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さんワン!

 結局夕方までペットショップの見回りは続いた。

途中、子犬用のスープとドックフード、ミルク、そしてシャンプーやら子犬用の風呂桶も買ってしまった。


 現在の時刻は午後五時。一度会社に戻って報告書類を作って……とかやってたら帰るのはもっと遅くなるな。ピスタチオがお腹を空かせてしまう!


「神上、会社に戻ったら速攻で書類作って帰るわよ」


「ぁ、ワンちゃん待ってますもんね……。じゃあ私、先輩の分もやっておきましょうか?」


……何だと。非常にありがたいが、流石に悪いし……。


「私じゃ……上手く出来ないかもしれませんけど……」


ぅ……な、なんか……このまま任せないといけない空気に……。

いや、別に神上の仕事に不満があるわけでは無い……と言ったら嘘になるかもしれない。

だが全部後輩に押し付けて自分だけ帰るなんて……。


「いや、悪いしいいよ。私がやってくから……」


「大丈夫です! 先輩、今日は私が残ってやっていくんで……今度飲みに連れてってください……」


の、飲み? いや、そんなんでいいならいくらでも連れてくが……。

そんなんでいいのか?


「いいです。それで許します」


「分かった……じゃあ今度奢るわ。今日は頼んだ」


はい! と気持ちのいい返事をする神上。

そのまま会社に帰り、私は荷物をまとめて帰る支度。

帰り際、神上に再び謝りながらオフィスを出た。

しかしどうしたんだろう、神上……。今まで仕事を変わるなんて一回も無かったのに。

いや、神上がどうかしたんじゃない、私が変わったんだ。

今まで自分の仕事を他人に振るなんて事は一度も無かった。

自分でやらないと気が済まなかったから。


「ありがと……神上……」


明日は休みだ。

神上のためにも、ピスタチオを全力で喜ばせてやろう。


なんだか、初めて犬を飼っている実感が沸いてきた。本当に今更だが。




 午後六時前、自宅マンションに帰宅するとピスタチオが勢いよく駆けてきた。


「キャン! キャン!」


何やら非常にテンションが高いピスタチオ。

もしかしたら私が持っている物に反応しているのか。

帰宅する途中、近所のスーパーでリンゴを購入してきた。あとビール。


「ちょっと待っててね」


私の足に飛びついてくるピスタチオ。そのままズルズルとピスタチオごと引きずりながら自室へ。

スーツを脱いでジャージに着替え、買ってきた雑誌を広げる。


「えーっと……子犬のシャンプーは……と」


雑誌を見ながら袋から犬用の風呂桶とシャンプーを取り出す。

その瞬間、私の足から離れてベットの下に潜り込むピスタチオ。


「……ん? まさか……」


コイツ、風呂嫌いか!?

ダメだ! ちゃんとお風呂には入らないと! お前はレディーなんだぞ!


「クゥーン……」


「ピスタチオ……痛くしないから……」


なんとか足を掴んで引きずりだし、そのまま腹を抱えて風呂場に。

なにやらジタバタと暴れている。そんなに嫌いか、風呂。


 子犬用の風呂は浮き輪のように空気で膨らませるタイプ。

まずはそれを膨らませる作業から。

口を付けてピスタチオの風呂桶へ空気を送り込む。

やばい、クラクラする……。こんな事で酸欠状態になるとは……。


「えーっと……お湯の温度は30度程度……」


結構ぬるま湯だな。私はいつも四十度以上の風呂に入ってるが……。

ちなみに風呂桶に温度計も付いていた。便利すぎる。

風呂場で蛇口からお湯を出し、ちょうどいい温度まで調節する。

大体こんなもんか……と、ピスタチオを入れようとするが


「あれ? おいコラ! ピスタチオ! おいで!」


洗濯カゴの中で震える子犬を再び抱きかかえ、ゆっくりと風呂桶に入れる。

むむ、しかしお腹が少し付くくらいか。まあ、こんな物か……。


「えーっと……手でお湯をすくって全体に……」


雑誌を見ながらピスタチオの体にお湯を掛けていく。

掛けるというより塗ってるみたいだ。フワフワな毛皮がペチャンコになっていく。


「クゥーン……クゥーン……」


何やら不満そうに泣きだす子犬。

我慢しなさい、汚いと男子にモテないわよ。


「次は……シャンプーか。指の腹で……マッサージするように……」


手の平に犬用のシャンプーを少し出して、泡立たせる。

それをピスタチオの体に塗り付けながら擦った。


「クゥーン……ゥーン……ンー……」


お、なんか気持ちよさそう。

ここか? ここがええのんか?

