霜降り山亭を作った男
「あっはっはっはははははっ!! ははははひーっふはっ───げほげほぁっ!!」
「笑うなよ!!」
腹を抱えて笑うカイ。
「だっ……っ……ってよ、あの、女装させられることをアホほど嫌がって……嫌がってた奴がこうも平然と女装痛っ!? やめっふはっ、やめっやめてくれ! 蹴るなよ? 殴るなよ? 笑えてくふはははは!!」
ダメだコイツ。
風呂上がって取り敢えず店の制服着て、二人の前に出れば予想通りカイは大爆笑。
「凄い……似合ってる、それで本当に男なんですか……はぁ」
リンさんはと言えば、ショックを受けたようにそう呟いた。その呟きを聞き取ってしまった僕は、何とかカイに殴りかかるのを止めた。
リンさんのような反応をされるととても恥ずかしい。が、そんな事は口には出さない。
たとえ口に出さなくても、表情を見ればすぐに分かってしまうだろうが。
ひとまずカイの脛を最後にもう一度蹴り飛ばして、椅子を出してきて僕は座った。
「で、何でうちの店の店員やってるんだ、まさか知ってたのか?」
「まさか。カイが店長だなんて知ってるわけ無いでしょ? 行き倒れかけてたのを助けられた後何やかんやあって気付いたらこうなってたの」
「進んで女装するような状態にか?」
「それはこっちに来させられてから大体ずっとだ……よ………」
近くの椅子をカイに向けて放り投げた。しかし、それはリンさんが優しく受け止めていた。
「椅子投げるな、ここの物安くないんだぞ」
それを聞いて椅子を投げようとまた近くの椅子に伸ばした手が止まる。
弁償させられたら面倒だ。
「……」
「……お前がそんな格好するから話が進まないじゃねえか」
「いや、話って。何話してたっけ」
「いやそりゃお前……あれ?」
「汚れた服洗濯しておくねー」
「ありがとな、リン」
「それほどでもないよカイくん。……うわ何この血塗れの服は……何したん……」
「匂いの原因はそれか?」
錆臭いとか言ってたやつかな? というかそれを言うなら鉄の匂い的な表現ではないだろうか?
「多分ね」
「じゃ、別に掃除怠ってるワケじゃねえのか…?」
そう呟いてから、立ち上がり部屋を彷徨き始める。
「……埃滅茶苦茶あんじゃねえか、見えないところだからって手ェ抜きやがったな…?」
そのままカイは厨房を見る。
「あー? おいおい、ちゃんと掃除してんのか……? 俺の居ねぇ間にちゃんとやってんの?」
「そもそも居る時を知らないんだけど……そうだ、カイ? 売り上げ目標多分達成してないけど大丈夫?」
「あぁ? ……ノルマだっつったのに」
「…………うわぁ」
滅茶苦茶怖い顔で呟いた。目標=ノルマって本気だったんですか……。
「にしても、面白いもんだな」
カイはまた元座っていた椅子に再び座ると笑いながら言う。
「面白い? なにが」
「いや、ここからお前はどうなるんだろうなって感じだ」
意味の分からない発言。
僕は首を傾げた。
「取り敢えず友人として言わせて貰う」
「天使を信用するなよ?」
「なんじゃそれ」
「なんだ、まだ理解してなかったか。頭悪いなぁ」
「なんだって?」
「はっはっは、怒んな怒んな。お前の旅路は既にオルカリエの友人に聞いたしな」
「へぇー……何聞いたの?」
「そりゃ色々。つか俺が昔使ってたあの棒お前どうした?」
「棒?」
「ネイシーから貰ってんだろ?」
そう言われてカイが言ったオルカリエの友人がネイシーさんで、ネイシーさんが言ってた人はカイだったのかと気付く。
えっと、ネイシーさんから貰った棒? あれなら……。
「あれなら持ってるよ、部屋に───って、今完全に閉め切られてるけどね」
「あー、エリシアと同室なの……って大丈夫かそれ」
「どうみても大丈夫じゃないでしょ、カイくん。男女同室ってさ」
「何か起こってないよな?」
そう聞くが、
「起こるわけ無いでしょ! これでも彼女居るんだよ!?」
「あー、そうだったな。んでも元の世界に戻れるかどうか分からんし、なんか間違いが起こっても悪いとか責めねーぞ?」
「…………」
「いや、悪いわ。これは俺が」
「考えることはおかしな事じゃないから、別に悪いとか言わないよ」
「ま、まだ一年も経ってないんだろ? そういう元の世界の事から区切りをつけて整理とか出来てないのもおかしくないだろ」
「………」
「って話が脱線し続けてるな」
「そうだね」
「そうだ、おまえから見て、今の俺はどうよ」
聞いてきたので答える。答えよう、素直に。
「何というか年食った感じはするね。見た目変わってないけど百年生きたのは何となく分かっちゃうかな」
「褒めてんの? それ」
「勿論」
勿論褒めてないさ。
「ジジィみたいで口うるせぇとか思ってんだな分かったわ」
何でバレたし。
「兎に角、よろしくな───浅葱優」
「宜しくね、店長」
「おいおい、何で俺は名前で呼んでくれないんだよ」
「呼ばれたい?」
「いや、やっぱいいわ」
「でしょ?」
どちらともなく笑う。
リンさんが洗い物を終えて戻ってくると、それに釣られてクスリと笑っていた。




