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いちワン!

 世界は残酷だ。

君と僕は結ばれない運命。

ごめんよ。僕は明日、女性と結婚する。


だから君とは一緒になれない


でもこれだけは嘘偽り無く言える


僕の心は……ずっと君だけの物だよ


幸太郎


《僕だけを愛して》 完



 

 会社の休憩室で煙草を吹かしながら、BL系ライトノベルを読んでいる。

今一つな出来だ。てっきりハッピーエンドだと思ったのに……。

男の子同士がくっ付かないBL本だったなんて……。


 文庫本サイズの本をポケットに押し込みながら煙草を吸いつつ、休憩室の窓からオフィスを眺める。

すると、後輩の神上(こうのうえ)が何やら申し訳無さそうに入って来た。


「あの、如月先輩……分からない所が……」


如月 芽衣


それが私の名前。

趣味はBL。酒と煙草。そして髪型はポニーテール。私はポニー以外認めない。


 そんな私は、現在レクセクォーツという企業に勤めている。

IT企業のくせに、最近ペット部門に手を伸ばし始めていた。

そのせいで私は元々居たソフトウェア開発からこのペット部門へと異動。

しかし、緊急に雇った派遣や新入社員で無理やりに作った部署だ。

そのせいか周りの人間はパソコンを齧った程度の人間か、初心者ばかり。

そんな中、唯一満足にパソコンを扱える私は、いきなり支店営業責任者を押し付けられた。


「で、分からない所って……何処」


タバコの火を消しつつオフィスに戻り、神上が持っていた書類を取りあげながら自分の席へと座る。

分からない所とは何だ。

神上が今進めているのは、各支店の売り上げをグラフにして提出するだけの物。

こんな物、数値を入力するだけでは無いか。溜息を吐きつつ、説明するのも面倒臭い私は仕事を取り上げた。


「私がやっとくから」


それだけ言ってパソコンに向かう。神上は「えっ」と立ち尽くし、しばらくすると会釈して去って行った。何故こんな事も出来ないのか。彼女は入社して一年目になる。元々高校で情報技術科に居たという事だが……。


 そのまま取り上げた仕事を片していると、何やら課長の怒鳴り声が聞こえてきた。

課長も私と同じく、別の部署から異動してきた人間だ。その為、若くて仕事の出来ない人間を捕まえては怒鳴り散らしてストレス発散している。

 今日は一体誰が怒鳴られているのだ、と目線を上げて確認。怒鳴られているのは神上だった。


「お前、入社して一年経ってるだろ! なんでこんな事も出来ないんだ! 全然違うだろ!」


一体何をしたんだ、神上。

というか、お前の仕事は私が今やってるんだが……。


「グラフも作れないのか! 高校で何してたんだ! 勉強もせずに遊んでたんだろ!」


課長の言葉に周りの人間はさぞかし頭に来ているだろう。もう少し言い方考えろと。

何せ私も思っているくらいだ。そして、しまった……と思った。

 神上は私に一方的に仕事を奪われて頭に来たのだろう。

それで自分一人で作成した報告資料を、課長に直接提出したのだ。

このくらい一人でやってみせる、とアピールしたかったのだろうが……流石に課長は言い過ぎだ。私の責任でもある……と、席を立つ。そのまま課長と神上の方へと向かい、間に割って入った。


