町案内
「朝だよ、アサギさん」
「………っ!?」
顔近っ。
「お、起きた」
目が覚めるとエリシアさんの顔が至近距離にあった。
女性の顔が至近距離。それだけで目が覚めるには充分だった。
というか、心臓に悪い。
エリシアさんの顔が悪い訳じゃない。寧ろ美少女的というか……可愛い方だというか……。
取り敢えず、目を開くのを確認したら離れてくれたが。
「じゃ、外で待ってるから。早く来てくださいね?」
のっそり起き上がった僕から離れて部屋から出ていく。
エリシアさんは僕が起きる前に着替えを終えていたようだった。
「………さて。着替えるか」
「エリシアさん、鍵」
「ありがとう」
店の外に出た僕は、エリシアさんに鍵を投げ渡す。
「ところで、その腰の剣は何ですか?」
「護身用。じゃあその刀は?」
「護身用だよ」
僕は少し古っぽい剣を腰に、エリシアさんは背中にあの立て掛けてあった刀を装備していた。
僕はそれ以外に空のリュックを持ってきている。実質何も持ってきてないと言うことだけど。
エリシアさんはバックを肩に掛けていた。
「さあ行こうか」
歩き出したエリシアさんを追い掛けて歩き出した。
「…………流石に半袖だと寒いかな…」
季節は夏から秋へと変わっていた。感覚でしか分からないが、半袖でなくとも涼しく感じるのではないだろうか、とも感じるくらいに。
翠節が夏とは言ってないし、現在が秋とも言われてないので、やはり感覚でものを語っているのだけど。
「アサギさんは街に来てからどの位?」
「…………来てから一日足らずでエリシアさんが襲われているところに出くわしたんだよ。だから、7日くらい?」
「あれ? じゃあ本当にこの街分からない感じかな」
「そうですよ」
歩いているうちに、周りの建物よりも大きめな建物の前に来た。
敷地面積が広い事と、建物の上に時計塔のようなものがあることで大きく見えていたのだ。
「冒険者ギルド、イシュデリア支部だよ」
「ここが……」
「本当にこの街の地理に疎いんだね……」
「何度も言いますけど、来てから大して経っていませんから」
「で、どうする?」
エリシアさんは聞いてくる。
「?」
「あっはは……意味わかんないよね。寄るか寄らないかを聞いたの」
あ、そういう意味。
「……良いですね、寄りましょう。確か新聞みたいなの張り出されてますよね?」
「新聞ならうちの店にもあるよ?」
「あれ、そうなんですか?」
「うん。ディエさんが『棚に置いておけば誰かしら読むだろ』って。まぁ、確かに読んでいる人は店長以外に見たこと無いけどね?」
新聞をよく読んでいる、料理上手な人…………店長ってどんな人なのかな。
「って、冒険者カードは……」
「持ってますよ、前に言ったかもしれないですが僕。冒険者ですよ?」
冒険者ギルドイシュデリア支部
中はもぬけの殻とまでは行かないが、閑古鳥が鳴く勢いといった様子だ。
中年と言うにはやや老けたおばさんが欠伸をしながら新聞を読んでいた。座っているところが受付カウンターの向こう側と言うことは、職員だろう。
「人、思ったよりも居ませんね。皆依頼に行ってるんでしょうかね」
「んー……漁船護衛とかに行ってるんだと思いますよ。まあ、いてもタカが知れてるというか」
「…なんですか、田舎なんですか?」
「田舎。間違ってないですけど、交通の便は悪いですけど! なんかその言い方ムカついちゃいますね…」
「…………」
もとの世界から見れば大体田舎だと言いかけた口の唇を思い切り噛みつつ、話を無言で聞いた。
危ないあぶない……。
「自然豊かで食糧に困ることはない、水道やら何やらは不便なく存在してる。それで十分じゃないですか。やれ家がボロい、やれ安っぽい、やれ『この椅子座り心地最悪ぅー』とか言うんじゃないですよ!」
「いや一言も言ってませんが」
まあ、愛着と言うものがあるのだろう。………何だか的外れな文句ではあったけど。
「ま、私もこの街来てから四十日程ですが」
「おい」
『オルカリエ特集!!』
僕は掲示板にわざわざ特集コーナーがあったのをいいことにそこに勢いよく張り付いた。
「何か知りたいことでも………オルカリエ? この街がどうかしたの?」
「……特にどうもしないよ。」
僕は、見つけたときとは違いゆっくりその記事から離れた。
『教会の庇護下になることと引き換えに街を守り、それから何故か降伏した』『教会はルーズリア領の活動拠点を正式にオルカリエに移した』
大体あれから大虐殺が起こることもなかったようで、少しだけ安心した。
まぁ、あの人達なら何とかなると思ってましたよ? ええ。
冒険者ギルドを出て少しした頃。
───ゴーン………ゴーン………
「あぁ。これ冒険者ギルドの鐘の音だったんですか。納得」
「ええ、時計塔は六時、十二時、十八時に鐘が鳴るようになってるらしいです。…人力かどうかは見てないから知りませんよ?」
「えっと、流石に正確な時刻の鐘を人力でやるなんて思ってませんよ?」
「……そうですか」
いやなんでそんな悲しそうに目を伏せるんですか。
「とにかく次はどこへ行くんですか?」
「あれ? エリシアちゃんじゃないかー」
前の方から歩いてきたフーデラさんが僕らに声を掛けてきた。
「あ、フーデラさん」
「何々ぃ~? デートかにゃー?」
いや、違っ
「どう見ても女友達同士がが街をぶらついてるだけにしか」
「どちらかというと妹が出来た気分だよ。というかギーツさん、いたんですか」
「いたよぉ?」
フーデラさんはふんわりした空気で肯定する。
女呼ばわりされたことで反射的に睨みつけてしまったが、ギーツさんは女子二人に目を向けられておたおたしていたところだったので、彼にとっても丁度良い寒気ではなかったのだろうか。
「ん? どうしたのギーツさん。露骨にアサギさんを睨み付けて」
「な、ななな、なんでもっ、ないよ?」
ギーツさん、女子に話しかけられたとき基本的に動揺しかしてないよね……。
「あぁ、そうそう。向こう、商店街行くなら気を付けてねぇ、人多いからー」
フーデラさんがそう忠告してくれる。そのまま僕らを通り過ぎてしまい、ギーツさんはその後を追う。
そして商店街と言われた方を見ると、確かに人混みに溢れている事が遠目にも分かった。
「…気付いてると思うけど、目的地。商店街の店の一つだから」
「………はぐれないようにします」
僕達は再び歩き出した。




