意に反する
アサギは剣を物凄く緩慢な動きで、振り上げる。
もしかしてあの刀、そんなに重いのかな? と、フーデラが思うが本当のところはどうだったのだろう。
ただ、あそこまで目立つ───実はめちゃくちゃ光っている───行動を起こして、相手が見逃すはずもないのだ。
「わー、アサギ危ないにゃー」
フーデラの位置からでは船の上の魔法使いは見えないので、飛んでいく氷の礫を目で追ってからそんな事を言った。
そもそも、普通なら夜中に綺麗な氷である程に見えづらいのだけど。
やる気のない私の声に反応したか、自分で反応したか、どちらかはわからないがアサギは真っ直ぐ氷の礫を見た。
────忘れてはならないがこのとき彼の周囲には『目視可能』なほど濃密な火属性の気、魔力に満ちているのだ。
もちろんのこと、あっさり溶ける。
氷は水となり、もはや火属性の空間とまでなっていそうなアサギの周りに近付くことなく溶け落ちていく。
さすがに昇華するほどの熱が出てはいないようだ。
「ちっ……抵抗しても…っ!!」
アサギの苦しそうな呟きが聞き取れる。
アサギの髪の色が明滅する。
────とても不思議だ。
「って、そうじゃないにゃ………どうするかにゃー……」
フーデラは迷っていた。
泳いで逃げるか、待つか。
しかし、判断するより前に状況が変わった。
「……そう、そうだぞ。それでいい」
つぶやく頃には髪の明滅する速度がだんだんとゆっくりになるのが見え、更に籠もっていた力が抜けていくように見えた。
そして、姿が消えた。
「!?」
次の瞬間に船の上が明るくなる。
フーデラからは全く様子が見えない。フーデラは何でだろうか、少し焦りを覚えたようで
「………嫌な予感がする、にゃ」
呟いて、波に逆らわず揺れ続ける船へ近づくべく、泳いだ。
船の上はどうなっているのか、見えない。波の音が煩くて、まともに聞こえない。なまじ耳が良いせいか、雑音ばかり拾ってしまう。
しかしそんな中でも、特に音を聞きそびれることもない。
「────────ッ!!」
なんと言ってるかは聞き取れない。聞き取れなくともその声音から悲鳴であることは感じ取れる
あー、あー………暴れてる暴れてる。
フーデラは、直ぐに船にたどり着く。
しかし、だ。
「仕方ない……にゃあ」
船に乗り込むことは容易くない。大きい船故に、だ。
「眠くない……眠くないから、大丈夫」
───なはず。
フーデラは水面で大きく息を吸うと、決意を表すように大声で一つの技能名を叫ぶ。
「『眠り醒めぬ虚ろな意識に沈む狂えし猫の魂よ、我が身に幾度宿りたまへ』《獣化・眠り猫》ぉぉ………ぉっ…!!」
襲い来る眠気を、気合いで何とか……
…………できたら良かったよねー。
逆らうことのできない眠気を感じ、全身が弛緩する。
無理、溺れる………。
自分の口が水面下に沈む前に、意識が沈んだ──────。
「がっぼぁっ!!?」
っと、溺れるところだったぁー!!
《獣化・眠り猫》
───眠気が発動一分の間襲い来る。しかし発動中、獣化の力を得る。
と、言ったところである。
つまりフーデラは一分近く意識を失っていたと言うことになる。
相当危険である。
「よし……行くかにゃー……」
フーデラは寝ぼけ眼をしばたたかせ、獣化で猫らしくなったせいで伸びた爪を見る。
…………よし。
「上るかにゃ」
船にも凹凸はある。ましてや殆ど木製のこの船なら尚更木と木の間には爪を引っかけられるほどのものが、あるだろう。
そうフーデラは踏み、元々良かった視覚が強化されたおかげで考えたとおりに存在した凹凸に爪を引っ掛け、素早く駆け上がった。
フーデラは先程まで海に居たと思えないほどに軽やかに船を駆け上がっていった。
よし、登りきっ────
「───っ!?」
駆け上がったフーデラは頭だけ船の縁から見えただけと言うほどのタイミングだっただろう。
しかし、フーデラが見た光景は。
フーデラに向けて小さく刀を振りかぶるアサギの姿であった。




