システムの創立者
「チッ……」
ある店の前。
その店には『定休日』を示す看板が扉に下がっていた。
「どうなさいました?」
気配察知に優れた妹も、さすがに書かれているだけの文字は読めない。
でもその妹に全く説明せずに移動しているというのに、当の本人からは文句一つ言わない。
「他を当たる」
それだけ言う。
「所で、心当たりのあるようですが、どんな人に助力願おうとしているのでしょうか?」
「あぁ、言ってなかったな……確か黒い服を大抵着ていて、黒髪黒目。目つき悪くて、高身長。一目見た感じじゃ、その辺のチンピラみたいに見えても仕方ないような佇まいの────」
「お? リエルちゃんじゃねぇか、久しぶりー」
「では、この人のような方でしょうか?」
「───そうそうこんな……!? カイさん!?」
「おうよ、カイさんだぞ」
「全く不良感がありませんが?」
姿形はわかるらしい妹がそう言う。
平常時はこの人大人しいから、そう思うのかもしれない。
「不良って………ひでぇぞ。リエルちゃん何吹き込んだんだ? あぁ?」
「何も吹き込んでませんよ?」
疑い深い目を向けてくる。
出来るだけ目を逸らしながらも、話を進める。
「あの、カイさん? ちょっと手助けして貰いたいんですが、良いでしょうか?」
「ああ? 良いがな、目を逸らすのとその敬語みたいな言葉遣いは止めろ。似合わんし、寒気がする」
「そんな似合わない、ですか? いや、似合わないのか?」
「ああ、似合わないな」
「そう…か。……カイさん、手助けして貰ってもいいか?」
「そんで?」
「………ん?」
「手助け、つっても? 何すンだよ?」
「私より強い奴が私を狙っているので─────」
「ちょっと知らない人囮にして逃げてきました」
「「はぁ!?」」
カイさんと私の声が重なる。
ティア!? 言わなくても良いことがあるんだぞ!? それと知らない人じゃない!
カイさんは私を睨む。その迫力に圧されて、口ごもる。
「……囮にしたのは、知り合いです。実力はそこそこ信頼してますが、あまり保たないと思います」
「敬語、使うなっつったよな?」
「……それよりも早く来てくれるか?」
それでいいんだと頷くカイさん。
返事も待たずに私は彼を、所謂お姫様だっこと呼ばれる持ち方で抱えると、走り出す。
カイさんが自ら移動するよりも、こうした方が数段速いからだ。
「全く、速えや」
他人に見られたら多少は恥ずかしいであろう状態だが、彼は堂々としていた。
屋根の上を超高速で跳ねて進む人間は、雨が降っていて周りに人が少ない事もあって全く目立つ様子がない。雨だというのに上向かないだろう?
とにかく急がないと。そう思って私は彼の呟きに一言だけ返す。
「この速さ、カイさん相手には全く意味ないじゃないか」
「無意味なわけあるかよ」
彼は笑った。
「俺が出来るのは精々─────」
「親友、ボコってくれた借りはきっちり俺から返してやる。感謝しろよ? 俺はソイツに喧嘩で負けてるんだからな、弱さは保証するぜ?」
そう言って軽い動きで倒れているアサギを飛び越すとカイは拳を構えて握り締める。
「弱いのならそこを退いてしまえば良い」
「なるほどわかった……でもなァ? 俺が弱いからと言ってお前さんが俺に必ず勝てる理由は無ェんだわ」
────堂々とした物言いに、大男は突然現れたこの男の動きを隅々まで観察した。
「動きは悪くないがな」
結論は、圧倒的弱者。動きの一つ一つは洗練されているというように見えたことには疑問を抱いたが、その動きに強者特有の力強さが無い。
「その程度で勝てる気になって貰うのは、舐めているという事でいいのか?」
「いや? 舐めてはいない。『システム』の上では本当、アタマ、イってるか? っつースペックしているみてェだが?」
カイが一方踏み出す。
大男は反射的に拳を振るう。
「それはお前の『世界』の上の話だぜ!!」
振るう拳は神速。衝撃波を生み出しカイの頭蓋を砕く──────。
「……何?」
─────筈だった。
「いやぁ、認知されていないのって悲しいことだぜ? 例えわざわざ周知させるつもりがないだけって言ってもな」
「何を言っている?」
大男は眉を顰め、平然と喋るカイを見ている。
初めからこの男は理解できないことしか言っていない。それでも大男は理解することを放棄していない。
「お前らが平然と使っている『魔法』『窓』。それと異常な『能力値』。なんでそんなおかしなモンがある?」
「あるものは、あるのだからだ」
ああそうだ。とカイは馬鹿にしたように言う。
「理解放棄。まあ、それも間違いじゃねェわ?」
大男は一度カイから目を離し拳を見つめる。
自らの最強の矛。幾つもの猛者を沈めてきた、もっとも信頼できる体。
しかし、何故先は奴の頭蓋を砕けなかった?