ぁ、そういえば頭って洗っていいのかな……。

目に入ったら怖い……。


「むむ……目に入ったらコットンで拭いて目薬を……って、そんなの無い……。コットンはあるけど……」


子犬用の目薬なんて持ってないし……仕方ない、注意して洗わなければ。

体全体を洗った後、頭を注意深く洗っていく。

目に入らないように……と心の中で呪文を唱えながら。


「こんなもんかな……」


再び雑誌を確認しつつ、ピスタチオの体を良く濯ぐ。

シャンプー液が残っていると皮膚病になったりするらしい。

というか、シャンプーの前にブラッシングしろと書いてあった。


「マジか……次はブラッシングからやるか……」


反省しつつ、ピスタチオの体を良く濯いだ後、タオルで包んで水分を取っていく。

しかし……いざ洗いだすと結構大人しかったな。気持ちよかったかな……?


「キャン!」


「はいはい、ドライヤーしますぜ」


濡れ犬を乾かす為、ドライヤーを起動。

毛並みがフワッフワになるまで乾かしていく。

むむ、なんかいつも以上に毛並みが良くなった……気がする。


「よし、いつもよりフワフワだぞー」


「クゥーン……」


頭を撫でる私の指を甘噛みしてくるピスタチオ。

そうか、喉が渇いたんだな。

待ってなさぃ! 超美味しい物あげるから!


 ピスタチオを抱っこしてリビングに。

ソファーの上に降ろし、私は買ってきたスープを器に入れて電子レンジにかけた。

二分程温め、その間用意しておいたドックフードの中へとスープを混ぜる。

試しに少しに舐めてみた。なんかコンソメっぽい……?


「少し冷まさないと……」


よし、ならばその間にオヤツをやろう。

買ってきたリンゴを小さく切って長方形に。

2cm程にし、とりあえず2,3本を手の平に乗せてピスタチオの口元へ。


「食べる……?」


クンクン匂いを嗅ぎつつ、私の手の平を舐めながらリンゴを食べるピスタチオ。

お、食べた。

美味いか? リンゴ。


「キャン!」


どうやら美味しいようだ。

そろそろ主食も良い頃だろう。


「ピスタチオ、今日は……ご馳走だぞー」


スープINドックフードを目の前に置き、ピスタチオと目を合わせる私。


「…………」


「…………」


お互い沈黙しながら見つめ合い、私が良し、と言うとスープの中に口を突っ込むピスタチオ。

そのまま勢いよく食べだした。


「美味いかー?」


ガツガツと美味しそうに食べている。

ふむ、新しいドックフードだったから不安だったが……どうやら大丈夫のようだ。

今度から自分で買ってくるか。

こっちの方が美味しそうに食べてるし。


 ピスタチオの食事中に、ベランダに出て煙草に火を付ける。

これを機に煙草も止めようか……と考えてしまう。

まるで子供が出来たようだ。ある意味間違ってはいないが。

 ベランダから部屋の中を見ると、ピスタチオはスープを舌ですくって飲んでいた。

結構お気に召したようだ。毎日でもあげたいくらいだが、そうなると流石に私のサイフが悲鳴をあげる。

なにせ二袋で1500円したのだ。


 まだ半分程しか吸っていないタバコの火を消し、ベランダから室内に戻る。

ピスタチオは皿まで舐めつくしていた。いつもはドックフードの欠片が残っているが、今日は塵一つ残っていない。まるで部活帰りの牛丼屋に寄る男子高校生のようだ。ピスタチオはメスだが。


