城下街リーダナブル
少し草原で休んだ。
といっても、睡眠なんて取れる精神状態でも環境でもないのだから、しばしのんびり仰向けになっていただけだ。
歩き疲れていたのもあるのかもしれない。
そうやって、休んだ後、また青い柱に向けて歩き出す。
─────そうして数時間程で人工物と喧騒の元へと辿り着けた。
「ようこそ、ルーズリア領主都リーダナブルへ!」
そこは五メートル程の壁に囲まれた街だった。壁の前には水路がある。
門のようになっているところにのみ橋は架かっていた。木製である。
そして、おそらく入り口だろう門の前には鎧を着込んだ人が2人立っていた。
先程の言葉は、その片割れから発されたものだ。
「戦時中により厳戒体勢である」
もう片方がそう言った。
「君の身分を証明する物はあるかね?」
続けてそう言った。
「あ……いえ、生徒手帳は…」
「セイトテチョウ? 何かねそれは」
ああ、そう言えば、別世界なんだな。とそんな事を言われて改めて思う。
そもそも咄嗟に言ってしまったが、生徒手帳じゃもう身分証明にはならないだろう。
「いえ、何でもありません」
「何でもないならいい。…身分証明出来る物を見せなさい」
というか、そんなものはないんですけど…。どうしよう。
「無いならステータスを見せてもらおうか」
「すてー……たす?」
え、そんなゲームみたいなのがあるの?
ステータスという言葉に、僕は興奮するよりも一層冷めた感情を覚えた。
「………まさかステータスを知らない……のか?」
「……すいません」
僕は何だか悪いことをしている気がして、謝った。
しかし、鎧の男は僕が本当に知らないと理解していない様子で
「仕方ない、ステータスを知らない人なんかいるはず無いんだから。……おい、良いよな」
そう言ってもう片方に同意を求める門番らしき鎧の男。
「………大丈夫だ。やれ」
え、っと、なにされるんだろう。
そして門番らしき人の目が薄く光る。
「アナライ「おっやぁ? そこにいるのは?」……何ですかサイトー殿。今から不審なこの小娘に解析の魔法を仕掛けるところだったのですが」
突然現れた男は門番の言葉を遮るように僕に話しかけてきた。少し光っていた目は男の言葉を聞いた途端に元に戻る。
高身長の少し痩せている、眼鏡をかけた中年のような容姿の男だが、1つ大きな特徴があった。
頭の天辺が、禿げていた。まっさら。
しかしどうやらこの禿頭の中年と門番は知り合いのようだ。
「はっはっは。こやつは私の連れ、小間使いみたいなものです。身分証明出来る物は有りませんからすぐに作りますよ」
そう言って軽々しくも僕に向かって肩を組んでくる禿頭。僕よりも20cmは高い背丈のせいか、肩を組むのに若干屈んでいた。
何かを唱えようとしていて、禿頭に中断させられた方の門番は困ったように頬を掻きながらあっさりと。
「まぁ、サイトー殿の連れ…というのなら。通って良いですよ」
本当に拍子抜けするくらいあっさりと、通してくれたのだった。
足元は石畳で舗装され、辺りは色々な店が軒を連ねている。
「あの……。」
僕はさっきの禿頭について行き、門が見えなくなる程度に歩いたところで口を開く。
「ありがとうございます。」
「礼には及びませんぞ。あれは私のためでもあるのですからな」
「…?」
「あのまま解析されていれば、天使様の大切な手駒が一つ無為に散っていったと言うことですぞ」
…天使様の手駒が無為に………?
「へ? てことはあのまま話を続けていれば僕は死んでたってこと?」
「えぇ。……いや、もしかしたら何にもされなかったかも……私の被害妄想かもしれませんな」
………どういうことだろう。
「まぁ、とにかくさっきのことは忘れて、身分証明出来る物を作りましょう」
「……どういう物なんですか? 身分証明出来る物って」
禿頭は顎に手を当ててムムムと唸る。
「一番手っ取り早いのは冒険者カードではありますが、安全な商人カードがよいでございましょうか……悩みますな」
「冒険者カード?」
「冒険者ギルド……で通じますかな? 所謂何でも屋ですぞ」
おお! そう言うの、やはりあるのか!
少しだけ期待しつつ話の続きを待つ。
「……行きますかな?」
「是非」
冒険者ギルドの建物の中にやってきた僕達は禿頭の先導でカウンターまで行く。
「カードの発行を」
受付っぽい人が答える。
「わかりました。しかし、サイトー様は既に…」
禿頭……サイトーさんは僕を指して
「このお嬢さんに」
いや、僕男です。
「かしこまりました。では」
そう言うと、何をするでもなく僕を笑顔で見てくる受付の人。
「お嬢さん、手を出すんだ。血をカードに垂らして、冒険者カードを作るんだ」
ちょっとどういうシステムなのかが気になる。血を垂らす?
「あっ、すいません。後、僕は男です」
受付の人は無言で長方形の薄い紙のような何かと切れ味良さげなナイフを差し出してくる。笑顔との相乗効果でかなり怖い。
「……ふっ。はっはっは。男か、ならば一思いにざくっとやるのである」
言われなくても。
僕は切れ味良さげなナイフを親指に突き刺して血を出すと、それを紙のようで紙じゃないカードに垂らした。
「冒険者登録、おめでとうございます。では良き冒険者ライフを」
そう言って手渡されたカードをリュックに仕舞い込む。基本的に使わないときはリュックにいれておこう。
そして受け付けから離れると
「君は、この世界へ来てからどれくらいかね?」
サイトーさんはそうやって話しかけてきた。
サイトーさんがギルド内の椅子に座ったので僕もリュックを下ろし、膝の上に置いて抱え込むようにしてから座る。
「それは、まだ2日経ってません」
「それならば、まぁ常識不足なのは当たり前ですな」
……当たり前な疑問を思いついた。
「そう言えば、何でサイトーさんは僕が異世界人だと気付いたんですか? いくら同郷といっても、気付けないと思うんですけど。」
「おや、じゃあまだ、君には見えていないんですな」
サイトーさんは意味深な事をさらっと言った。
どういうことかを聞くことは出来なかったけど。
「一目見れば分かりますぞ」
「いや、分からなかったんですけど」
「後、挙動不審でしたのでな。それにリュック。」
「あっ。」
確かにこんな自然豊かで、機械的なものだったり、元の世界のような技術が見られないような世界では、このようなリュックは余り違和感は無いけれど、そもそも存在はしないはずだろうから、気づく人は気付くだろう。
「君、男と言いましたかな?」
「ええ。こんなナリですが。」
「それについては言及しませんが。奇ば……綺麗な髪ですなぁ。グラデーションですなぁ」
僕をねめまわすように観察していたサイトーさんはそう言った。
────グラデーションみたいな髪?
疑問に思い、腰の上辺りまで伸びている髪を見やると、髪先が赤く根本に近づく程に藍色に近付いていき首元辺りで漆黒に変わっていた。
確かにグラデーションのようだ。
しかし僕の髪の色はこんな美しいまでの漆黒でも、藍色でも、ましてや赤色でもない。黒ではあったけれど、ここまで純粋な黒ではなかった筈だ。
────色毎に誰だか心当たりはあるけれども。
「それと、親切心からですがな」
「何ですか?」
サイトーさんは少しだけ前のめりになり、真剣な表情でこう言った。
「───この国から早く出て行った方が良い。」