よんワン!
昔、私がまだ小学生くらいだったころ
堅物の父親におんぶをねだった事がある
いつも仏頂面で仕事の事しか頭にないと思っていた
でも、その時私はどうしても父親におんぶして貰いたかった
仕事人間の父親が、めずらしく私と公園で遊んでくれたからだ
このまま出来る所まで甘えてやろう、そう思ったのだ
自宅マンションが見えて来る。
ゆっくり、ゆっくり歩いている。私じゃなくて神無月君が……。
時折ピスタチオが振り返り、私と目が合うとプイっと素っ気ない態度。
な、なんだね、文句があるなら言ってみたまえ!
「ご、ごめんね、神無月君……」
「いえいえ、くじいた足で無理に歩くとクセになっちゃいますからね。こんなのお安い御用ですよ。体力には自信がありますから」
うーん、でも……私地味に身長高いし……
「重くない……?」
「あはは、巨大なダンベル担いでると思えば大丈夫っす」
……巨大な……ダンベル……。
え、それって重いって事?!
「ああ、違う、違うんです! ええと、俺、中学高校大学と陸上やってて……。ダンベル担ぎながら走りまわってたりしたことあって……。別に如月さんが重いとか、そういうんじゃないです! むしろ、ダンベルの方が重いっていうか。50㎏以上ありましたし……」
「50kg……」
やばい、私の体重がバレている。
まさか人をオンブしただけで体重が分かる特殊能力者だったとは……。
っく……ピスタチオと一緒に走りこんでりゃ良かった……。
「と、とにかく! ダイジョブですから! 如月さんはその子犬をしっかり抱いていてください!」
「……はい」
私の腕の中には捨てられた子犬が丸くなっている。
時々モゾモゾ動いては「みゃぅ」と弱弱しく鳴いていた。
ちょっと待っててな……すぐにゴハンあげるからな。
よちよち、と軽く指で子犬のオデコを撫でてみる。
すると、それを見てイラっとしたのかピスタチオがいきなり、リードを引っ張った。
「うわっ!」
「ひゃ!」
いきなり引っ張られ、自然と背中に抱き付く私。
神無月君もなんとか耐え、リードを引っ張る。
「ちょ、ピスタちゃんっ、ど、どうしたの?」
「ウー……キャン!」
あぁ、完全にヤキモチ焼いてるわ。
可愛い奴め!
「神無月君、ピスタチオたぶんヤキモチ焼いてるんだと……」
「や、ヤキモチって……え、俺に……」
ん? ん?!
そ、そうか、てっきりピスタチオは子犬にヤキモチを焼いてるんだと思ってたが……
私と神無月君がベタベタしてるから焼いてるのか?!
ど、どっちなんだ、ピスタチオ!
「キャン!」
そのままズンズン進むピスタチオさん。
私が道案内しなくても引っ張ってくれるから助かる。なんて賢い子なんだ。
ふと、神無月君の背中の温度が伝わってくる。ピスタチオが引っ張ってくれた御蔭で、堂々と背中に抱き付いている私。
子犬は無事だ。私の無い乳と神無月君の背中の間に挟まれているが……。
「私……こうしてオンブされるの、父親にされて以来です……」
「へ、へええ」
「堅物な父親にどうしてもおぶって貰いたくて……わざと転んだフリしたりして……」
何となく、幼い頃の思い出が蘇ってきた。
堅物な父親にいつもおんぶをねだっている自分。
夕日が綺麗で、傍には母親も居て……あの頃は幸せだった。
もう、二度と戻らない日々を思い出す。
ちなみに父親も母親も元気に生きている。
この前など、海外旅行に行ってきたー、とタイの御菓子を送りつけてきたのだ。
堅物な父親は人が変わったかのように、母親とタイ旅行を満喫していたらしい。
娘が就職して安心したんだろうか。
「あはは、如月さんって結構甘えん坊だったんですね」
「うん……」
なんだか……無性に恋しくなってきた。
思わず神無月君の背中に甘える様に子犬を抱きかかえながら頬ずり。
「あったかい……お父さんみたい……」
「へ?」
その時、私を支えてる神無月君の腕の力が抜けて落ちそうになる。
思わずしがみついて落ちまいとする私。
「あ、あっぶね……びっくりしたー、変な事言わないで下さいよー」
「ご、ごめん……別に変な意味じゃ……」
い、いかん……何故にいきなり父親の話なんぞ……。
で、でもこのシチュはかなり貴重な体験になりそうだ。
「…………」
「…………」
そのまま無言で私のマンションへと歩く神無月君。
先頭を歩くピスタチオが「はよ!」と急かしてくる。
「と、とにかく……急ぎましょう!」
「そ、そうですね……!」
マンションへと急ぐ私と神無月君。
私の腕の中に眠る子犬が大人しいのが気になった。
私が住まうマンションの前までやってきた。
神無月君は呆気に取られるようにマンションを下から眺める。
「ここ……ですか?」
十五階建てのマンションの前で止まるピスタチオ。
ちゃんと自宅まで道案内してくれた。
なんて良い子なんだ!