 お腹一杯になったのか、ピスタチオは専用のベットでグッスリ寝てしまった。もっと撫でまわしたかったが仕方ない。シャメを撮るくらいで勘弁してやろう。


「おやすみ……」


自然と顔がニヤけてしまう。

数日前の私なら有り得ないだろう。別にピスタチオが寝てようが起きてようが無関心だったのだ。

今はこの一匹の子犬が愛らしくて堪らない。

 そのまま自分も風呂に入り、ビールを一気飲みしつつ髪を適当に乾かしてベットにIN。

明日の朝……そうだ、サンポだ。

色々試したい事が……あるんだった……。




 いつの間にかグッスリ眠ってしまっていた。

私の顔を舐めまわすモフモフの感触で目が覚める。


「ん……おはよう……ピスタチオ……」


頭を撫でまわしながら起き上がり、ジャージに着替えてピスタチオの首輪にリードを付ける。

よし、じゃあまず……


「ピスタチオ、うんちしよっか……」


子犬を抱き上げて専用のトイレに鎮座させる。

雑誌に書いてあったが、今外でウンチをさせるのはマナー違反らしい。ちゃんと散歩に行く前に、全部出してからじゃないと……って、そんな急に出来る訳ないか……。


「いいかね、ピスタちゃん。レディたるもの……野外で用を足すなんてのは……」


「キャン!」


分かってる? いや、分かってないよな……。

仕方ない、徐々に慣らしていこう。

ビニール袋と水の入ったペットボトル。あとリンゴのオヤツが入ったタッパ。

荷物が確実に増えたのでウェストポーチ(中学生の頃に買って貰った奴)を引っ張りだしてきた。

よし、これでOK。完全な犬散歩バージョンの私だ。


「いくよ、ピスタチオ」


「キャン!」


いきなりピスタチオがハイテンションで走り出す。


早速だが、犬の散歩の心得その一。リーダーウォークを心がける事。

リーダーウォークとは……私も昨日雑誌を読んで初めて知ったが、犬が飼い主の隣りで歩きながらサンポする事らしい。犬に引っ張られるような散歩の仕方ではダメなのだ。理由はいくつかあるが、一番大きいのは飛び出して事故にあうのを防ぐため。


「ピスタチオ、こっち」


犬がリードを引っ張ったら、飼い主は歩かない、というのを覚えさせる。

ピスタチオは振り向きながら首を傾げ、再びリードを引っ張る。だが私は歩かない。

次第に分かって来たのか、私の隣りに来てチョコンと座るピスタチオ。


「よし、行こうか」


それで初めて歩き出した。トコトコとリードを引っ張らずにちゃんと歩いている。

おぉ、なんか……初めてピスタチオが隣りで歩いてる……まるで恋人と散歩しているようだ!

と、思った瞬間……蝶を見つけたピスタチオがいきなり走り出してリードを引っ張る。

そして私は止まり、再びピスタチオは振り向いて首を傾げて来る


「ピスタチオ、こっち」


隣りを指さして促す私。クゥーン、とちょっと不満そうなピスタチオ。

思いきり走らせてやりたいが……今の私が全力疾走なんてしようもんなら確実に腰が砕ける。

神無月君なら……思いきり走らせてもらえるかもしれない。


 そんな事を考えながら砂浜に行くと……居た。例の彼が。

ゴクっと唾を飲みこみながら、声を掛けろと叫ぶ私の心。

よし、言うぞ……おはようって……爽やかに挨拶するんだ……さあ、言え! 言え!


と、その瞬間神無月君に向かって疾走する子犬。


「ぁっ、ちょ、ピスタチオ!」


「キャン!」


な、なんだコイツ! めっちゃ力強い! おのれ、神無月君はお前には早い!


「ぁ、おはようございます!」


先に言われた。あまりにピスタチオが引っ張る物だから観念して近づく。

そのままピスタチオは神無月君に飛びつき、ハァハァしてる。

いや、ピスタチオだよな? なんかハァハァ聞こえるけど……神無月君の息遣いじゃないよな……?


「おはようございます」


ピスタチオを撫でまわす神無月君。

うむ、なんとも微笑ましい光景だ。このままずっと見ていたい。


「ぁ、す、すいません、つい……撫でまわしちゃって……」


むむ、別に構わんぞ?


「いいですよ、ピスタチオも喜んでますし……」


「実は俺、犬を見るとまわりが見えなくなっちゃうんです。両親が犬アレルギーで実家では飼えなかったし、今住んでるアパートもペット禁止で……」


「はあ、そうなんですか」


「犬の散歩とか、憧れるんですけどねえ」


ほほぅ? 