「大体、情報技術科で一体何を……って、ど、どうしました? 如月さん……」


私が入った瞬間にコロっと態度を変える課長。

元々私は、この会社の主力部隊と言っても過言ではない部署に居た。

そんな私に支店営業責任者を押し付けてきたのは課長本人。

元々エリート部隊だった人間に面倒を押し付けるのが申し訳なかったようで、私に対しては腰が低い。


「課長、すみません。私のミスです」


頭を下げ、課長が持っていた報告資料を取り上げる。

そのまま唖然とする課長を尻目に、神上の腕を掴んで私のデスクまで引っ張って行った。


「せ、先輩……ごめんなさい……」


少し涙目の神上は、頭を下げて来る。

ここで慰めの言葉を言うのが普通なのだろうが、私はそんな事は言えない。

私は仕事に対して力を抜く、というのが出来ない人間だった。

聞こえは良いだろう。だがこれが中々厄介だ。先程の様に、自分が出来る事は他人も当然の様に出来る……と思いこんでしまう。神上にそうしたように。


「神上、これ読んで」


私が昔から使っている《猿でも分かる! 貴方も明日からパソコン神!》という本を差し出した。

もうボロボロだ。付箋を貼りすぎて膨れあがっている。


「入社して一年足らずの奴にスピードとか期待してないから。正確に仕事して」


自分でも何でこんな言い方しか出来ないのか、と思ってしまう。

しかし神上は


「あ、ありがとうございます!」


そのまま自分のデスクへと帰って行った。

なんであんな嬉しそうにしているのか。もしかしてM体質なのだろうか……。



 午後五時十五分。

既に自分の仕事を終えている私は、定時になった途端に荷物を纏めて席を立つ。


「お疲れ様。先に帰るわ」


まだ悪戦苦闘している神上に言いつつ、そのままオフィスを出る。

後ろから神上がお疲れ様でした! と大声で叫ぶ声が聞こえた。

やはりM体質か。






 私の家は十五階建てのマンション……の最上階。

一見豪華だが、曰くつきらしく中々に安かった。どんな曰くかは知らない。

 

 開錠しドアを開ける。

その瞬間、奥から駆け足で突っ込んで来る生き物が居た。


「キャン! クゥーン……」


柴犬の子犬。

支店営業責任者がペットを飼っていないでどうする、と部長に押し付けられたのだ。

いい迷惑だ。犬など面倒なだけだ。

そんな私は、せめてもの仕返しにと会社からドックフードをパクっている。


 キッチンに行き、棚からドックフードを取り出して容器に入れる。

そのまま床に置くと子犬が嬉しそうに飛びついてきた。神上に少し似てるな……。


「はぁ……」


ちなみに子犬の名前はピスタチオ。

言い訳するつもりは無い。酒のツマミのナッツだ。

 

