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不完全愚者の勇者譚  作者: リョウゴ
第一部 二章 豊穣の巫女と訳あり集団
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休暇明けの店員


 霜降り山亭で、働き始めてから三日目。


「お、おおおおおはよ……う……」


「んぁー? 知らない人がー? ……いー……るぅー…」


 知らない人が、二人いた。


 妙におどおどしている細身の男と、眠そうにふらふらしている女。


 眠そうにしている女を盾にするように彼らはまだ開店していない店に入ってきた。


「おはようございます!」


 勢いよくお辞儀するエリシアさんを眺めて数秒。漸く僕はこの二人がここの店員だろう事に思い至った。


「おはようございます」


 気付いてからすぐに、しかし声は張らずに一礼。


「んにゃー? 新人かにゃー?」


 寝ぼけ眼を擦りながら彼女は、厨房の方に居たアルマさんに向かって言った。


「あぁ! そうだ! 暫く働くことになったアサギ君だ」


「どうも、アサギです。……こう見えても男ですよ?」


 すると彼女は頭の上にある、それを逆立たせて。


「はにゃー!? とてもそうは見えないにゃー」


 驚いている背後で男がぼそりと


「………なんだ男か」


「そうですよ?」


「うわっ…ききき聞こえてたた?」


 ぼそりと呟いた言葉を拾ってわざわざ彼の目の前で男だと言うと、彼は慌てた。


「まあ、聞こえてました…。それはそれとして、よろしくお願いします。先輩方!」


「よろしくにゃー。……言い忘れてたけど、私は獣人のフーデラ。一応、猫系だった………ような?」


「………僕はギーツ…」


 自己紹介をするフーデラさんとギーツさん。


 フーデラさんは半開きな目でしっかりと僕を見て、ギーツさんは言葉少なにそっぽを向いた。






「相変わらず、店は混んでるにゃー……」


「………そりゃそうだろ」


 僕は今日来た二人の様子をチラチラ見ていた。


 フーデラさんは注文を受けながらたまに欠伸をしたり、立ち止まって目を擦ったりと、殆ど真面目さを感じない。それでもエリシアさんよりも仕事をこなしている辺り、エリシアさんが新人でフーデラさんの方が長く居るんだろうなとは思った。


 そもそもエリシアさんが来たのもつい最近のことらしいですけど。


「………よし。出来た」


 そしてギーツさん。彼は厨房で、聞こえる限り悪辣な独り言を呟きながら料理していた。


 まあ、ギーツさんは人の独り言に対して、独り言を返しているだけだけども。


 彼の手で作り出された料理は、見た目も予想される味も僕が作った物よりも数段上だった。


「よいしょっと」


 かく言う僕は、目立つことも(いと)わずに、魔力を用いて皿を運ぶ。


 濃度を上げた空気中の魔力は、銃の弾丸すら阻むだろう───と勝手に思っているのだけど、そう思うくらいに固く出来る。


 《魔力操作》のお蔭でその形状は変幻自在。運搬にもってこいなのだ。


 運んだら、テーブルを拭いて。


「おい嬢ちゃん! こっちに注文取りに来てくれ!」


「はーい!」


「エリシアちゃんじゃねえよ! そっちの髪の色の変な嬢ちゃんだよ!」


 和やかに何度目か分からないやり取りを聞きつけて僕はそちらの方に向かう。


 訂正しないのかって? 多分しない方が店的に都合は良いんじゃないのかな……一応僕は女だと一言も言ってないから。一言も。






 今日も昼から真夜中まで店は常に開いていた。


 しかし今日は昨日までとは違い二人多い。


 それだけで、仕事が多少は楽に────


「ぼさっとしてねぇで働け新人」


「うひゃあっ!?」


 ───全く楽にはなっていない。


 元々負担が有りすぎて今更一人二人増えたところで、焼け石に水と言うか。そんな感じで。


「あっぶないじゃないですか! 今背中に何したんですか氷ですか氷入れたんですか!?」


「ぎゃーすか喚くな仕事中だ」


 ディエさんが悪戯してきた。服と背中の間に入った氷は、そのまま通過することもなく霧散した。


 ディエさんが魔法でも使って来たのだろうか? と僕は思い切り睨み付けながら


「……皿落とすところだった……」


 と、せめてもの抵抗と小さく呟いた。


 しかし、その直後、きっと聞こえないように小さく呟いたのだろうが。


「………ちっ、男の癖に……そんな女らしい悲鳴上げやがって」


「ねえ聞こえてるからねギーツさぁぁん!?」


 はっきり聞き取れた。


 が、しかし今さっきディエさんに叱られたのだ。攻撃は自粛した。



 今は。



「ふう…………」


 深夜。仕事とやり残した事を終えて、エリシアさんの部屋に向かう。


────つい夜中だと言うのに………流石に道路を抉るのはやりすぎたかなぁ……。


 エリシアさんは部屋に先に戻っていた。


 ギーツさんを土に帰すか悩んだけど、たったあれだけでそんなに怒ってたらキリがない。一瞬だけそんな考えが浮かんだことに、少しばかり自分でも驚きつつ、結局ギーツさんを道のど真ん中で叱りつける位に留めておいた。


 地団駄で、地面を抉れるとは思ってなかったけど。


 そしてそんな光景みせる必要ないと思ったので、エリシアさんは既に部屋で寝ているというわけである。


「おじゃましまー……す」


 ゆっくりと扉を開け、部屋を見る。


 慣れない且つ既に部屋が暗いので、どことなく罪悪感のようなものを覚える。


 侵入者みたいだなぁ。と呑気に考えていると、部屋の最奥。


 窓から差す月明かりで分かるが人が立っていた。


 その人は、こちらに赤く光る瞳を向ける。


「……っ!?」


 それだけで僕は後ろ手で思い切り扉を開け放ち下がった。


 二階の廊下は辛うじて灯りが灯っている。つまり向こうから僕の顔がしっかりと………とまでは行かないだろうけど認識できるはずだ。


「な、なんだぁ……アサギさんか……驚かせないでよ」


 予想通り、玄関に居たエリシアさんが納刀と同時に安堵の声を漏らす。


 刀は模造刀なのか、刃は付いていなかった。


「…………お、どろかせて、ごめん」


 僕は言うべき言葉が見当たらずにそんな事しか言うことができなかった。本当は正直に、驚いたのはこっちだと叫びたかったが。


 エリシアさんの怯えの混じるその顔を見ただけで、そんなことを言う気力が失せた。


 エリシアさんは小さく首を横に振ると、踵を返してわざわざ灯りを付けてからベッドに潜り込んだ。


「…早く、寝ようか」


 僕も、さっさと布団に潜り込んで、灯りを消した。


 しかし、さっきのエリシアさんの動きは……………。


 そんなことを考えながら今日も夜は更けていくのだった。



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