「ぁ、そうだ、ちょっとお願いがあるんですけど……」


いいながらピスタチオのリードを手渡すと、一気にテンション上がる子犬と青年。


「え、い、いいんですか?!」


「キャン!」


「あぁ、はい。思い切り走らせてあげてほしいなって……思ってて……」


神無月君は私の申し出に満面の笑顔。ピスタチオも「でかした!」と飛び跳ねている。


「よーし、行こうかピスタちゃん!」


「キャン!」


そのまま疾走する二人。私は一人砂浜に取り残される。

まあたまにはいいか、今日は会社休みだし……。

と、その時……


「みゃー……みゃーっ……」


ん? ウミネコ? いや、そんなバカな……

何処からか猫みたいな鳴き声が……むむ、あれかしら。

なんかダンボール箱から鳴き声が聞こえてくる。


そっと近づくと


「みゃー……みゃー……」


「な、なんじゃこりゃ……」


生後一か月未満だろうか。

ピスタチオより小さな子犬がダンボール箱に入れられている。


「もしかして……捨て犬?」


しゃがみ込んで観察する。

ダンボールの底にはタオル一枚敷いてあるだけ。

いくら夏に近づいているとは言え、まだ早朝は肌寒い。


「震えてる……?」


そっと子犬の頭から背にかけて撫でてみる。

微かに震えているのが分かった。もしかしたら夜に捨てられたかもしれない。

それからずっと一人ぼっちで耐えていたのだ。


だが、もう大丈夫だよ……とか無責任な事は言えない。

私の家にはピスタチオがすでに居る。犬に関して超初心者の私が一気に二匹も飼える筈もない。


「でも……放っておくわけにも……」


泣き声が猫の様に細い。

もしかしたら相当衰弱しているのかもしれない。

飼う飼わないは別として保護すべきだろう。


「とりあえず……コワクナイヨー……」


まるで変質者のような事を語り掛けながら、子犬を両手で包む。

犬種はピスタチオと同じ柴犬だろうか。だが毛がピスタチオより薄い気がする。

いや、ピスタチオがモッフモフすぎるのか?


「寒かったね……もう大丈夫だよ……って、言っちゃった……」


これを言ってしまったら責任を取らねばなるまい。

いや、逃げるつもりなど毛頭無いが。

私も今ではピスタチオの飼い主なのだ、子犬が捨てられていて見て見ぬフリなど出来ない。


「んしょ……」


そのまま抱っこし、なんとなくジャージの胸元に入れてみる。

暖かいだろうか。私の無い胸は……。


「ゥーン……」


不満そうな子犬。コノヤロウ。

だが薄いタオル一枚よりはマシな筈だ!


「とりあえず……お腹空いてるかな……」


ウェストポーチから片手でリンゴのオヤツを取り出す。

そのまま子犬を抱っこしつつ、一つ取り出して口元に運んでみた。

だが食べない。齧ってみるものの、すぐに吐き出してしまう。


「むぅ……ピスタチオはお気に入りなのに……」


どうすべきか……と思っている所に、神無月君とピスタチオが戻って来た。

一人と一匹はやけにハイテンションで、得に神無月君は満面の笑みで満足そうに走り寄ってくる。


「いやー! 堪能しましたーって……どうしました? え、な、なんですか?! その子!」


「ウー……キャン!」


私が抱いている子犬に気が付いた神無月君とピスタチオ。

神無月君は興味深々に私の胸を……いや、子犬を見つめ、ピスタチオはピスタチオで「誰だ! その女は私のよ!」と訴えるように咆える。


「如月さん……この子って……」


「たぶん……捨て犬だと思います……」


二人して何てことだ、と子犬を見つめる。

ピスタチオは私のジャージのズボンに噛みつき、必死に引っ張っていた。

な、なんすか……もしかしてヤキモチっすか?!


「キャン!」


当たりのようだ。


神無月君はオロオロしながら「ど、どうしましょう……」と尋ねて来る。

うむぅ、どうしよう。

とりあえず……


「なんだか衰弱仕切ってるみたいなんで……何か栄養のある物を与えないと……」


と言っても、ここは早朝の砂浜だ。

まさか海に潜ってリュウグウノツカイを捕まえるわけにも行かない。

栄養価は高そうだが不味そうだし……。


「栄養……そ、そうだ! この近くにコンビニがありますから、俺がひとっぱしりしてミルク買ってきますよ!」


そう言い放ちながら走りだす神無月君。


「あ、ちょっと……」


人間用のミルクはダメだ! と言う間もなく走り去る神無月君。

なんて足だ……っていうか近くのコンビニって、自転車で十分は掛かると思うんだけども……。


「いっちゃった……ど、どうしよう……」


「キャン!」


未だピスタチオは私のズボンを引っ張り続けている。

なんだね、この子は君より年下よ! 


「ほら、ピスタチオ……この子、可哀想でしょ? ちゃんとしてあげないと……」


ピスタチオの前にしゃがみこみ、そっと子犬を見せる。

お互いに見つめ合い、何やら子犬同士でコミュニケーションを取っている。


「クゥーン……」


「ゥーン……みゃーぅ」


私の脳内で二匹のやり取りを翻訳してみる。


『おい、お前何者や。悪いが……その女はワシのもんや。おんどりゃ、どのツラ下げてワシの飼い主に手出しとんねん!』


『……誰が好き好んで無い乳女の胸に抱かれるんや! この女が勝手にワシを抱いたんじゃ! お前はもう用無しじゃボケ! 砂浜自由に散歩してこいや、ドアホ!』


全く可愛げの無い会話だな。

私はそんな子に育てた覚えは無くてよ! ピスタチオ!


