仮面の男
「退場してもらおうかッ!」
眼前の球体に頭が真っ先に引き寄せられて、バランスが取れずつんのめる。
踏ん張ろうとも、足とは関係ない癖に出しゃばる肩の痛みが力を込めることを妨害する。
─────ならば。
フーデラはいっそ前に出ればいいではないかと、跳躍した。
頭は僅かに黒い球体を避ける。当たっても良く無い気がしたのだ。
その先には横に振るうべく右肩の上に担ぐように構えるアサギの姿。
「惜しいのぅ」
彼は、フーデラと同じように引力を用いて突撃していた。いつでも刀を振るえるように目を光らせて。
アサギからすれば引き寄せられた所を攻撃するのでも、突進してきた所を攻撃するのでもどちらでも対応できたのだ。唯一耐久のみが彼の凶刃から逃れることが出来たのだろう、と遅まきながら思った。
そして振るわれた刀は─────
「───《回転氷盾》!!」
キュイイイイイイイイイイイイ!!!!
物凄く耳障りな音と共に現れた、フーデラを包む球体が防いだ。
余りに突然。フーデラは刀が防がれた、命拾いしたということを考えながら、そして力が抜けてしまいへたり込んでしまう。
フーデラどころか、アサギですら呆けた顔で一点を見た。
「どうだ見たかこれこそ魔法の天才、神童とかいろいろ言われてた………言われてたよね直接聞いてないからわかんないけど………」
船の舳先に何時の間にか立っていた仮面を付けた男が締まらない名乗りをあげていた。
「とにかく! 船は港方向に流したし、そこのお前! 男の癖に女に手を出すとか! 正気か!?」
その次には……なんとも女性贔屓な発言。
しかもそれにはアサギが。
「憑依している私がおなごであるからせーふ、じゃ」
などと返す。
やっぱりその刀やばいのかな。
「とにかくっ! 暴れるな、それ以上暴れるようなら船ごと沈めるぞ!」
そして最後にはズレた発言。沈めたって解決になりません。
と言うか、仮面で顔が見れないけど、聞いたことある声だね……。
「普通の、人間ごときにそれほどの事が出来ると?」
「え、いや、船沈めるだけなら船底に穴でも開ければ一発…」
「私の抵抗を破れると?」
「………多分行けるだろ、ここ、腐るほど魔力放出してる誰かさんが居るおかげで? 使い放題なんだよね」
そう言って仮面の男は分かり易いように手のひらを上に向けて、とんでもない大きさの炎を出した。
魔力をそのまま炎に変えたのだ。これは技能としての魔法ほど燃費が良くない。その上熱と大きさが大きくなるほどにその消耗は大きくなっていく。
そして、その炎。船よりも大きい球状を維持していた。
メリメリと音を立てながら。
「これでわ─────しょー? 余裕の─────裕だっ──がさ!」
何言ってるか聞こえないっ!?
炎の立てる音がうるさい。
と、思っていたら炎は一瞬で跡形もなく消滅した。
「って事で大人しくしててくれないかな?」
その余裕はアサギの一つの発言で崩れる。
「全く、仮面してないとまともにしゃべれない人間だったのか」
「へぁっ!? そそそそ、そんな事ねーし!?」
………あ、誰だかわかった気がする。
「しかしな、小娘を見つけんことにはのぅ…」
「いやいや、大人しくしてくれればいいんですよ、じゃあ、何ですか? つまりあなたが大人しくしてくれる条件として、その小娘が居ればいい。で、僕はあなたが大人しくしてくれなければ船を沈める、と……」
「「つまり小娘、連れてくれば沈めないですむんですね」」
あれ? 打ち合わせでもしてたの?
と感じるくらいにアサギと仮面の男は綺麗にハモった。
しかも同時に船員を見る、と。
「連れてくればいいんだろっ!」
「おいバカ! あの小娘は捕虜であり無条件に返すなどと」
「バカはお前らだ! ばれちまっただろこの船に乗ってることがさ!」
「「いや、お前もだろ!」」
船に乗ってたのねやっぱり。分かってたけど。
「《獄炎》」
瞬間、アサギの頭が真っ赤に変わる。
刀を持たない左手に炎を出した。
「お、お前ら! グルだったのか!」
「流れからしてそうだったでしょ、あの女は何故か攻撃されてたけどね」
おい船員共こっち指差して小声で話しあってるんじゃない。はったおすぞ。
「っと、君は平気?」
「ぇ……」
仮面の男は跳躍一つで私の目の前に降り立つと私の右肩を見て、突き刺さる矢を、鏃を切り落としてから引き抜く。
「───っ!?」
それから、いくつかの浄化魔法を掛けてくれた。
みるみるうちに傷がふさがる。
「あ、ありがとう」
「いや、当然のことを」
「すいません、名前はなんと」
正体がアレなら、と内心半笑いで聞いてみた。
ただ、名前聞くのは少し焦り過ぎか。とも考えはしたが、あえて気付いてないことを示したのだ。
この距離でも確証はもてないけど。
「い、いや、名乗る程じゃないよ」
仮面の男の顔から目を反らし、アサギの方を見る。
「どうやら皆殺しにあいたいようだな!!」
とても、怒っていた。
「エリシアをあんな気が狂いそうな鏡部屋に閉じ込めるなど!!」
エリシアは無事解放されたのか。
フーデラは安堵の息を吐く。
「………僕もう少し出番があったはずなのにな」
仮面の男はつまんなそうに呟いた。
いや、それ誰に向かって言ってるのよ……
「────後は大したことはないにゃぁ………ぐぅ…」
すっかり自室のようになったエリシアさんの部屋で、フーデラさんは僕とエリシアさんに向けて今回何があったのかを説明してくれた。
どうやら暴れたことを隠す代わりにエリシアさんをさらおうとしたことを問わないようにする。という方針らしい。
終わった後船から下りる前に僕が持つ刀をエリシアさんが強奪。すると僕は倒れたそうで、それからずっとここで寝ていたそうだ。
────と、言っても、半日くらいしたら目が覚めたけど。つまり普通に朝。
教会には、ギーツさん……じゃまともに話が出来ないからフーデラさんとセットで後日話を聞かれに行くそうだ。
どうやら教会の人達に居ることがバレていながらもこっそり帰ってきたことが悪かったようだ。
「大体、今回の事で分かったでしょ? フーデラには何回も言い聞かせてきたけど! あの刀に触れないようにって!」
「はいはいわかってるにゃぁ……」
本当に聞いているのだろうか。
「まあ、開店遅くしてもらえて良かったけどさ」
「良くないわよ!」
どうやら、今回何も関わっていない2人にいろいろ伝えたら、昼には開店すると言うことで落ち着いたのだ。
「まぁ、そうだよね……」
怒っているエリシアさんに、僕は半笑いで返すしかない。
「もう直ぐ、店長が帰ってくるって、今回は早く終わりそうだって言ってたから、大変だよ?」
フーデラさんが醒めた目でこちらを見ていた。そんなにひどかっただろうか。
大体1000000エクスって……ノルマと言い張ってるのはディエさんだけじゃないの?
「とにかく、早く支度するんだにゃー……」
これ以上用はないと、フーデラさんは部屋から出ていく。
ひとまず一件落着だ。
僕は沈黙の重い部屋の窓の外を数秒眺めてから、支度を始めるのだった。




