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不完全愚者の勇者譚  作者: リョウゴ
第一部 三章 強烈姉妹と幽霊それから勇者
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このとき僕は死んだと思った



 そう言えば、僕にも妹が居た。義理の妹だけれど、良い子だ。身内贔屓かもしれないが顔も良いし、加えて義姉ほどではないが頭が良い。義姉から怖い部分を取り除いたうえでの下位互換、といった感じだ。義姉でも、義妹でも、本人に言えば怒られるだろうが。年は一つも変わらないからというのもあるだろうか、義妹は僕に対して義姉ほど厳しくない。


 ……はてさて、それはそれとして僕が〈戦場の死神〉さんについて歩くこと暫く。その間、つい先ほど一度鐘が鳴るのを聞いた。ギルド支部の鐘の音であり、恐らくは12時を知らせる鐘であろう。


「んで、こっちだ」


 道幅は広いが、先程通った裏路地と似たような雰囲気のある道に入っていく〈戦場の死神〉。


「……来ないんだったらそれでも良いんだが。いや寧ろ来るな」


「じゃあ何で誘ったんですか………それに、今更そう言われると行きたくなりますよ」


「妹はやらんぞ……」


「……何でそうなるんですか」


 実際行く意味なんて無いことに気付いた。結局のところ好奇心しか自分を動かしているものはないのだ。例え思い切り睨まれようと。


 それに妹さんが絡んで思考が飛躍しまくってるよね……。そんなに心配しなくても奪ったりはしないのに。


「それよりも妹さんが人質に取られてるのにそんなのんびりしてていいんですか?」


「問題ない」


「顔見せに行くのは?」


「問題ない訳ないだろ」


「……何で行くんですか?」


「私が向かったことが到着までバレなければいいからな」


「いや、それ何でって言うのに答えて無いですよね?」


「質問ばかりでうるさいな。実際行けば理由くらいすぐ分かるだろ」


「そうですか?」


「…………そんなもんだよ」


 無言で、足早に歩いていく〈戦場の死神〉の後をついていく事暫くして、漸く目的地に到達した。




「……お姉さま?」


 〈戦場の死神〉が立ち止まる。その視線の先は道の突き当たりに存在する古ぼけた教会のような建物があった。


 教会、といってもこの世界のではなく僕の居た世界である。ついでに言うと十字架とかそう言った物は有るはずもない。


 そして、その建物の前。箒で掃き掃除をしている黒髪長髪の薄汚れた服を着た小柄な女性が今来た僕らを見て一言だけ言ったのだった。


 掃除しているようだが、一切目を開かない。


 目を閉じ続けているがしかし、どうも僕らの来訪を察知しているらしい。もしかしたら、薄目をあけているのかもしれないが、そうだとしても本当に見えるのか分からない。そのくらいの開く瞼細さだろう。


 ただ、見ただけで、その目を離しがたい存在感は察知する事が出来た。途轍もない違和感をそこに感じたのだ。


 しかし、当たり前というべきか〈戦場の死神〉はさして緊張感のない足取りでその女性に近付く。


「よう」


「そのお声は! やはりお姉さま!!」


「のわっ!? ……ふふ」


 目を閉じ続けている女性は〈戦場の死神〉に抱き付く。


 恐らく、飛びついたのだろう。飛びついたというのは結果から予想したことであり、つまるところ僕には動きの始めから結果までの途中過程がまるきり認識できなかったのだ。


「お久しぶりです、お姉さま。……ふふ……お姉さまの香り……」


「……ふふ」


 何より、気持ちよさそうにして抱きついている女性払うことなく、優しい笑みを浮かべている〈戦場の死神〉には、少し驚いた。


 天使……ねえ。


「おや、そこの人は?」


「見ての通り。連れだ」


 この女性は漸く僕を認識したようだ。


 〈戦場の死神〉が顎で促してくる。自己紹介でもしやがれ、と。


「どうも、僕は浅葱 優。知り合いからはアサギと呼ばれています」


「……おや。お姉さま」


「何だ? 折角自己紹介したのに無視なのかぁ……? ティアは仕方のない子だなぁ」


 〈戦場の死神〉は頬の緩みも抑えずに言う。


 ティアと呼ばれた目を一向に開けない女性はその言葉すら意に介さずに続ける。


「あの無駄に数だけ多い殿方は、そこの人と同じく連れということでよろしいのでしょうか?」


 手を向けた。


 すると、僕らが来た方角からゾロゾロと人が出てくるではないか。あんなの連れにいたはずがないというのは僕がよくわかっている。常に気配を消していた〈戦場の死神〉さんの状態は連れが居ないことを証明しているようなものだ。


 つまりは、強迫云々の関係者であろう。間違いない。ティアとかいう〈戦場の死神〉の妹さんにバレたので隠れていても仕方がないと出て来たのだろう。


 僕はここであることに気付く。


「あれ、これ。悪いの僕じゃない?」


「気付いたか、連れてきた理由の一つではあったな」


 気配を隠し切れている〈戦場の死神〉を見つけてあとを尾行するのは至難の業。


 しかし一度だけ気配を隠していないタイミングがあった。路地裏で〈戦場の死神〉と僕が対峙したときである。


 その後には気配を消したようだが、僕はそんな事していない。というか出来ない。


 つまりはそう言う話だ。


「連れて来なければ良かったのではないですか? お姉さまがこの野郎を」


「そうは言うが、まずこいつを見かけて即座に気配を現してしまった地点で詰んでいるんだ。その地点で。巻き込むことは決まっていたのだよ、ティア」


「むぅ……そうですね」


 そう言うと、ティアさん(仮)は数歩下がる。


 代わりに僕らが前に目を向ける。


「ヒャッハー! もらったぜ!!」


────そのとき、アホらしい声が後方の上から聞こえる。咄嗟に振り返れば教会のようだと表現した建物の上には既に魔法を放った男が立っていた。


 魔法は、その男の声に反応したティアさんが不思議そうな面持ちで眺めているところでその両肩、腹を貫いた三本の土の矢である。


 そう、貫いたのである。あっさり。


 茫然とティアさんは建物の上の男に視線を合わせている。瞼は閉じられているが顔が向いているのだ。


 ティアさんに刺さっている土の矢はけっして細くない。背中側を突き抜けて、さらに地面に刺さっている。間違いなく致命傷である。


 でも、僕は、この瞬間に〈戦場の死神〉が小さく笑ったのを見逃しはしなかった。

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