 ベランダに出てタバコに火を付ける。

帰宅してまず最初にするのが喫煙。この習慣もどうかと思うが、ストレスが溜まるので仕方ない。

私は元々ソフトウェア開発でエリートだったのだ。

それが何でペット部門に回されなければならない。しかも犬まで付いてきた。

一体なんの嫌がらせだ……。


「クゥーン……」


ピスタチオがドックフードを完食したらしく、ベランダに来て私を見上げる。

慰めているつもりだろうか。


 そのまま煙草を吸い終え、子犬に顎で中に入れと指示。

素直に言う事を聞くのがせめてもの救いだ。

欲を言うなら、ベタベタと甘えて来るのを止めてくれれば最高だ。


「面倒くさい……」




 風呂に入った後、適当に野菜炒めを作る。

これとビールが私の夕食だ。ちなみに昨日も同じような物を食べた。

 リビングに行きテレビを付けると、トラとシャチがプールに落ちた女の子を助けた、というニュースがやっていた。

野菜炒めに箸を付けつつビールを煽る。

味気なさそうに見えるが、仕事の後は最高だ。


「クゥーン……ゥーン……」


そんな最高の気分の時に太ももへと乗ってくる子犬。

くすぐったい。

何度退かしても甘えて来るので、もはや無視している。


「……はぁ……」


テレビを見ながらビールを飲みつつ携帯をチェック。

神上からメールが届いていた。


『なんとか終わりました。お手数ですが、明日チェックお願いします』


了解、と簡潔な返信をしつつ、野菜炒めを口に一気に放り込む。

それをビールで流し込みながら、子犬を退かしつつシンクへ皿を放り込んだ。


「疲れた……」


もう寝よう。

明日も朝早い。

犬を飼い始めて、私の起床時間は五時になった。何故なら朝の散歩に行かねばならない。

家の中で糞をされるのは嫌だ。それゆえに外でしてもらわねばならない。

あとは私自身のダイエット……。

疲れているせいか、ベットに入ってすぐに私の意識は落ちていた。




 くすぐったい。

何か、顔にフサフサした物が当たってる。

そして舐めまわされている。顔を。


 目を開けると、柴犬ピスタチオが布団に潜りこんでいた。

時計を見ると朝の五時。散歩に連れていけと催促しているのだ。

 ゾンビのように起き上がり、歯を磨きつつ軽く髪に櫛を通す。

散歩に行くときはポニーにしない。

ポニー以外認めないと言っておいて何だが、面倒くさい。


 歯を磨き終え、白いジャージに着替える。

そのまま柴犬ピスタチオにリードを付けつつ、玄関から外に出た。


「キャン! ハッ……ハッ……」


朝からハイテンションな子犬に引かれ、重い足取りで歩道を歩く。

途中すれ違うランニングしてるオッサンに会釈しつつ、歩き続ける。


「キャン!」


柴犬ピスタチオが、階段の前で振り向き、そのまま勢いよく駆けあがった。

コイツのお気に入りの場所はこの先にある。


「ゥー……」


リードが張り、ピスタチオが「はよ!」と私を急かしてくる。

これだから子犬は……。


 重い足取りで階段を上りつつ、そのまま頂上まで昇った。

そこから見える景色は海。

ここは地元で有名なデートスポットだった。


「はー……んーっ」


海を見ながら、深呼吸しつつ背伸び。

散歩は面倒だが、この景色を見るのは好きかもしれない。

海は好きだ。

見ているだけで特別な力を得る事が出来る気がする。


「よし、帰るか……」


その時、リードが無くなっている事に気が付いた。

あの子犬め……逃げたな……。

このまま探さなければ、解放されるだろうか、と思ってしまう。

しかし誰かに噛みつかれたりでもしたら大変だ。

首輪にはしっかりと私の家の住所が刻印されているのだ、すぐに誰のペットかバレてしまう。


「はぁ……ピスタチオーっ……」


そのまま名前を呼びながら、子犬を探す私。

階段を降り、砂浜まで降りると……。


居た。知らない男と戯れている。

男の方は私より年下だろうか。満面の笑みで、無邪気にピスタチオを可愛がっていた。


「ちょっと可愛いかも……」


私は年下が好きだ。

しかし今まで恋愛などした事は無い。

女子高から女子短大へと進学した私の周りに、男っ気など一欠けらも無かった。


 そのままピスタチオと遊んでる男に声を掛けようとした時


「はい、落ちました! 俺と結婚してください!」


………ん?


いや、ちょ、ちょちょちょちょちょっと待たれよ!

今……何て言った?!

け、結婚!?

いや、まだ出会って間もない……いや、出会ったって言うのか?!

まだ一言も口聞いてない……


いや、待て、落ちつけ!

この男の子は……きっとあれだ、ピスタチオの事をオスだと思ってるんだ。

そう……例えば……



男の子『ピスタチオ君……僕……君の事が……』


ピ『なんだよ、小せえ声で喋ってても分かんねえよ……もっと……こっち来いよ』


男の子『ぁっ……』


ピ『俺のモフモフで包み込まれながら……○○○○(ピーーー)




 いかん、軽くトリップしてしまった。

ピスタチオはメスだし、モフモフのイケメン犬とのBLなんて……いや、アリだな。


 心の中で整理しつつ、きっとこの男の子は告白の練習でもしていたんだ、と自分を落ち着かせる私。

断じて私に言ったわけでは無い。断じて……。

 深呼吸しつつ、目の前でピスタチオをモフっている男の子へと声をかけた。


「お、おはようございます、すみません、うちの犬が……」


甘いマスクに逞しい体。

舐めるように男の体を見る私。

確実にウケだな。

職場の後輩に強気攻めされるタイプだ。


「あ、ああ、す、す、すいません! いつの間にかここにいて……勝手に抱いてしまってました」


抱いてって……

え?! まさかのタチ!?