「ここの……何階ですか?」
「えっと……十五階……」
神無月君が驚いているのが分かる。
ヤバい、引かれているだろうか。
と言ってもそこまで高くないのよ?! 下手なアパートに住むよりお得だし……。
「ど、どうやって入るんです?」
「えっと、そこで部屋番号入れて……パスコードを……」
その時正面扉が開く。中から出てきたのは隣りの隣りくらいに住んでいるセレブっぽいオバちゃん。
いや、間違いなくセレブだろうが、時々肉じゃがとか持ってきてくれる庶民的な部分もある。
「あら? あらーっ、芽衣ちゃんどうしたのーっ?」
忘れてる人も多いと思うが、私の名前は如月 芽衣だ。
「おはようございます、弥生さん……ちょっと足を挫いて……」
「そんなカッコイイ男の子の背中に乗っちゃってーっ……ウフフ、やだわ、こんな朝から……」
おい、ちょっと待て
「いや、あの……」
「いいのよ、私だって若い頃はもっとキワドイ事してたから。むしろ貴方にしては頑張ったほうね。いつも仏頂面で彼氏とか出来るか心配だったけど……」
いや、いやいやいや! ちょ、ちょっと待たれよ!
「まあ年頃の子なんだし……彼氏の一人や二人居るわよねー? じゃあ頑張ってね。オバちゃん応援してるわ」
ど、どうも……と神無月君と一緒に会釈してオバちゃんを見送る。
朝からハイテンションな人だな……。
そのままパスコードを入力して中へ。
あ、そうだ。ピスタチオをシャワーに入れてあげないと……。
シャンプーは十日に一度でいいって雑誌に書いてあったし……水洗いでいいのか?
エレベーターに乗り、十五階を押す神無月君。
う、しかし……私いつまで神無月君に乗ってるつもりだ!
あぁ、でも暖かい……眠ってしまいそう……。
そうこうしている内に十五階に到着。
エレベーターを降りて引き続きピスタチオが部屋の前まで引っ張って行く。
そして部屋の前まで来ると「はよ!」と急かすようにその場でクルクル回る。
お腹空いてるのかしら……その前に君はシャワーよ!
ポケットから鍵を出し開錠。
さて、問題はここからだ。リビングは散らかっている。
主に昨日買ってきた犬用製品の残骸で。あと洗濯するだけして畳んでないタオルとか……。
そこで私の作戦はこうだ。
まずピスタチオのお風呂を神無月君に頼む。
犬好きな彼なら断る事はしないだろう。ピスタチオも喜ぶはずだ。
その間に私はピスタチオと子犬の餌を準備しつつ、リビングを片付ける。
完璧だ。
よし、この作戦で……
「おじゃましまーす……」
と、そのままリビングに向かう神無月君。
え?! ちょ、ちょっと待たれよ!
