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不完全愚者の勇者譚  作者: リョウゴ
第一部 三章 強烈姉妹と幽霊それから勇者
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お怒りの姉妹



「どうかなさいました?」


 そう、声を上げたのは他ならぬティアさんであった。


 彼女は自身を貫いている矢を意に介さず、一歩前へと出る。


 カラン、と音を立てて落ちる矢。ティアさんの体の前に存在した部分が、バランスを失ったのか落ちたのである。背後の部分は地面に刺さっているので落ちようもない。


 落ちた矢を、見えてないのかティアさんは踏み潰す。一切力の籠もりを感じさせないその一足で、まるで何もなかったかのような歩みで、踏み潰す。


「くはははっ……あっはっはっはははは!!」


 堪えきれないといった様子で腹を抱えて笑う〈戦場の死神〉。呆然とその様子を眺める襲撃者達。どちらかというと僕も襲撃者達と同じく呆然としていた。


「お姉さま……どうかいたしましたか?」


「ははっ、はははは……いやコイツ等のアホ面が傑作でな……っ!」


「そうですか……? お姉さまがそう言うのならそうでしょうけれど」


 納得のいかなさそうな様子でそう言うと襲撃者達に向き直る。


「結局この方々は?」


「ティアを狙う悪い人達だ」


「私が狙われる理由が分からないのですがお姉さま。また何かやらかしたんですか」


「まさか。まだ何もしてないさ」


「……むぅ。ということは?」


「私のかわいいかわいい妹を狙うとどうなるか、これから分からせてやろうという話さ」


 結局何故ティアさんが狙われた理由を話さない。


 大した理由ではないのかもしれない。〈戦場の死神〉の気楽な態度を見るとそう思えてくる。


「まあ、いつもどおりに妹が弱点とかどこかで小耳に挟んだ馬鹿野郎が考え無しに私を手に入れようとしてるんだろうな」


 ……そう思った直後に話したけど。つまりは何かやらせたい人が妹さんを人質に、言うこと聞かせようとしているんだろう。


「まあ! お姉さまに手を出そうだなんて恐れ多い事を!」


 手に入れる、のところを曲解したのか頬を薄く赤らめるティアさん。


 演技じみたその動きを止めて、ずっと持っていた箒を虚空に向けてビシッと指した。


「……分かりました。お姉さまに手を出そうだなんて狼藉者共。一人残らず成敗させていただきましょう」


「……っ、何言ってんだ!」


「そうだそうだ! 目が見えないくせにこの人数を相手に出来るとでも!?」


 襲撃者達は口々に文句を言う。恐らくティアさんのことを舐めている。弱そうに見えるよね。


 この様子だと、僕以外にティアさんを警戒している人は殆ど居ない。僕だって、何故こんなに警戒しているのかよく分からない。


 ティアさんは口元に手を当て、やはりそう見えるのでしょうか、とか、ではどうしましょうか、とか呟いている。


「おい、やっちまえ!!」


 襲撃者達は走り出す。


 さてティアさん。彼女はその様子を毛ほども警戒しないで、何か思いついたかのように手を叩く。


「そうですね、私が弱そうと言うのならやはりお姉さまにやっていただきましょうか!」


 瞬間、〈戦場の死神〉が掻き消えて。


「!?」


 襲撃者の、掛け声で前に走り出て来ていた人達の首が一斉に撥ね飛んだ。


「さすがお姉さま。素晴らしい手際ですね」


「当然だ。この程度私の可愛いかわいいティアの手を煩わせるまでも無い」


 …………凄い。


 撥ね飛ばされた首の断面から噴水のように血が噴き出る光景には嫌悪感よりも先に、〈戦場の死神〉の手際への感動にも近い何かを覚えた。


「────っ!?」


 そう、これほどまで血に塗れた光景だというのに、嫌悪感を殆ど覚えなかったのだ。この事に少しばかり驚いて……何故か弱い吐き気がこみ上げてきて口元を片手で抑える。


「おや、大丈夫ですか?」


 ティアさんが僕を見て、心配を微塵も込めずに聞いてくる。


 〈戦場の死神〉は前に出て、襲撃者を殺戮している。僕はそちらには全く目を向けない。


「人の心配よりも自分の心配をしな!」


 人が降ってきた。


 一番に土の矢を放ったあいつだ。


 ティアさんはその方向を見向きもせずに一歩右に動く。


 襲撃者はナイフを振り下ろしながら着地。かなりギリギリのタイミングで避けたので動作を止めることは出来なかったようだ。


 ティアさんは動きに一切の緊張感が無いゆっくりとしたものだ。


 しかし──────


「ぎっ!?」


 頭の高さで、集ってくる虫を払うかのように左手を払う。


 その手の甲がナイフを振り下ろしながら飛び降りてきた男の顔面に当たると、見た目よりもやや大きな威力だったのか大きく仰け反る。


 そしてその体勢が崩れた男の足を掬い上げて、仰向けに浮かしたその男の背中を蹴り上げた。


「…………何をしたかったんでしょうか?」


「さあな……頭の中身空っぽなんだろ」


「……うーわぁ……」


 きっかり五秒で地面に落ちてきた男を見て、僕はそう呻いた。


 男は白目を剥いて気絶してしまっている。


 辺りを見ても死屍累々といった様子だ。


「容赦なさすぎだよ……」


 この姉妹と僕以外に立っている者が居ない薄暗い道で僕は空を見上げ、溜め息を吐いた。

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