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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

紫陽花は何故毒を持つのか

作者: 局長

あれは数日前のことだ。


 私はあのの夜、庭に生える紫陽花を見つめていた。雨が降っていたせいだろうか、その花の一つ一つが水々しく、生命の煌めきに包まれ艶かしく感じる程だった。私はいてもたってもいられず、鋏を片手に沢山の紫陽花の束からひと束、茎の先から『ちょきん』と切り取ってしまった。一際目を惹いたそれを私は部屋の中へと持ち帰り知人からもらった花瓶の中へ挿した。特別濃い紫色でもなく、真っ赤な色では無く平凡な大きさ、平凡な色のそれはなぜ私の目を惹いたのだろうか?私の部屋には小さな本棚と物書き用の机、それと紫陽花を活けた花瓶しかない。それと押し入れの中に布団があるくらいで、どうにも華が無かった。ある日、私は部屋に飾っておいた紫陽花が枯れているのを見た。昨日は凛と咲いていたのにどうして枯れたのか。私には分からなかった。次の日、私は花に詳しい友人にその理由を聞きに行った。友人は答える。


「それは仕方のないことだ。花は根や葉で作られた栄養が茎を通して全体に送る。それを切ってしまったのだろう?」


 言葉を聞く限りあれを枯らしてしまったのは私なのだろう。詳しいことは知らない。私はなんとか命を長らえさせることは出来ないのかと聞く。


「茎を切るとき斜めに切ればいい。手遅れかもしれないけれど」


私は急いで家へと走る。今頃友人は口を開けて呆けているだろう。そんなことを気にする暇もなく、私は走った。家に着くとそこには少しばかり元気な表情を見せる紫陽花が咲いていた。花弁が数枚剥がれ落ちているのを見ると痛々しく思う。

 私はそれを見るなり先程の話を実践してみようという気にはなれず、花瓶から紫陽花を取り出し、元々紫陽花が咲いていた場所の根元の土を掘り自身が異常なほど愛でていた紫陽花をそこへ埋めて隠した。まるで人を殺めたかのような気分だ。気分が悪い。紫陽花から香る香りはこんなにも気持ちの悪いものだったのだろうか。そこにあったのは死の匂いだ。あのときの生命の煌めきは何処にもない、この家全体に死の匂いが充満していく。


 私はしばらくの間友人の家に泊まらせて貰うことにした。何度も自分の家へ戻ろうとしたが門の前にたつと足がすくんでいて、気がつけば私は友人の家に戻っていた。この事を友人に話そうとてもなんと説明していいのか分からない。紫陽花を殺してしまって……いや、こんな説明では気がおかしくなったと思われるだけだ。私はただ怯えていた。あの紫陽花から放たれる死の匂いに。あの濃く、頭にまで到達する匂いはまるで私自身までも死に至らしめてしまいそうなくらい酷いものだった。


「そうだ、明日お前の家に行かないか?言っていたろう、紫陽花が綺麗だから見に来てくれって」


「――!!」


だめだ!そう言おうとしたはずだった。けれど私の口からは思いもよれない言葉が飛び出した。


「……そうだな、私もずいぶん見ていない。私も一緒に行こう」


 なぜあんなことを言ってしまったのか、それは分からなかった。けれど、なぜだか嫌な予感がしたんだ。まるであの紫陽花が私の意思を操っているような?


 ……嫌な予感は的中した。次の日、二人で庭の紫陽花を見に行くとそこには真っ赤に咲いた紫陽花に赤く…紅く滴る液体が大量に垂れていたのだ。それを見るや否や全身から血の気が引いていくのを感じる。さらにその液体特有の臭いやその残虐な見た目から吐き気を催す。友人も、私もそこで立ち止まり、何もすることか出来なかった。


「これ…ホンモノか?」


「臭いからしてそうだろう。でもどうして…」


 友人が言うには日本の紫陽花のほとんどは藍色や紫のような種らしい。赤に近い色はこの辺りでは無いはずだった。それに、私が育てていた紫陽花は確かに紫の色をしていた。

 私ははっと思い出して素手でその紫陽花の根元を掘り出した。正直、根元まで来た時点で異常なまでの異臭にも気がついていた。それでも私はどんどん掘り返していく。二十センチほど掘ったところで細長い白く、固いものが手に当たった。恐る恐る私はそれの正体を確かめる。


「……骨だ」


その形状からまだ幼い子供の骨のように見える。不思議と恐ろしいとは思わなかった。友人と一緒になってその子供と思われる骨をを掘り出す。


「なんてこった。ひどいな…」


途中から匂いにもなれてきたのかもう口に布を当てる必要もなくなっていた。この子供…きっと私一人では掘り返すことなんて出来なかっただろう。……?そう言えば、昨日どうして私は友人をここに誘ったのだろう。


「どうかしたのか?」


「いや、なんでもない。警察を呼ぼう」


その時、私が見たのは先程まで血が滴っていた紫陽花は元の藍色に戻っていた。私の耳には確かに、何処かで子供の笑い声が聞こえた。


「ありがとう…か」


「どうかしたか?」


友人にはその声は聞こえなかったらしい。今の声の正体はなんだったのだろう。


 私が紫陽花の毒の話を聞いたのはそれから二週間後だった。あの死の匂いは毒だったのか…それともただ私に助けを求めていたのか分からない。これが私の体験したすべての事柄だ。


 なぜ紫陽花は毒を持つようになったのか…私には結局のところ分からないままだった。






【数年前】


 私は息を切らす。背中の鞄に詰め込んだ重い荷物は私の貧弱な体にはとても辛いま屋敷に身を隠してしまったがここには誰もいないのだろうか?……私は意を決して荷物を置き、家中を歩き回る。どうやら家主はいないようだ。


 私は縁側で一息つく。そこで気がつく。先程まで置いておいた荷物が消えている。『ヤツはまだ生きていた』のか?確かに息の根を止めたのに…。私は再び家中を探す。流石に外には出ないだろう。


「――!―――!」


 ヤツの名前を呼ぶ。返事は返ってこない。何処かで息絶えたのだろうか?しかし、何処にも彼女の姿は無かった。


「……まさか、外に?いや、そんなことありえるのか?」


ザクッ… ザクッ…

   ザクッ… ザクッ…


 不気味な、土を掘り返す音が背後から近付く。その音はどんどん大きく、近く、そして速くなっていく。


「誰だっ!」


 誰もいなかった。確かに掘り返した跡はある。だけどどこにも、誰もいなかった。一メートル程だろうか?その穴の中にはヤツがいた。私はたちまち怖くなり急いでその穴を埋めた。


「――はぁっ……はぁ…」


次の日、私は紫陽花の木を1本買ってきた。これはヤツの隣に植えよう。一人だったら寂しいだろうからな。誰にも知られないように…大きく、大切にこれを育てよう。私は心に誓った。

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