「きゃ、きゃんなづき君!」
「え?! ぁ、はい」
誰だ、きゃんなづきって……。
「ぴ、ピスタチオをお風呂に入れてもらっても構いませんでしょうか……」
「ほ、本当ですか?! 俺がやってもいいんですか?!」
予想通り喜んでるな。
予想以上に興奮してるけど……。
「ぁ、子犬はどうしますか……?」
「いきなりお風呂もアレだから……とりあえずご飯あげて、蒸しタオルで拭くぐらいにしとくね。元気が戻ってきたらお風呂に入れてあげればいいと思うし……」
まあそこまで泥まみれという訳でもない。
多少汚れてるって程度だし……。
「じゃあ……リビングってこっちですか?」
ギャァァァァ! そっちはアカン! 見るでない!
「か、神無月君! えっと、その……ち、散らかってるから……し、下着とかで……」
わざと男子が恥ずかしがるであろうワードで脅す私。
神無月君も「ぁっ……」となにやら察したような様子で、リビング前で私を降ろした。
「じゃあお風呂場はそっちなんで……ピスタチオ、洗ってもらって」
「キャン!」
むむ、コイツ、そういえば風呂嫌いだった筈なのに……なんで神無月君と一緒だと素直について行くんだ?!
なんだかピスタチオに仕返しされてるような気分だ。
神無月君を取られてヤキモチを……って流石に無いわ……。子犬に嫉妬なんて……。
「あはは、ピスタちゃんーっ、ほらほら、気持ちい?」
なっ……何してんだ!
おのれ、ピスタチオめ……子犬のくせに!
「みゃぅ……」
もう一匹の子犬が弱弱しい声で鳴くのを聞いて我に戻る。
そうだ、とりあえず子犬用のミルクをあげてみるか……。
パックから皿に移し、電子レンジで少し温めた後……オマケで付いてきた哺乳瓶に移す。
それから水道水で少し冷まして……できあがり。
「まるで赤子が出来たようだ……」
哺乳瓶の温度を確かめつつ、大体人肌なのを確認する。
そして子犬を抱きかかえながら、乳首の部分を口元に近づけてみた。むむ、飲んでる……?
おぉ、飲んでる……可愛い……。
美味しそうに飲んでいる、が……もう要らないのか、イヤイヤと首を振る子犬。
むむ、まだほんの少し……10ccも飲んでないぞ。
うーん、口に合わなかったのかな……。試しに少し舐めてみる。
うん……微妙……ほぼお湯みたいな薄さだな。
「うーん……何だったら食べてくれるかな……」
しかしすぐには思いつかない。試しにピスタチオが普段食べているドックフードを一粒だけ取って口元に運んでみる。フンフンと匂いは嗅ぐものの、食べようとはしない。
「ダメか……。あとはスープだけど……この子には早い気がする……」
一応生後一か月から大丈夫と書いてあるが、この子犬が実際に何ヶ月なのかは分からないのだ。
もしかしたら生まれてすぐに捨てられたのかもしれない。しかし見た限りでは、ピスタチオより若干小さいくらいのサイズだ。一カ月程度だとは思うが。
「まあ、もう少し……ミルク飲んで……」
哺乳瓶の乳首の部分を口元に近づける。口に咥えて一口二口飲むも、すぐにイラン! と首を振られる。
もしかしたら哺乳瓶っていうのが気に入らないのだろうか。
確かにそこまで赤子というわけでも無い。
試しに哺乳瓶から再び皿に移し替え、子犬の前に差し出してみた。
すると皿に口を近づけミルクを舐めだした。おぉ、飲んでる……?