こ、この子……可愛い顔してイケメン犬ピスタチオを強気責め……って落ちつけ!

ピスタチオは柴犬だ! イケメン犬では無い!

そのまま私はピスタチオの顔を見つめて現実に戻りつつ


「いえ。散歩してて、気づいたらいなくなってたんです。よかった」


うん、良かった。

なかなか良質なBL妄想ができて……。


「ああ、そうなんですか。ここで僕が走り回ってたから、きっと遊んでると思ったんでしょうね。はい、気を付けてください」


走り回って……?

あぁ、きっとトーレニングしてたのだ。

細いが中々体格はいい。何かの選手か何かだろうか。


 そのまま子犬を手渡されると、「クゥン」と寂しそうな声。

ピスタチオめ……お前にはまだ早い。恋愛という病にかかるのは。


「ありがとう」


そのまま男にお礼言いつつ、何気に初めてピスタチオを抱っこ。


「ヤバ、超可愛い……」


「え?」


い、今……なんて言った? 

可愛いって……私の事を可愛いって……そ、そんな事……初めて言われた……。


「あ、いや! ななな、なんでもありません!」


「そ、そうですか……」


慌てる姿が可愛い……なんだろう、犬がキッカケで恋が芽生えるとか漫画みたいで信じられない……。

私にもこんな感情が残ってたんだな……と、クラ○カのような事を思っていると


「あの、名前なんていうんですか?」


名前を聞かれた。そうだ、言っておかないと……。

私の名前……


「如月芽衣……」


「ぁ、はい、ぁの……ワンちゃんの……」


途端に顔から火が出そうになる。

私の名前を聞かれたわけでは無かった。


「へ!? あああああ、犬の、犬のね!? ピスタチオ! ピスタチオって言います!」


一瞬、男が引くのが分かった。やはり変な名前だったか……。


「ピスタチオ……。な、なかなか斬新な名前ですね……」


「は、はぁ……」


やばい……飼いだした時に食べてた酒のツマミだなんて言えない……。


「そっかー、ピスタチオっていうのかー。よろしくね、ピスタちゃん」


そのまま私の胸に抱かれているピスタチオの頭を撫でて来る。

ぁ、やばぃ……手が……胸に近い……。

お、落ちつけ……! 私! 


「うああ、ヤバい。めっちゃ可愛い。どうしよう」


は、はぅ! ど、どうしようって……それはこっちのセリフだ!

ど、どうしよう……。


その時、腕時計を見て慌てる男。


「あ、もうこんな時間! 行かなきゃ!」


言われて私も時計を見る。やばい、私もだ。


「あ、私もそろそろ……」


「あの、また会えますか?」


「へ?!」


ん?! いや、会いたい……けど……会いたい……っ!


「ピスタちゃんに」


そっちか! いや、どっちでもいい!


「も、もちろん……!」


「あの俺、神無月亮(かんなづき りょう)っていいます。毎朝この砂浜でランニングしてますから……」


赤面しながらコクコク頷く私。


「じゃあ、このあと仕事なので。また会えるの楽しみにしてます、如月さん!」


そのまま神無月……亮はダッシュで去っていく。


なんだろう、彼は……。

私の事を可愛いって言って……ん? いや、私の事だよな? ピスタチオか? いや、もうどっちでもいい!


そっと抱っこしている子犬と目を合わせる。


「よくやった……」


初めてピスタチオを褒めた。

帰ったら……ドックフードにオヤツも付けてやろう。


しかし、私はその時気付いた。

自分が犬について全く知識が無かった事に。


「犬って……ドックフード以外に何食べれるんだろ……」





この作品は如月視点になります。犬好きな神無月君視点と合わせてご覧ください。

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