「殺しはしない」
「うっ………わぁ……」
相変わらずの人混み。やっぱり町の外からも大分来てるのではないだろうか。
それも、致し方ないのかも知れない。凱旋と言うからには各町を巡るのだろうが〈戦場の死神〉は英雄級のSランク。
聞くには、顔も整っているとも聞く。元が冒険者とは思えないほどの美形で、人気だとも。
………冒険者に顔は関係ないよねぇ…。
「まぁ仮にも最強ランクのS。人気なのも頷けますよね……」
呟いて、バスケットを揺らさぬように、人混みをかき分けて進んでいく。
「おい、何かやべえ事になってるぜ! 〈戦場の死神〉に挑戦者がいるらしいぞ!」
「いや、ただの命知らずが、身の程もわきまえずに攻撃しただけだろ? そんなの挑戦者とは言わないだろ」
人の間を縫い、人の集まる方へと向かうと『挑戦者』だとか『命知らず』だとかいう単語がちらほらと聞こえる。
「………」
とにかく、先に進もう。
「…着いたのかな?」
ワーキャー聞こえる、入る隙間のない人垣。
「………アサギさん何処にいるの……」
「エリシアちゃんじゃないか、何でここに?」
「…えっと知り合いを捜してて」
声を掛けてきたのは、霜降り山亭の常連さんだった。柔らかい物腰のおじいさんは、困るわたしに
「知り合いというのは、髪が綺麗なあの子かい? それならさっき見たよ?」
「本当ですか!?」
ちょっと食いつき過ぎたかな、とも思えなくもない反応に、常連のおじさんは微笑む。
「はっはっは、まあそうだな。その人垣の向こう側を見ると良いよ、きっと面白いものを見ることが出来るはずさ。じゃあの」
そういって笑いながら歩き去るおじさん。
「えっ、ちょっと! あの………。アサギさん何処にいるかを言って下さいよ……」
歓声に湧く沢山の人々によって形成される人垣。わたしの身長が高くないせいか背伸びしても中は見えない。
「まっさかー……」
わたしは一度、背中の刀に目を向ける。
中身は刃の潰された模造刀だが、関係はない。
出来れば抜きたくはないコレを抜くような事態にならなければいいなぁ、なんて思いながら人の間に潜り込んだ。
────首の辺りに所々穴のあるボロい黒布を巻いた黒髪の女性。それを取り囲むように存在する観客、傍らの馬車。
黒い襤褸を巻いた女性は非常に大きな、大鎌をくるくる回す。彼女こそが〈戦場の死神〉だというのだそうだ。
唐突に彼女の乗る馬車の前に出て来て、挑み掛かった冒険者を倒し、余興として何人も挑んでいた。
勿論人死には出ていない。〈戦場の死神〉は圧倒的な力量差を、観客に分かるように魅せつけていた。
歓声に湧く観客に対して、彼女はとても詰まらなそうに笑っていた。
「さて、次の挑戦者は………」
「あのっ…すいません僕は挑戦者じゃ…」
人の輪から叩き出された僕は一瞬だけ合った目線で全てを察した。
瞬時に言い訳と退散をしようとする。
「なんだ、女か。サッサ散れ」
「っ! そっち女のくせになんだ! 僕がそうだったら闘うつもりもないって言うのか!!」
…………あ。
「そうか。闘うつもりだったのか」
完全にやる気になってしまった〈戦場の死神〉。
女と言われてつい、カッとなってしまった僕は青ざめた顔で天を仰いだ。
………まず最初に、エリシアさん。ごめんなさい。
…こうなってしまった以上どうしようもない。
「あぁ、安心しろ。そこに転がした者達同様───」
僕は抜剣する。瞬時に魔力を放出し、戦闘態勢を整えた。
「──殺しはしない」
対する女性はどこか冷え切った表情で一歩踏み込んだ。