「子供扱いが嫌だったのかな……」
私も子供扱いされるが嫌な時期があった。それでも子供だったんだが。
さて、神無月君がピスタチオを洗っている間にリビングを大体片づけなければ……。
その前に……足が痛いでござる。たしか湿布があったハズだ。
薬箱から湿布薬を取り出し、二枚程足首を包むように貼り付ける。
そしてネット包帯で固定した。うぅ、このヌメっとした感触が苦手でござる……。
そのままリビングの掃除を開始。
犬製品の残骸をゴミ袋に放り込み、洗濯するだけして畳んでいないタオルも回収。
軽く掃除機をかけ、エアコンで空気清浄も。
「よし、ここまですれば……」
「如月さーん」
その時、神無月君からお呼びが掛かった。むむ、どうやらピスタチオを洗い終わった様だ。
タオルを数枚持ってお風呂場に。
「神無月君、ありがとう……リビングで待ってて、私ドライヤーかけてるから」
「ぁ、それも俺やりますよ、一回やってみたかったんです!」
そ、そうなのか、じゃあやってもらおうかしら……。
タオルでピスタチオを包み込み、大体の水分を拭きとった所で神無月君に再び交代。
ドライヤーも渡して、ピスタチオは贅沢にも神無月君に毛を乾かして貰っていた。
いいな……私も乾かしてもらいたい……って何考えてんだ。
そんなこんなで子犬の元に戻ると、ミルクを舐め続けていた。
あまり量は減ってないが、いきなりそこまで飲める筈もないか……。
一度ミルクを下げ、電子レンジで蒸しタオルを作成。そのまま子犬も蒸しタオルで全身くまなく拭き取る。
「むむ、あんよが結構汚れてる……?」
最初見つけた時はダンボール箱に入れられていた。そこから出た気配も無かった。そして見つけた私達は子犬を抱っこしてここまで連れてきたのだ。普通に考えれば足など汚れる筈が無い。
生まれてから今まで足など拭かれた事が無いのかもしれない。
「もう少し元気になったら……シャンプーしてやるからな……」
そのまま軽くタオル越しにマッサージしながらキレイキレイに。
うむ、見つけた時より可愛い気がする。
「クゥーン……」
心細そうに鳴く子犬。そっと人差し指で顎を撫で上げると、私の指をハグハグしてくる。
ちなみにハグハグとは甘噛みしてくる、という意味だ。今私が作ったんだが。
さて、ピスタチオの分のご飯も準備しなければ。
皿にドッグフードを盛り付け、別の皿でスープを温める。
暖まったら少し冷まし、そのスープをドックフードにIN。
コンソメの香りが漂う美味しそうなゴハン。
子犬もクンクンと鼻を鳴らしている。
「舐めてみる?」
そっと自分の指にスープを付け、子犬の口元に。
舌を出してチロチロ指を舐めて来る。おお、なんかくすぐったい……。
美味しかったのか、私の指を飴玉の様に舐めまわす子犬。
「ほら、食べてもいいんだよ?」
皿を子犬の前に出してみるが、そこまで食欲が沸かないようだ。
しかしその時、足元にピスタチオが。
「それ私のゴハン!」と必死に足に絡みついてくる。
「はいはい、ゴメンゴメン。リビングでね」
そのままピスタチオのご飯と、子犬のミルクを御盆に乗せつつ……むむっ、子犬どうしよう。
神無月君呼んで運んでもらうか……と、その時私はとんでもない事を思いついてしまった。
いつかネットで見た可愛い犬動画。その中に、大型犬が子犬を背中に乗せて運ぶという愛らしい物があった。
「ピスタチオさん……この子運んでくれる?」
そっと子犬をピスタチオに近づけてみる。だが途端に逃げだすピスタチオ。
何をそんなにビビってるんだ! 君より年下よ!
