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不完全愚者の勇者譚  作者: リョウゴ
第一部 二章 豊穣の巫女と訳あり集団
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定休日



「…………あー。うん。お久しぶり」


 黒のコートに身を包む男は柔和な笑みを浮かべて、私に向かって小さく手を振った。


「………何。俺の相手するのが嫌なの? 俺だって嫌だね、わざわざ危害も加える気はないってのに毎年毎年………」


 私が座る席のテーブルを挟んで向かい側に男は座る。


 ここはとある喫茶店。教会幹部である私、クリュエラ・バァリスはとある愚者と接触している。


 この黒衣の男性だ。名前は確か───


「全く、野放しにしていただいてるのは俺的に有り難いがな? そうして貰うためにこうして毎年毎年、こんな辺境の街まで来させられるというのは如何なものかなって話だ」


「ここは既に都。辺境ではない」


「俺にとっちゃこの街はいつまでも辺境だね。全くもとの世界じゃあるまいンだからわざわざ食糧の不足しそうな土地に都建てんでもいいと…」


 兎に角、私はこの街が都であった時しか知らない。故に男の言葉には同意できなかった。


「ん? あー。店? 繁盛してるよ。店のためにこの年1の遠征断ろうかと思うくらいにな」


 店が無くても断りたいのだろう? 私はそう心の中で毒づいた。


「来なかったら、教会は反逆愚者として即刻抹殺する」


「おーこっわい。流石は天下の教会だ」


「………まあ、いい」


「なにがだよ」


「貴様を野放しにしてやってる理由。忘れてはいないよな」


「あー? 覚えて──」


 私は話し合いに冒頭から無言で私の背後突っ立っていた人に向かって振り返る。


「───ますから即処断止めて憶えてますから!」


「そうか、ならば良い」


 間をおいてから私は話し出す。


「オルカリエの騒動は知っているか」


「………? いやぁ、まあ」


「知らないなら、そうと言う。オルカリエの領主、教会に金銭的に援助してくれていた彼が、娘を虐待していたという事で領主の座から引きずり下ろされた」


「へええ…そうか。ひっでえことする奴が居たんだな」


「貴様も人のこと言えない。オルカリエの騒動では付近に勇者も居た。騒動は教会の人員と勇者で共同で事にあたるよう伝達したのだが」


 すると男は私の言葉を遮って


「既に死んでましたってか? 在り来たりすぎる」


「そうだ。なんだ、知ってる。それでだな」


「いや、俺知らないから、偶然当たっただけで知ってることにされても困るんで」


「……それで、周囲に生存していた協力的愚者のサイトウ。彼も死んでいた」


「ふーん。それで?」


「随分頓着しないな」


「ありとあらゆる愚者が死んだってそんな慌てねえさ。あるならそう───」


「話を進める」


「ええ、あれ?」


「サイトウを殺したのは、例の死んだ勇者。じゃあ勇者を殺したのは誰」


「……そいつが領主を引きずり下ろしたって事に関わってるってのか?」


「そう。幸いにしてオルカリエは教会の手を借りて攻めてくる軍勢を屈服させた後、こちらの国に下っているわ。教会とのパイプを維持したまま。なので、問題は無い」


「無いが、恐らくは愚者の行動。愚者の起こす大事には『天使』が関わってる、と」


「そう。貴様の目的が、関わってる筈よ」


「んじゃ、頑張って調べるしかないなぁ!」


 張り切った様子で男は立ち上がる。


「ところでもう帰って良いだろ? 店が心配でさぁ……あいつらちゃんとやってるかなぁって」


「……いい。店が有る限り貴様は行動を起こさないだろうからな」


「たりめぇだ。苦労したんだぞ……あの店を作るのに何年掛かったと思ってる……」


 黒衣の男の見た目は20歳手前といった所ではあるが、この世界では外見が実年齢に見合わないものは多々いる。


 ドワーフなんかは、見た目老けている者も多い。


 この男はそれらとは毛色が違うが。


「じゃあな」


 来たときと同じように男は小さく手を振って帰って行った。


「お待たせしました。コーヒー、ブラック2つです」


 この喫茶は教会運営。故に異世界風な物が数多く存在する。


 これも、そうだ。


 私は運んできた店員の目を見ながら、


「すいません、頼んでませんよ?」


 ブラックは飲めないのだ。飲めれば無言で頂戴したのだが。


「ですが、あちらのお客様が……」


 店員は、出入り口をさす。


 そこには、憎たらしい笑顔で手を振っている黒衣の男が居た。


「お前、飲めるか?」


 怒るのも馬鹿らしい。私は振り返りながらそう問いかけた。



 平和な日だ。


 忙しい一日が始まり、忙しいまま日が終わる。


 そこには多少の騒ぎはあれど、命のやりとりをするわけもなく。


 今の僕からすればとても平和だ。




「明日何しようかな……」


「エリシアさん? 明日何かあるの?」


「定休日よ、定休日。」


 エリシアさんは鼻歌なんか歌いながら、部屋に飾られた刀を見たり、視線が落ち着かない。


 これから仕事だというのに、テンションが高い。いや、仕事だからかな。


「定休日って有るんですねー、このスパルタというか、ブラックな経営方針からして、無いものだと思ってたよ」


「…………あはは」


 エリシアさんが急に落ち着いて視線を逸らして乾いた笑いを浮かべる。


 まさか無かった時期が?


「前回は踏み倒されたよ……本来6日営業して一日休みを繰り返してるんだけどね」


「大変ですね……」


「まぁ、私はまだ30日位しか働いてないんだけどね」


「あれ、意外と」「意外と働いてますねとかだったらいくらわたしでもひっぱたくよ?」


「い、意外と働いてる時期短いんですね。…そう言えばここに住み込みで働いている人って多いですよね。というか、今いる人たちで住み込みじゃないのフーデラさんとギーツさんだけ?」


