目標はノルマ、ノルマは目標
開店準備が完了した。
そうディエさんが宣言すると、わたわたとエリシアさんが店の前に行って「開店しましたー!」と言った。
見れば既に店の前には何人か、常設されていたベンチに座っていた。
「開店待ちが居たの……?」
「いつも通りだ。多いときは列になるが……まあそれは店長居ないなら有り得ないことだから、気にするな」
「列………!?」
この店、人気あるのか…。
その後実際、朝早いというのに席は殆ど埋まってしまった。
運ぶ料理は、何故だろうか。魚の塩焼きとか、お米っぽい物とか、何かほうれん草みたいな物のおひたしとか、もはや味噌汁にしか見えない汁物とか。
和を感じる物が多かった。
「へい! 嬢ちゃんこっち!!」
「はいはい!」
「エリシアちゃんじゃねえよ、そっちの髪の長い嬢ちゃんだ!」
「え」
笑いながら、そんな事を言うガタイの良いお客さんに、仕事中とは言えエリシアさんも、言われた僕も唖然としてしまう。
「じょ、冗談だよ……注文頼むわ…」
その結果申し訳無さそうに小さくなるお客さんと
「………はーい!」
営業スマイルとはっきりわかる程に不自然な作り笑顔を纏い、その席に向かうエリシアさんを見た。
僕……何でか普通に女用制服着ているけど、男なんですよ………。
女扱いされる職場に、僕はため息一つ吐いて気分を戻す。
「おーい、髪の色が変なお嬢ちゃーん」
「………はーい」
もうどうにでもなれ。そんな投げやりな気分でやけっぱちに丁寧な仕事を心掛けて。
「って休憩無いんですかブラックですか昨日は思い切り休憩してましたよね!?」
既に昼時のピークは越えた頃である。それでも昨日は店を一度閉めていたというのに今日は閉まっていない。その事を仕事の片手間に文句を言っていた。
「仕事中に騒ぐなうるさい」
「ディエさんだって、忙しいの分かりますけど」
「マジでうるさい。手を休めるな、大体、この調子で昼の後休んだら店長の留守中のノルマ達成出来ないんだよ」
「壁に貼ってあるあれは目標であってノルマではないのでは? ないのでは?」
厨房の壁に貼られている一枚の紙には、「売り上げ目標金額1000000エクス!」と、きれいな文字で書いてあつた。
「あ? ノルマが目標に決まってるだろ、当たり前だろ」
「そうですか……あ、出来ましたよ? 熱いですから気を付けて」
何が出来たのか。
それは料理だ。ディエさんに言われたとおりに具を入れて調味料を混ぜて炒めて盛りつけたものだ。
ふつうの野菜炒めですな。調味料がよく分からないもの使ってるけど、異世界だし、さすがに塩は分かるけど、なんか胡椒っぽいのあるけど、味が何か違うとかある。
マヨネーズっぽいやつと言いそういうのはあるようだ。そんなに気にしないが。
「ふむ………思ったよりやるな」
「そりゃ言われたとおりにやればこんな感じじゃないんですか?」
「下限が居るからな。エリシアと言う……あいつのは酷いぞ、言った事を守ってるつもりで全く違う物を作り上げやがる。唯一魚の塩焼きは出来るがそれ以外はマジで何作ってるのか分からん」
「………そういう人、居るんですね…」
何を作ったのかディエさんの表情はおぞましい物を思い出したようで暗い。
「ま、それに比べりゃお前のそれは即戦力に値するんだよ」
「この店、人気あるのに僕みたいなのが適当に作った料理を出しても良いんですか?」
「人気ってなぁ……店のためにゃあ店長だけがモノ作ってりゃあ最高なんだが、店長は1人。それをし続けるのは出来ないんだ。まあ、それでも客は来る。何とかするためにゃ、猫の手だろが借りたいモンよ」
「店長料理うまいんですか?」
「うまいなんてもんじゃない。アレがなけりゃこの街に来なかった、何て人もいるくらいだ。こんな辺境に」
「へぇぇ」
「そんなのと比べりゃお前も俺も大して差はないんだよ、だから気にすることはねぇんだ」
そう言っている間もディエさんは料理を生産し続ける。
ただ少し悔しげに。
「まぁ、気にする前に作れって事ですよね」
僕はそう言って、注文通りに料理を作り始める。
「……何だよ、分かってんじゃねぇか」
とても意外そうな表情でディエさんは言った。そこまで意外かな?
「ともかく、そんな店長に追い付くのが。……いや、追い越すのが当面というか、目標だ」
「ノルマですね」
僕は口元だけ綻ばせて口を挟んだ。
「………まあ、そう言うことに………なるか」
ディエさんは、否定をせずに頷いた。




