不在の部屋
「ただいまー」
「俺は扉ん前で待ってるわ。結果教えろよ、アサギ君よ」
「分かった。ん?」
………さっき僕のこと女扱いしてなかったか? この人。
後多分名乗って────
「おら早く行け」
「はいはい」
エル某は催促し、僕はひとまず二階に上がるのだった。
因みに店員以外が休みに侵入すれば、何かしらの罠が発動するらしい。
ま、店内に店員がいれば発動することはないらしいけど。
部屋の前に立つ。
………あー……なんか、緊張するな……。
意を決して、ノックをする。
「エリシアさーん?」
『………………』
返事がない。もう一度ノックする。
「エリシアさんー?」
『……………………』
返事が無い。もう一度。
「エッリシアさーん!」
『………』
もう一度、もう一度もう一度何度も何度もノック、ノック、ノックノックノックノック─────…………。
「居ないか…」
仕方ない。さすがに叩きすぎて不審者扱いされたらそれはそれで良くない。
戻る前に、帰ってきてないのだろうかということを確認するために何気なしにノブを捻る。
────ガチャ……
「んぇっ?」
鍵は開いていていた。想定外のことに素っ頓狂な声を上げてしまう。
開いたのは驚いたが開いたんだから、と。僕はゆっくりと扉を開ける。
「……………おぉう」
扉開ければ、いつも通りのクソ狭い部屋。飾り気のない部屋に一陣の風が吹き抜け──────風?
僕は、ひとまず不法侵入とか置いておいて、部屋の最奥まで駆け寄る。
「───窓、開いてる……」
「ん? 出る前開いてなかったのか?」
「戸締まりはちゃんと───って、不法侵入しないでよ」
「元々は君の部屋でもないだろ………っと、全開とか、暑い時期は過ぎたけど虫は腐るほど居るのにどう………」
言うとおり、虫は飛んでるなぁ。
僕は魔力を放出して虫を窓の外に追いやる。このくらいなら適当に放出しても出来ないことはない。
それよりも。
「その…エリシアっつったけか? この部屋の主は戸締まりもしないのか?」
「いや、あの人そう言うのはちゃんとしてたんだけど………おかしいなぁ…」
部屋の鍵開いてるから、一度帰ってきてたと思うんだけど。
「そうか、探すなら迷子にならんよーになぁー。んじゃ」
「分かった、ありがとう」
特に呼び止める理由はない。
「……止めないの?」
「いや、巻き込むのは悪いし。結局僕の問題だし」
取り敢えず、窓を閉め、部屋の外に出る。
鍵は閉められないが、仕方のないことと割り切る。
「………本当に?」
「本当に。大体軽く流してたけど、初めて会ったときにいきなり蹴りをかましてくる人と一緒に捜索するのも何かおかしくないかな……」
「それもそうだ、軽く流されすぎて忘れてたわ」
「と言うことで」
「そーだな、帰らせて貰うか」
僕らはひとまず店を出た。
「と言うか、一つ言わせて貰おうか。何、帰る間際の気紛れみたいな奴だよ」
……………。
「…その言い回し……かっこつけてるつもりなの?」
「そうだがそこを指摘する必要はなかっただろ!?」
気を取り直して、咳払いをしたエルは言いました。
「何か、俺と同じように何か探してる奴の前であんな目立った行動したから目を付けられたとかじゃねえか? もしかすると」
「目立った行ど…………? !! あ、あああ!! 思い出した!」
何か忘れていると思ったんだよ!!
「んー? 思い出した? まさか忘れてたの? マジそれだとよくもまあ忘れることが出来たなと言うことに驚きですが」
腕を見る。服のない部分、刃の無い刀に斬られた腕は痛み一つどころか傷までもが無い。
それじゃあ、忘れるわけだ。
目覚めてからの怒涛の急展開───個人的に───の連続で思い出すことが出来なかったのだ。
何故寝ていたのかを考える暇がなかったのも原因の一つ。
………あんな戦い、忘れる方が難しい。というのは思い出した今では目の前のエルがそう考えているのと同様僕も考えているが。
実際に、忘れてたんだよなぁ……。
死をあんな間近で感じた戦いを、忘れるなんて異常だ。
僕はそう思い───
「ねぇ、エル?」
「 エルディリエテシルオビーケだ……けどま、そう呼びたいならどうぞー 」
本人の許しが出た。まあ、出なくても使うけど。だって長いし。
僕はそのまま背を向けて歩き出したエルに向けて、一つ問いかけた。
「『豊穣の巫女』って聞いた事ある?」
「………おいお前それどこで聞いた?」
『豊穣の巫女』の名前を聞いて、去るのをやめて、振り返り詰め寄ってくるエル。
何かあるんだ…!
僕はそう思う反面、エルの必死ともいえる真面目な雰囲気から、とんでもない事に足をつっこんだのでは……? とエルから目を逸らすのであった。