「キャン!」
しかも威嚇し始めたし……むぅ、無理か。
仕方ない、私が運べばいい事だ……と、その時ジタバタしだす子犬。
なんだ? 降ろせって事か? そっとフローリングの床に子犬を降ろすと、そのままトコトコと自分からピスタチオに向かって歩き出した。
当然、ピスタチオさんは逃げ出す。するとそれを追いかける子犬。軽く小走りしているようにも見える。
よかった、結構元気だな。
『お、おい、なんで着いてくんだよ……ッ』
『お姉ちゃん待ってーっ』
二匹の子犬が会話しているのを想像してみる。
なんと微笑ましい。ピスタチオは追いかけて来る子犬に振り返りつつ、逃げる様にリビングに。
子犬もそれについてトテトテと駆けていくが、途中で転んでしまう。
「ぁ……」
私は今両手が塞がっている。
子犬を抱っこしたいのは山々だが、とその時颯爽と現れた神無月君が子犬を抱っこしてくれた。
「ありがとう、神無月君……」
出来る男はさり気無いのだ、たぶん。
神無月君は一言だけ「どういたしまして」と言うと、そのままリビングに。
ピスタチオも子犬にビビりながらも飯を待っていた。
「はい、お待たせピスタチオー」
ピスタチオの前にご飯を置き、数秒見つめ合う。
「ヨシ」と言うと勢いよくスープに口を突っ込んで食べ始めた。
美味しそうに食べるピスタチオ。
しかし、ピスタチオが食べている皿に拾ってきた子犬が近づいてきた。
そのままペロっと一口スープを飲む。その瞬間、ビクっとピスタチオが引いた。
なんでそんなにビビってるんだ、お前。
ピスタチオは自分のご飯を取られて怒るかと思ったが、スープをチロチロ舐めている子犬を優しい眼差しで見つめていた。いや、もしかしたら……
『えっ、えっ、何この子……なんで拙者の飯、横取りしてんの……』
とか思ってるかもしれないが……。
しかしスープを飲む子犬の首筋を、まるで毛繕いするように舐めはじめた。
くすぐったそうに震える子犬。ピスタチオがまるで本当のお姉さんのようだ。
可愛い弟が出来て良かったな……ピスタチオ。そうやってゴハンも譲って――
と思ってたらガマン出来なくなったのか、ピスタチオもスープを飲み始めた。
二匹で一緒の皿で食事をしている。なんか萌える……。
むむ、そう思ってたら私も腹減ったな……。
私は朝食食べない派だけど、今日は早朝から色々あったからなぁ。
確か備蓄のアレがあったはずだ。
折角だ、神無月君にも食べて行って貰おう。
「神無月君、ご飯どうする?」
「ええと、とりあえず家に帰って何か食べます」
ふむ。しかしここまで私を運ばせてしまったのだ。
何かお礼がしたいでござる。
「じゃあ私何か作ろっか? 簡単な物しか出来ないけど……」
「え、いや、そんな悪いですよ」
「ここまで連れてきてもらったお礼だから!」
半ば強引に話を進めつつ、キッチンに立ちエプロンを見に着ける。
さて、何を作ろうか。正直備蓄のアレは緊急時のみだ。
冷蔵庫を開けて中身を確認。
……不味い。不味い物しかないわけでは無い。
ビールと酒のツマミしか入って無え……(二話参照シテクダサイ)
イケそうなのは焼き鳥か、しかし朝食に焼き鳥ってどうなんだ。
神無月君の痛い視線しか想像できない……簡単な物しか出来ないって言っておいて、本当に簡単じゃないか! ただチンするだけだ、こんなの。
仕方ない。最終手段に出るしかない。
棚から鍋を取り水を入れる。
グツグツ沸騰してきた所で、アレを投入するのだが……。
しまった、神無月君の好みはどっちだ?
今、私の手には二つのアレが握られている。どっちが神無月君の好みなんだ。
直接聞いた方が早いか……しかし、このどちらでも無かったら……
「神無月君……チキ○ラーメンとサッポ○一番……どっちがいい?」
子犬達に夢中になっている神無月君。
私が尋ねると、なんだか微妙な顔でキョトンとしだした。
ま、まさか……本当にこれ以外なのか?!
なんてこった……私の中ではこの二つのラーメンが最強なのに!
あ、いや……まだあった。ここには無いダークホースが!
「ぁ、も、もしかして……チャルメラ派?」
まさかのダークホース、チャルメラらーめん。
あの音を聞く度にラーメンが食べたくなるという、ある意味最強の音響兵器を装備した強襲型装甲戦車(屋台)
そうか、神無月君も幼い頃……あの音を聞いて醤油ラーメンを食べたくなるという衝動を起こしてしまったに違いない。
「あ、じゃあチキ○ラーメンで……」
何ぃ?! チキ○ラーメンだと!
