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第一章 零・とある笑い話

「生きてしまえ」

 絵無筆依(えなしふでより)がその行為に及んだ理由は、言うならば『何となく』であった。



 そこそこ名の知れた家柄に生まれた絵無は、幼き日より両親の望む最良の息子を演じながら、特に日向に恋い焦がれることもなく育った。さながら傀儡(かいらい)の如く。両親が礼儀を学べと言えば、一昼夜を通してその身に作法を叩き込んだし、教師という職業を選んだのも全ては言われるがままだった。


 そんな紐で繋がれた玩具のように導かれるだけの人生にもしかし、絵無は一度たりとも不満を持ったことはなかった。一抹の猜疑心(さいぎしん)ですらも抱いたことはない。


 絵無には特にこれといって、やりたいことがなかったからだ。


 両親の言いつけは、男にとって生き地獄のようにも感じられた『退屈な人生』をうやむやにするのに、手短で都合のいいものだったし、また同時にそれを嬉しいとも面倒だとも思わなかった。



 ――『無』――



 それが絵無を絵無たらしめる唯一にして無二の要素であり、無垢なる要因だった。



 ――故に、絵無が生まれて初めて抱いたその自発的願望の根底にあるものは、何となくとしか言い表し様のないものであった。


 ある日唐突に、男が手に入れた『力』。


 悪魔の恩恵とでも言うべき“忌能(いのう)”は、男に何かをしてみたいという願望を植え付け、男は何となく最初に思い付いたことを実行に移した。


 すなわち。



 “人間を使っての人形造り”である。


 まず絵無が思い描いたのは、『完成品』の姿だった。


 人形は平等だ。見る者によって様々に表情を変え、癒しと悲哀を等しく与える。それが人形。そうでなければ人間。単純な解答。


 絵無は思い立ったその日に、さっそく自らの計画を実行に移した。


 最初に、古くから親交のあったとある旧家の娘を手に掛けた。今年中学に上がったばかりの子どもである。


 絵無のことを実の兄のように慕っていたその少女は、最期――背後から頭を潰されて、現実を知る暇もなく生き絶えた。


 横たわる少女だったものを見下ろした際も、その身体を丹念に丁寧に解体した際も、男は特に何も感じなかった。


 一つ。 


 人間の身体には『血が流れていたこと』を、意外に思った以外は。



 それから男は、人形の『部品』を一つ一つ、こつこつと集めていった。


 右足。左足。左手。右手。胴体。自身の理想とするパーツを。自身の理想とする完璧な人形を目指して。そして――現在。


 寂れた公園の一角である。錆びれた遊具が点在しているだけで、周囲に人気はない。足元の砂は血を吸い赤黒く変色し、完全に夜の闇に同化しつつあった。


 教師という立場を利用して探しだした獲物。今までと同じく、普段から家出がちで、家に二三日戻らなかった所で騒がれないような人間――その成れの果てを前にした絵無は、大した感慨にふけることもなく、それを見下ろしていた。


 可憐な少女だった。少なくとも、生前は。


 乱れた髪。恐怖に歪んだ顔。途切れた首。つい先ほどまで、壊れたスプリンクラーのように血を吹いていた胴体は既に、ただのナマ物に成り下がっている。



 人形にとって一番大切なのは顔である、と男は考える。だから目を付けた獲物の中でも、一番美しいと思うこの少女を選んだ。


 なのに何故だろう。


 イマハ、


 コンナニモ、


 ミニクイ。


 ミニクイ。ミニクイミニクイミニクイミニクイ。醜い。どうして醜い? 死んでいるからだ。どうして死んでいる? 自分が殺したからだ。どうして殺した? 人形が欲しかったからだ。どうして欲しかった? 何かをしたかったからだ。では、何故――何かをしたいと思ったのか。決まっている。



 “自分が人間だからだ”。


「…………ッ」


 それは、絵無が生まれて初めて抱いた不快感だった。そして彼は、生まれて初めてであるが故にその感情が何なのか分からず、“何となく”立ち上がり、何となくもやもやした気持ちのまま、何となく“後片付け”をしなければと思い立ち、何となく忌能(ちから)を使おうとした――その時だった。




「“イド”は等しく死ぬべきである」




 ――声。


 静かな。それでいて背中に突き刺さるナイフのような声音に、絵無はゆっくりと振り向く。


 少女だった。


 絵無が先程手をかけた少女と同じ、13歳前後の少女。夜の闇よりも濃い黒髪は足首に届くほど長く、瞳は瞳で晴れ空のように蒼い。病的なまでに白い肌と、精巧な顔の造りも相まって、まるで人形のような印象を受ける少女だった。



 ――人形。



 絵無は衝撃を受けた。自らが追い求めた物の完成形をそこに見たような気がした。同時に、思い描いていた完成品が、酷くいびつな出来損ないだと思い知る。


『あの少女が一人いれば、それだけで全てが事足り得るではないか』。


 一人にして完成品。独りだからこその完成品。究極にして完全の矛盾律。


 絵無は、心の底から歓喜した。これもまた、生まれて初めての事である。


「絵無筆依だな。唐突で悪いとはこれっぽっちも思わないが、これからお前を殺す」


 少女が、口を開いた。まるで既に起きた事実を並べるかのように淡々とした口調だった。


 絵無は応える。


 少女の言葉を咀嚼(そしゃく)しながらも、聞こえなかったふりをして。作り物の笑顔で、あく まで自分のペースで事を運ぶ。


「こんばんは。どうしたのですか? こんな夜更けに。君のような女の子が――」


「お前は何型だ?」


 処世術とでも言うべき絵無の対応を、少女は脈絡のない質問で一刀両断した。


 絵無は一瞬怪訝に思うが、つい反射的に答えてしまう。


「……A型ですが」


 その嘘に意味はなかった。本当は、自分の血液型など憶えていない。だからそれは、反射としか言い様がない空言であり、決して見抜かれることも、適当にアタリを付けられることも不可能なはずだった。しかし。



「『憶えていない』、か。お前は嘘吐きだな。反吐がでるよ」



 一瞬。


「……なるほど」


 少女の言葉に、絵無は確信した。それは根拠のない直感のようなものだったが、だからこそ理論のある論理よりも絵無は信じられた。


『この少女は、自分と“同類だ”』。


「嘘吐きは嫌いだ。意味の無い嘘を吐くから」


 圧倒的な敵意に、絵無は無性に心を揺さ振られる。目の前の少女を人形にしたい。今すぐ――自分の物にしたい。


「もういいよ。黙って死ね。死んで黙れ。それすらもできないならせめて人間らしく死ね」


 “しゃりん”と。少女が取り出したのは、刃渡り六センチ程のコンバットナイフだった。それが十本。一体どこにしまってあったのか、両の手一杯広がるそれはまるで扇子のように、けれどまがまがしい凶器。


「はっはっは。酷いですねえ。まるで自分が、人間よりも優れた生き物であるかのような物言いだ」


 言って、絵無は笑う。


「お前は自分が人間であるかのような物言いだな」


 答えて、少女は笑わない。



 絵無は抑えきれない衝動のままに、少女に襲い掛かった。

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