────このとき初めて大男は、己の拳に疑問を抱いた。
カイはその様子を見て、気付いたが特に何もするつもりもなかった。
「既にこの世界に普及したステータスだ。だが、聞いたことがないか? 魔法が使えなかったという暗黒の時代のことを」
「…………何が言いたい?」
「こう見えても俺は長生きしてるんだぜ?」
違う。この男はそう言うことが言いたいのではない。
大男は気付きかけていた。それならば理由は説明可能。しかしあり得ない話だ。
あり得ない話だが、今まで培ってきた直感力は伊達じゃない。
己に不信感を抱いた大男は直感を信じなかったのだが。
「暗黒の時代からどうやってこんな時代がやってきたのか。その原因は───俺だ」
「俺がこの『世界』を作り上げたんだぜ?」
「あァ? 理解を放棄すんじゃねぇよ」
「荒唐無稽。何を言っている」
「考えていた可能性の内にあったからそんな空白があったんだろ?」
「何を」
「んじゃあ、証明してやる」
カイが肉迫する。
その速さに驚き反射的にストレートに拳を振り抜いてしまったが、かわされた。
カイはその伸ばされた腕を掴み、
「レベルに頼りきりで、技を磨くのをサボったから───」
引き寄せ胸倉を空いた手で掴み、足を払って背負い投げ。しかも頭の頂点を地面に叩きつけるという。
「───あっさり投げ飛ばされるってなワケだ」
頭を思い切り地面に叩きつけられた大男はどうやって耐えたのか。しっかりその目は焦点が合っていた。
頭から出血しているが、巨体に見合わぬ素早い動きで、頭と片手を軸に回転する。
その足の一撃を喰らうことを嫌い、カイは下がると、
「重くてちゃんと投げられなかったか」
「……何故この程度の動きしか出来ん……?」
対して大男はその体の性能が各段に落ちていることに疑問を抱いたようである。
確かに、動きが遅い。
「ンなもん、お前からレベルなど諸々のシステムを剥奪したからだ」
「なん……だと……」
「いや、ンな反応しなくていいから。言っただろ? そのシステムを作ったのは俺だってなァ」
手のひらの上に線のみで構成された球体を顕現させて、大きくしたり小さくしたりしながらつまらなそうにカイは大男を見る。
「よォするに、俺に対して『魔法』とか『レベル』とかは効きゃあしねえよ? って話。ティアとは別に」
しばし考えるように瞑目した大男はその目を開くと
「分かった。つまりこの、素の拳で貴様を下せばいいのだろう?」
その言葉を聞いたカイが獰猛な笑みを浮かべる。
「理解が早え! そしてそれで良い!!」
大男が一歩踏み出す。
「だが俺は一人じゃねェんだわ」
そして二歩目で大男はその巨体は地面に倒れ伏す。
「ナイスだ、リエルちゃん」
遠方の屋根の上。カイから見れば棒にしか見えないほど遠くの人影に向かってカイはサムズアップ。
────やれやれ、といったような仕草が帰ってきたように見えた。
「全く、恐ろしいな。この人たちのレベルだとあんな離れてても石を命中させて尚且つ一般市民レベルの防御力とはいえそれを気絶させることが出来るのかよ……」