何故だ! 君はチャルメラ戦士では無かったのか!
いや、落ちつけ私。
チキ○ラーメンとて侮り難いインスタントラーメンだ。
濃すぎる鶏ガラスープで小さい頃吐きそうになったが……
酒を飲むようになって、チキ○ラーメンのマニアックな味にヤミツキになったのは私だけでは無い筈だ。
「分かったわ、任せて。こう見えて私……インスタントラーメンには五月蝿いから」
そう、そして私は毎回戦場から帰還する。
最高のインスタントラーメンを手にして。
ラーメン戦士「如月」
完
いや待て! 落ちつけ!
終わらせてどうするんだ。あとラーメン戦士って何だ。
インスタントの袋麺なんてお湯に麺を投入して三分待つだけだ。
まあ、ちょっとしたコツはあるが……。
――三分後
「お待たせ、神無月君」
出来上がった。
私の戦果が……。
「あ、すいません……」
なんだろう、神無月君がちょっと微妙な顔つきだ。
ピスタチオと子犬の食事シーンを見てお腹空きすぎたのかしら。
そのまま朝食にインスタントラーメンを啜る私と神無月君。
「どう?」
「はい、おいしいです」
「そう? 良かった、実はチキ○ラーメンは得意じゃなくて……他のインスタントラーメンなら簡単なんだけどね」
何せチキ○ラーメンは普通に作ると鶏ガラスープが濃すぎる。
若干のお湯の量で味が全く変わるのだ。
なんと奥が深いラーメンなんだ。ちなみに酒を飲んだあとは濃い目でちょうどいい。
ピスタチオと子犬は皿に残ったスープを舐め続けていた。
でもラーメンの魅惑な香に釣られてか、ピスタチオが神無月君に近づいて……
カプ……
と、指を甘噛みしだした!
な、なんてうらやま……じゃない! ダメでしょ! 食事のジャマしちゃ!
しかし神無月君は嬉しそうに
「ふぉぉぉ! 如月さん! たまんないっす!」
なんだろう、この微妙な気持ち。
ピスタチオの逆襲だろうか。なんか妬いてしまう。
「神無月君……ピスタチオにゾッコンね……」
「へ? ぞ、ぞっこん?」
ズルズルとラーメンを啜りながら、つい口がついて言ってしまった。
だ、だって……だって!
「私も……神無月君の指ハムハムしたいのに!」
ってー! 何言ってんだ私!
落ちつけ! OTITUKE!
神無月君も「は?」と呆気にとられた顔してるし!
ど、どうしよう……誤魔化さなければ!
「な、何でもない! 神無月君! おかわりは!?」
二人でインスタントラーメンを完食。
どんぶりを洗いつつ、私はやってしまった……と反省していた。
指をハムハムしたいなんて……何なんだ、私はハムスターか?
ハムスターか、神上がハムスターっぽいな。なんとなく。
さて、これからどうしようか。
子犬もピスタチオもお腹一杯、と絨毯の上で寝転がっている。
凄まじい癒し系子犬の前に神無月君は悶えていた。
ならば……もっと癒し系な姿を見せてやろう。
私は自分の部屋から五十センチ程あるパンダのヌイグルミを持ってくる。
ピスタチオに汚されたらアレだからと、高い所に隠しておいたのだ。
きっとピスタチオはこれを見た瞬間飛びつくに違いない。
「ピスタチオ、パンダさん……」
と、パンダを見た瞬間、ピスタチオは思いきり飛び退いて警戒しだした。
謎の生物が襲来したと歯を剥き出しにして威嚇している。
「ちょ……ピスタチオ、パンダさんだって」
「ウー……キャン!」
なんなんだ、この子……パンダは敵じゃないぞ!
