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不完全愚者の勇者譚  作者: リョウゴ
第一部 三章 強烈姉妹と幽霊それから勇者
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泥酔客2



「でなぁ……とんでもない勇者が来たんだよ……」


「そうなの?」


「そうだよ! ……召喚されるなり『で、何をすれば良いんです?』って、まるでこの世界に来ることを分かってたかのように!」


 目の前の彼は、酒が半分位入っているコップをどかりとテーブルに叩き付けた。


「え、まさか強制召喚だったの……?」


 僕は目を丸くして問う。泥酔……とまではいかないがまともに答えては貰えないことは分かっていたが。


「あ、いやぁ、そう言うんじゃなくてなぁ……。大丈夫、みんな納得してくれてるからさぁ」


 目の前で潰れかけているのは、エルである。


 約束通り、店に呼んだのだ。一応僕の奢り……だ。


 実際既に出来上がっているエルだが、既に二時間ほど飲み続けており。


「…………そ、それならいいのかもしれないけど」


 そのせいで、ディエさんとかに睨まれているのは辛い。


 二時間……二時間だよ!? 僕も席に座ってエルに付き合ってるから仕事に戻れないし戻ろうとすると強引に席に座らせてくるし!!?


 …………全く……。


「大体なぁ、何が『占いますよー?』だ! おまえの能力はカードをあやつることだろう!?」


「エル……お店では静かにね?」


「……わかってるよ」


 それきり静かになるが、多分、恐らくはすぐにスイッチが切り替わるように騒ぎ出すだろう。


 全く。どいつもこいつも昼間から酒呑んでるとは……。






「おいアサギ」


 皿を洗っていると、ディエさんが話しかけてきた。


「何ですか?」


「もうすぐ店長が帰ってくるが、いつ帰ってくるかは分からない」


「そうなんですか」


「出来ればもう少ししっかり仕事してくれ、最近たるんでいるように見える」


「……そうですか?」


「そうだ。頼むぞ」


「わざわざすいません」


「……はあ? ……まあ良い、態度を直してくれれば」


「はい」


 ディエさんはそう言ってどこかに行った。


 たるんでいる、か。全く気付かなかったけれど、実際にちょっと思い当たることがある分、気をつけなくては行けないだろうなぁ。今日のエルの時とかもたるんでいるの内容に入っているのかもしれないし。


 そう言えば、エリシアさんとか、大丈夫かなぁ。


 それは少しばかりの不安として確かに胸につかえているのだった。



 黒い石で出来た床に描かれた魔法陣が白く眩いばかりの光を放ち、作動する。


 この魔法陣が『愚者』共の居た世界に()()()に繋がるのだ。


 旧魔法歴の時代の産物。所謂古代の魔法であり、陣の形は残っているものの作り方は誰も分からない。


「来たれり! 『紙片』の勇者!!」


 教会内の立場が高位な者のみが着用を許された赤のローブ。


 それを着た人が言葉を告げる。


────なる程、今度の勇者は紙片……紙片? それはどういう?


 この場にいる者の殆どが理解できない。赤ローブを着た人すら、理解しているかは、分からない。


 一応、何の勇者であるかは、教会の機密情報であるため、ヒラの会員には召喚寸前のこの時以外に知ることは出来ない。


 上位の会員ならば、事前にどういう手段でか知らないが、知ることが出来る、らしい。


 まあ、どうでもいい。


「─────おお! この者が!」


 思考を切り、顔を上げると、魔法陣の光が収束し、人の形を作り上げていた。


 女、か。


 勇者は結局のところ戦闘要員だ。男女のうちでは男の方が喜ばしい。


 女であれば、そこそこの割合で運動出来ない者も召喚される。尚、体格が肥満に分類される人は召喚されたことはないのである程度条件があるのだろう。


「男でも、たまにいるけどな」


 踵を返し、その場を後にしようとして、召喚された女が放った言葉を聞いた。


「どうも異世界のみなさま、初めまして。黒河麻華と言います。私は勇者として何をすればいいのでしょうか?」


────はっきりと。理解不能な言葉を。


 ……いや言語が、ではなく、言動である。


 突然召喚したのにも関わらず『異世界』『勇者』と口にした上で自己紹介である。心の準備すら出来ていたのか慌てる様子もない。


「あ、占って見せましょうか? 得意なんですよ!」


 彼女は異世界人特有の幼い顔に満面の笑みを浮かべて手元に紙切れを取り出した。


────紙片、とはカードのことか。


「紙片の勇者よ」


「えっとあなたのことを占っ……」


 近寄ってくる。が、言葉の途中に足を止めて虚空を見つめる。


 そして、まるで信じられないものを見たような表情に彼女はなっていた。


「え…………?」


「紙片の勇者よ!!」


 その言葉で我に返った勇者。振り向いた勇者は首を傾げる。


「君のことだろ」


「あれ、すいません……何でしょうか?」


「教会の剣となり、愚者を打ち倒して貰えないだろうか」


「えー、同郷の人を無闇に殺すのはよくないと思いますよ?」


 全く情報を出していないというのに、愚者が同郷の者ということすら言及し、更には。


「反抗した……?」


「何予想外みたいな顔してるんですか? あ、暗示とかしてました?」


 していた。


 本来戸惑う勇者に落ち着くように、そして『従順』になるように暗示に近い魔法をかけていた。

 

「私は占いが趣味で、しかも自慢じゃないけど外れ知らずですよ? 単に外れた例は耳にしてないだけですけど」


「それは占いではなく、予言ではないか?」


「いやぁ、細かいところまでは……」


 この場にいた者は彼女が一瞬動揺したのだけ、感じ取った。


 実際、悲しそうに目を伏せたことに気付いた者は居なかっただろう。


 間近の彼以外は。


「取り敢えず、私は私の占いに従って、したいようにします」


「何を言って!」


 赤ローブが激高する。まあ、自分から『暴走します』って言ってるんだもんな。


 本来の暴走勇者とは方向性が違うが。


「天使の思惑を潰すんですよね? 道は見えてるので個人でやらせてもらいますよ?」


「ふざけるな!!」


「なら、監視でも何でも付ければいいじゃないですか」


 召喚されたてのこの勇者は、何を……。


「 エルディリエテシルオビーケ! 」


 いや、よく噛まないで言えたよねと、自分の名前だというのに思う。


「貴様がこの娘の監視をしろ!」


 …………ふざけるな、と一蹴しかけたのを心の内のみで留める。


 危ないところだった。


「了解しました」


「よろしくお願いしますよ? 監視役さん」


 こうして、黒河麻華という自称占い好きの、動きの予想できない勇者がここに誕生した。


 この勇者が何をするか、見定める役目は俺が負うことになる訳だが。正直大丈夫か不安しかなかった。

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