「そうだね。皆色々、事情があるからねぇ……」


 エリシアさんが無表情で虚空を見上げる。


「────おい、さっさと着替えて降りてこい!」


「あ、はい!!」


 エリシアさんはハッとして返事をする。


 僕はそんなエリシアさんを見て慌てて


「じゃ、僕は先に行ってますから!」


 そそくさと部屋を出ていくのだった。






 店を開けると、例のごとく数人が入ってくる。


 顔ぶれが同じなので、もうすぐしたら覚えられそうだ。


 ………覚えられたら、何か良くない? 『お客様、いつものでよろしいでしょうか』みたいなこと言えて。


「くだらねぇこと考えてねェでさっさか働け新人」


「分かっ、りました」


 つい反射的に分かってますと言いかけて自粛。端から見ても動いてないから注意が飛んでくるのだから、分かってないのだろう。




「へい、お嬢ちゃん!」


「はいはい何でしょう」


 僕は最早馴れてしまった不本意な呼び名に笑顔で反応する。


 因みに、僕同様馴れてしまったようなエリシアさんは既に反応すらしない。わざとエリシアさんをお嬢ちゃんと呼んだりするオヤジさん共も居るが。


「……いつもの酒、頼むよー」


「分かりました」


「それとっ」


「?」


 僕が踵を返す前に、お客さんは話かけてきた。


「最近、物騒だから、色々気を付けなよ?」


「??」


「定休日だろう?」


「らしいですね、僕はまだここに来て間もないので、この町のこともこの店のこともよく分かってないんですけどね」


「そんなら──」


「─────それなら明日一緒に町回らない?」


 お客さんの言葉を遮って、唐突に掛けられた声に振り返る。


「おいおい、エリシアちゃん?」


「…エリシアさん突然なんで?」


 エリシアさんは非難するような目を向けるお客さんに向けて言う。


「あの仕事中なので出来れば長話などして拘束しないでいただきたいんですが」


「………あー、分かった。すまんすまん」


 それだけでお客さんはエリシアさんに対する怒りのようなものを収め、席に向き直る。


「さって!」


 バンと僕の背中を軽く叩く。


「仕事、ちゃんとするんですよーっと」


 定休日前でテンション高いのかな……。鼻歌でも歌い出しそうなほど明るく、しかも軽く跳ねながら注文を取りに行くエリシアさん。


「………取りあえず注文を…」


 僕は流石にそんな気分ではなく、淡々と仕事をこなすのだった。




 閉店後の店内。


「ほい、海鮮パスタ」


 珍しくディエさんが賄い料理なるものを作ってくれた。


 因みに常ならば作りすぎたと称された料理が出て来たりします。閉店後わざわざ作ったりはしない。


「ありがとうございます」


 そう言って手を合わせてからパスタを食べ始める。


「そう言えばこの店、何か豚みたいな肉から魚類の肉。お米っぽいのから、パン、麺類と……幅広いですよね。メニューが」


「メニューは店長が考えたんだから、多様性については店長が今度帰ってきたときにでも聞いてくれ」


 アルマさんはそう言って壁一面に貼られた料理名の数々を眺める。