もう一匹の子犬は、トコトコとパンダに近づき足に噛みついた。
ふふふ、やはり興味深々か。ピスタチオはビビりまくってるが……。
パンダの足に噛みついて離さない子犬。
ここぞと、私は裏声で……
「きゃー、痛いよー、パンダの足いたいよー」
しかし次の瞬間、私の裏声にビビったのか、子犬までもがピスタチオの後ろに隠れるように退いて行く。
ちょ……君達! 何故だ!
「神無月さん、面白いですね~」
いやいやいや! 面白い要素なんて……
「ちょっと貸してもらっていいですか?」
あ、はい、と神無月君にパンダを手渡す私。
神無月君は、パンダの手を掴み
「ピスタちゃん~、僕パンダのガンガンって言います~ よろしく~」
と、人形劇を始めた。
するとピスタチオが警戒を解き、パンダに近づいてきた!
ちょっと待て、なんで神無月君がパンダを操りだした瞬間に……。
ま、まさか……神無月君は伝説のパンダ使いなのか!?
遥昔の中国。
深い竹林にパンダと拳法の修行をしている少年が居ました。
そのパンダは生意気にも妻が五匹。
子供が八匹。
少年を囲むパンダ達。
一気に少年はパンダのモフモフパラダイスに……
ってー! 違う! 神無月君はパンダ使いでは無い!
そもそも少年、パンダ使えてないし!
「キャン!」
おお……ピスタチオがパンダのお腹に突進……そのまま甘えるようにパンダを枕にしだした!
釣られて子犬も同じようにパンダの腹に顎乗せ……。
ふぉぉぉぉぉ、なんだこの魅惑な光景……。
パンダに甘える子犬二匹……。
「た、たまんないっすね……」
「そうだね……」
ぁ……シャメ撮っとこう……。
微笑ましい光景を眺めつつ、しばらく神無月君と他愛もない話で花を咲かせていた。
私は職場で支店営業責任者をしていると言う事、神上という後輩が居て、慣れないペット部門で奮闘しているという事を神無月君に話した。
神無月君も本屋での仕事は楽では無い……いつもデカイ牛みたいな店長にドヤされているという事を話してくれた。なんでも本屋の入り口に犬コーナーを作ろうとして、怒られたそうだが……って、あれ……?
もしかして……。
「あの本屋の犬コーナーって……神無月君が作ったの?」
「そうですよ。可愛かったでしょ? 渾身の力作です! でも、初めてまともに見てくれたのが如月さんだったんですよね~」
ってー! しまった! 私自分で本屋に言った事バラしてるやん!
っていうか神無月君も知ってる風だし!
ま、不味い……もしかして……あの時バレバレだったのか?!
BL本と一緒に犬本買ったのは私だって……バレてたのか!?
「あ……」
ま、不味い……思いだしてる! これは確実に思いだしてる!
私がボーイズほにゃららの本を買っていた事を! 略してBL本を買っていた事を!
「そういえばあの時……」
「か、神無月君!」
はい? と返事をする神無月君に、私はとりあえず考える暇を与えまいと話を振りまくる。
「お腹すいてない!?」
「え、今、食べたばかりですけど……」
「あ、そ、そうね……。あはは。えーと、じゃあ、ゲームしない!?」
「ゲーム?」
「そう、ゲーム! 私、ゲーム好きで好きで……」
「いいですね。俺も好きです。どんなのあるんです?」
「えっと……。ときめきメモ……ああああ! やっぱいいですいいです! 二人でできるの、ありませんでした!」
うぅぅぅ! やばい、一緒に出来るゲームなんて無い……しいて言えばグロい格闘ゲームがあるくらいだが……ダメだ、あんなマニアックなゲームを出した日には……
神『如月さん……こういう人だったんですね、そんな人に僕の天使をお任せ出来ません』
ピ『仕方のない飼い主だこと……少しは反省なさい! あと寝室にあるビールの空き缶、片づけなさい!』
うぅぅ! 神無月君とピスタチオから責められる事しか想像できないぃ!
はっ! いかん! 神無月君に時間を与えてはならぬ!
