴り方は、何とか国境際で抑えていた前線が崩壊し、魔族の群れが『南南東の国』の領土に侵攻したに違いない。
――国家の終わりの時が来た。
「女将さん、逃げてください! 出来るだけ遠くへ、出来るならばそのまま他国へ亡命してください! 絶対に引き返してはいけません!」
僕が喚くと、女将さんは怯えの色を見せつつも力強く頷き、近くの人たちにも聞こえるように避難を叫びながら走っていった。
「清豊、キミも逃げるんだ。もうこの国は終わる」
「逃げるって……ライラはどうするんだ!?」
「僕は残って戦うさ。勇者ほどじゃなくても、僕にも魔法は使えるからね」
店の外に出ると、そこには既に空を覆いつくさんばかりの魔族の大群が迫っていた。
触手のような腕や強力な黒魔法で街を破壊し、蹂躙する黒い影はまさしく『破壊』という現象の権化だった。
「無茶だライラ! 俺はこっちに来たばっかりだけど、あれには勝てない! それくらいは分かる!」
「それでもやらなきゃならないんだ、僕の不甲斐なさが招いた結果だから」
魔族が続々と禍々しい翼を折りたたんで着地する。
そのうちの一体の視線が僕と清豊を捉えた。
「さあ早く!」
僕はそう言って魔族目がけて駆け出した。
それを認めて黒魔法の詠唱を始める魔族に僕は指先を向けて叫ぶ。
「フレイム・ニードル!!」
指先から炎の針が連続して突出し、高速で魔族の首に突き刺さる。
噴き出した真っ黒な血が一張羅に掛かるのを気にも留めずに懐に隠し持っていた小刀でその首を完全に断ち切った。
「……っはあ、はあ……! 僕に早口詠唱で勝てると思うなよ……!」
続けて数体の魔族を仕留め、空を仰ぐ。
ますます数が増える黒の軍勢は全く衰える気配もない。
「くそっ……!」
僕が憎々し気に地団太を踏んだその時。
「――!?」
一体の魔族が僕の後方を見ているのに気が付いた。
今にも触手の腕を伸ばして身体を突き抜かんとするその視線の先。
――そこには走り去る安宅清豊の姿があった。
「清豊ッ! 危ない!!」
建物が崩壊する音と絶叫と笑い声に掻き消され、僕の叫びは届かない。
瞬間、僕は走り出していた。
友達を――清豊を守るために!
「間に合えぇッ!!」
全力で走った。筋肉も骨も腱も悲鳴を上げていたが、一切相手にせず走り続けた。
「頼む……間に合ってくれええッ!!」
背中が近付いてくる。
あと腕一本分、拳一つ分、指一本分――。
――そして遂に背中に手が届いた!
「やった――!」
出来るだけ強く突き飛ばす、その一念で体重を掛けると同時。
僕の腹から響いた鈍い音が前進を駆け巡った。
倒れ込みながら見ると、そこには魔族の蠕動する触手の腕が腹を貫いて僕を見つめていた。
「がっ――」
「――ライラ!? どうして、こんな……」
体勢を崩し、地面に両手をついて振り返った清豊が僕を見て駆け寄って来る。
「あんなに、叫んだのに……聞こえ、なかったの?」
「ライラ、それ以上喋ると危ない」
声が掠れるのが分かる。魔族の腕は肺の半分を一瞬で破壊していたのだ。
「清豊……ゴメン。僕は、キミに謝らないと、いけない……」
「謝るのは俺の方だ。俺はライラを嘘を吐いた」
血を止めようと自分の服を破って僕の体に巻き付けながら清豊は言った。
「え……っ……?」
彼の言う『嘘』に全く心当たりがなかった。
清豊はいつも正直で、率直だった。その振る舞いのどこにも嘘は感じられなかったのだ。
「もう大丈夫、もう大丈夫だから……」
両目に涙を一杯に溜めて言うと、僕の胸にあてがわれたその両手から白い光が起こった。
「――これ、は……」
白魔法――治癒術の光だ。
ステータスカードでは適性値は最低ランクのFだった項目だ。
「これが俺の嘘……本当にごめん」
清豊はステータスカードを取り出すと、その上に指を這わせてから僕に見える位置にかざした。
「魔法適性――オールS……」
それだけではない。
『偽造』しかなかったはずの転移者スキル欄には溢れ出さんばかりにスキル名が書き連ねられている。
「最初にこれをもらった時、俺は君を値踏みしていたんだ。名前を書いた瞬間に出て来たその文字を見て、どうやら妙な才能をもらったらしいと気付いたからね」
痛みが和らいでいく。
出血の量も次第に減っていくのを感じる。
「だからそこにあったスキルの一つを使ってステータスカードを『偽造』した」
暫時、ぽかんとしていた僕の胸に喜びが咲いた。
あの詠唱は成功していたのだ!
――そして、そのおかげで清豊に出会うことが出来た!
「ハハッ……そうだったんだ……」
「ライラ、俺を許してくれる?」
傷が完全に塞がった。
もう痛みも無い。
僕は差し出された手を握って立ち上がりながら言う。
「当たり前だろ……僕たち、友達なんだから!」
僕が笑うと、清豊も特大の笑顔を咲かせた。
「じゃあライラ、見ててくれ俺のたまたま授かった妙な才能を」
そう言って彼は僕にステータスカードを渡し、スキル欄の一か所を指差した。
――転移者スキル;天使の裁判……以下の固有魔法が使用可能になる。
清豊が空に手をかざす。
そしてその魔法の名を――
「審判の光!!」
空を覆う黒の群れが光に包まれる。
いや、正確に言えば魔族一体一体の体に巻き付くように出現した光輪が激しい閃光を放っていた。
「俺は戦うよ、ライラ。友達のために――友達が愛したこの素晴らしい国のために」
かざした手が固く握られる。
――瞬間、光輪の一つ一つが爆ぜた。
太陽が堕ちたかのような発光の後、空には黒い影は一つも残っていなかった。
ただ燦々と大地を照らす本物の太陽が、固く手を握った僕と清豊を見つめていた。
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