 睨みあう子犬二匹。

だがピスタチオは大人の対応をとる事にしたのか、その場でお座り。

大人の対応と言ってもピスタチオも生後二ヶ月の子犬だ。

なんだか無性に母性本能をくすぐられた私は、そのままピスタチオも抱っこしたい衝動に駆られる。


うぅ、ピスタチオ……なんて健気な……。

あとで嫌って言う程、可愛がってやるからな! 覚悟しとけよ!


そんな私の気持ちに気づいたのか、数歩退くピスタチオ。

なんでやねん、素直に私の愛を受け止めよ!


「クゥーン……」


心配そうな目で見つめられる。

な、なんだ、もしかして頭疑われてるのか……私。


「お、おまたせしました! 如月さん買ってきました!」


その時、神無月君が息を切らしながら帰って来た。

っていうか早っ! 走ってコンビニまで行ってたんだよね?! まだ十分程度しか経ってないんですけど!


「は、早かったですね……」


いや、マジで。


「全力疾走しましたから! はい、牛乳!」


差し出される牛乳を見て、苦笑いするしかない。

折角全力疾走してまで買ってきてくれたのに……


「え、えっと、ごめん……神無月君……。人間用の牛乳はお腹壊すから……ちゃんと子犬用のミルクじゃないと……」


「え?! そ、そうなんですか?」


うむぅ、私も昨日初めて知ったんだが……。

神無月君には悪いが、実は子犬用のミルクは家にある。

昨日ピスタチオ用に買ってきたのだ。

私は家に帰れば子犬用のミルクもゴハンもあると神無月君へと伝える。


だが


「あ! それなら大丈夫ですね! どうしましょう、俺、その子犬抱いて如月さんの家までいきましょうか?」


「あぁ、はい、わかりまし……はひ?!」


思わず神無月君を二度見しながら耳を疑う。

家に来る? え、まじで……いや! ダメだ! 今家はかなり散らかっている!

私も一人の乙女として、今の状態で男の子を中に入れる事は出来ない!


「だ、大丈夫ですから!」


必死に断りつつ、ピスタチオのリードを持つ私。

だがその瞬間、いきなり走りだすピスタチオ。


「え? あ、わ!」


なにやら蝶を発見したらしく、興奮したピスタチオさん!

私は思わずバランスを崩し、前のめりに……やぱい! 胸に抱いた子犬が私の無い乳で潰れてしまう!

そのまま子犬を庇うように体を無理やり捻じりながら倒れる私。

ついでに足も捻じった。なんか嫌な予感がする。


「痛ぅ……」


未だにリードをグイグイ引っ張るピスタチオ。

蝶に興味深々だ。ぁ、可愛い……。


「だ、大丈夫ですか?! た、立てます?」


そんな私に手を差し伸べてくれる神無月君。

手を取り、なんとか立ち上がろうとするが足首に激痛が走った。

やばい、これアカン奴や……。

ピスタチオも私の異変に気付いたのか「どうしたん?」と駆け寄ってくる。


どうしたもこうしたも……足を挫いてしまったのだよ!

こうなったら犬ゾリで帰るしかない。

ピスタチオよ! 何かソリっぽい物を見つけてくるのだ!


 だが目の前には神無月君が背を向けてしゃがむ姿が……。

え、え? ま、まさか……。


「俺が家までおぶって行きますよ。如月さんは子犬を抱いててください。俺がピスタちゃんのリードを引っ張って行きますから」


な、なんだとぅ! お、おんぶ……?!

いや、流石に不味い! 私のハートが破裂してしまう!


「いや、あの……」


「歩けないんでしょ? 早くしないと子犬が死んじゃいますよ」


うぅ、確かに……このまま砂浜でチンタラしているわけには行かない。

子犬は夜通しで凍えて、しかも空腹の筈なのだ。

ここは神無月君に甘えるしかない。


「ご、ごめんなさい……失礼します……」


言いながら神無月君の背中に抱き付くように体を預ける。

私を背負い、そのまま立ち上がる神無月君。


ふぉぉぉぉ……オンブとか数十年ぶりにされた……。

ま、まじか……この年になって知り合ったばかりの男にオンブされる事になるとは……。


「え、と。いいですか? しっかりつかまっててくださいね」


「は、はい」


私が子犬を抱っこしつつ、神無月君がピスタチオのリードを持つ。

なんだろう……この背中……凄い広い。

そして暖かい……。


私の胸の中の子犬も、心地よさそうに神無月君の背中に甘えていた。


なんだかちょっと……ピスタチオの気持ちが分かった気がする。


私……子犬に嫉妬してるのか。


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