なんとしても思いださせるわけには……! 暇を与えず話を振り続けるのだ、私!
「じゃあ映画……映画見ませんか?!」
ガラッと映画のDVDが仕舞ってある引き戸を開ける。
ん? 筋肉質な君とランデブー……可愛い僕の許嫁は男の娘?……伯爵令嬢は♂……!?
こんな映画あったっけ……。
って!
「ひぃ! こっちじゃない!」
あ、あぶなかった……こっちは私の秘蔵コレクションだった……。
「あははは、こっちでした~」
冷や汗を垂らしつつ別の引き戸を開ける私。
心なしか……神無月君からの視線が痛い。
むむ、SF系のアニメばっかりだからかしら……。
攻殻○動隊とか面白いのに……。
「キャン!」
その時、ピスタチオが何やらアピールしている。
にゃんじゃ、どうしたんじゃ……って、ま、不味い!
ピスタチオがアピールしているのは、昨日神無月君が務める本屋で買った犬雑誌……そしてBL本が入った袋! その時、私と袋の距離は約二メートル。たいして神無月君と袋の距離は一メートル弱。どう考えても神無月君の方が早く袋に到達してしまう!
っく、まずい……私の足、動け……動け!
アキレス健が千切れてもいい! いや、むしろ……
ここで千切らなくて……何処で千切るつもりだぁぁぁ!
光の速さ(嘘)でピスタチオがアピールしている袋を取り背中に隠す。
私のあまりにも早い動きに神無月君も呆然としている!
見たか……これが高校時代、三年間帰宅部で鍛えた足腰だ!
「ど、どうしたんですか?」
あ、ヤバイ……完全に神無月君引いてる……。
誤魔化さなければ!
「い、いえ……会社の資料だったもので……アハハ……」
「『上手な君の躾方』ですか?」
「……………」
ん?!
な、なんで……昨日購入したボーイズほにゃららの題名を……!
ま、まさか……完全にバレてる……。
私が……あの時の私が私だって……完全にバレてる……。
そのまま壁際に寄り、頭を擦りつける私。
やばい、今だけ別の人格になりたい。
そうだ、意識するんだ……そうすれば不思議な力で私は生まれ変われる……。
考えろ……! 私は今から百五十年くらいたった2165年生まれ……。
元々男だったけど、不慮の事故で女に生まれ変わった女子高生だ……!
落ちつけ……私なら出来る!
さあ、行くんだ! なにも恥ずかしがる事は無い! 私は今別の人格だ!
「ド……ドウシテ……知ッテルンデスカ……」
「いやだって、この前買ってましたよね、その本。まがりなりにも本屋の社員なんで、買ってもらった本のタイトルくらいは覚えてますよ」
……終わった……。
何が終わったって……私の春が……いや、もう夏になりそうだけど……。
そういう意味でなくて、私個人的な春が……今終わった……。
そのまま壁に頭を壁に擦りつける私。
穴を掘るんだ……。そしてその穴に入るんだ……。
ぁ、モグラ……そうだ、私は地中を好きに移動できるモグラのモっくんになる……。
「な、なにしてんすか! ハゲますよ! だ、大丈夫です! 俺そういうの気にしないっていうか……」
「ハゲてる女でも……?」
「いや、そっちじゃなく……BLとか、です……。如月さん……その本、俺にも読ませてください」
チラ……と神無月君を見る。
うぅ、絶対引かれる……いや、もしかして目覚める?
あれ? 目覚めちゃったらどうしよう……私、全く相手にされなくなったり……。
ええい! ままよ!
そのまま「はい」と手渡しつつ、神無月君はペラペラと本を読み始める。
な、なんだろう、このドキドキ感……まるで自分の性癖を覗き込まれてるみたいで……いや、まさにそんな感じなんだが……。
「如月さん……」
「はい!」
「ごめんなさい! 俺には無理でした!」
「ふえええ!」
春が終わり夏が来る。
私の春が……どうなったかは
秘密だ
「クゥン……」