「いや、まぁ、確かに種類豊富なのは凄いなぁとか、思います。けど今聞きたいのは材料のことです。食材です……どこから来てるんですか」


「…全部この町で生産してんだよ」


 …………いやいやギーツさん、この町を外から見た感じ。オルカリエと比べてかなり劣る規模の街だよ? それが何種類もの肉を生産したり、魚介類を大量に使ったりと。


 ……勢いで否定したけど、別におかしな事でもないか。


「凄いですね……ここまで多種の食材を扱うなんて、どこか別の町からも仕入れてきてるのかと思ってました」


 少し間が開いてしまったが、そう口に出した。


「アサギさんは町の外から来たんだよね? だったら見たんじゃない? 牧場」


 牧場………? あったかなぁ、そんな所。


 思い当たらないのが、目に見えて分かったのかアルマさんが突然話をぶった切った。


「まあ、とにかく純イシュデリア産と言うわけさ」


 エリシアさんがおかしいな…という視線を僕に向けてから、ハッとしたようにアルマさんを見たあと、優しげな笑みを浮かべたのだが……。


 正直言ってエリシアさんは何を思ってそんなに表情をコロコロ変えてるんですか……。


「あれフーデラもう帰るのか」


 見ると、フーデラさんは既に出入り口から出て行った後だった。


 帰るときのフーデラさんをちゃんと見たことがないな。速さ的に。


「ま、明日は定休日だ。充分に羽を休めてもらおう。そして明後日。しっかりと働いてもらう。俺からはそれだけだ」


「そういう、締めみたいなのは私がやるべきだと思うのだが」


「ンだよやったって良いだろたまにゃあよォ」


「そうか、ならば自由にやるが良い」


 ディエさんとアルマさんは楽しそうに言い争い始めた。


 表情に出ていないが、まあ本気で悪口言い合うような言い争いじゃない。談笑とまでは行かないが。


「さて……」


 もう既に食べ終わっていたパスタの盛りつけられていた皿を洗いに行く。


 そうしていたら、ついでについでにと、全員分の皿を洗う羽目になった……。


 皆食べ終わるタイミングが似ていた上に、食べ終わるのが男女共に早かった。


 それだけ活動したという事だ。と僕は勝手に思うことにした。


「アサギさん?」


「何ですか?」


 エリシアさんが、皿を洗っている僕の背後から話しかけてくる。


 今は魔力は使わずに出来るだけ丁寧に洗っている。


「昼間も言いましたけど、街。案内しましょうか?」


「…あれは、仕事に戻らせるための方便では無かったんですか」


「そうだけど、せっかく休みなんだから1人で出歩くのも何だか詰まらないじゃない?」


「確かに」


 というか、つい最近危険な目に遭ったんだから外に行くという発想自体出てくるものだろうか……。なんて考えもしたのだけれど。


「じゃあ、決まりだ」


「そうですね。よろしくお願いします」


 ま、危険なものは取り敢えずはっ倒せばいいか。と考え直した。


 そもそもエリシアさんは深く考えてないようだが。


「………もっと砕けた言葉遣いでいいんだよ? なんか遠い気がするし」


「そうかな。特に変えたりしてないですよ?」


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