波乱の幕開け
「あ…………ああ…………」
何もない空間で、男が白目を剥いて気絶している。
男にも女にもその背中から純白の羽が生えているが、別段おかしな事ではない。
彼等は天使だった。
「全く………男というのはどこも誰も、扱いやすいわね」
呟いた女はゴミでも見る目で、その男を見下す。
しかしそれは一瞬だけで女性は翻って伸びをし、やる気に満ちた目をして歩き出す。
「良い情報を、ありがとうね番人さん? って聞いてないわよね」
女は陽気に歩き出すがしかし、答える声はあった。
「…………まて……罪人がぁ……」
「あら? まだ。しぶといわね」
気絶していた筈の男はか細い声でそう言ったが、女は全く気にした様子は無いのか、見向きもしない。
その代わりに
「でも、あなた、そんなに恨みの籠もった目で私を見ると言うことは堕天しそうね。私が手を下すまでもなく」
女は心底詰まらなそうに、しかし内心楽しそうな顔をしながら男の方を見ずにそう言った。
男は、己の背中を見て絶叫した。
「全く………本当に扱いやすいわ……と言うか、うるさいわね…。かと言って私じゃ静かにさせることは出来ない─────」
女は己の翼を見て、一旦思考を止める。
「──危ない危ない。私としては別に堕天する事も悪くはないとは思うけれど心証が悪くなるものね。全く、信仰対象になるのも大変ね………どこでしくじったのやら」
「………やぁね、こんなどこがどこだか分かんない空間だと。気が狂っちゃうわ。」
休みを挟みつつ独り言を、呟く。
女の狙いは次に来訪する己の信者。
「まぁー…さぁー…か。転生させるときに与える超強能力。彼らの中ではチートと称されるそれがあれば………下界に降りられるなんて…」
そうして呟いているうちに女は狂いそうな白の果てに、小柄な高校生位の若さの男性が唐突に出現した。
「彼には……苦労させてしまいますけれどね………ふふふ。チート抜きで生き残れるかは、彼次第………あれ?」
「あれは、信者じゃない? これで何回目よ。私に信仰心無い人を誘導するのは大変なのよね……」
「まぁ、あの年頃なら別に異世界転生出来ると言えばハイと即答してくれそうなものだけれど、どんなものかしらね……」
そう言って、女は新たな来訪者の元に向かう。
──────己の目的を果たすために。
信心なき来訪者を嘘で騙して空間に穴をあけ、落とした。言ってしまえば転生させた。
「チョロいものね。元の世界にそんなに未練があるのかしら」
恐らくはあの男は今文字通り奈落へ落ちる気分だろう。
「私自身の力もそろそろ尽きてしまいそうな頃合いでしたし、ちょうど良かったのよね。丁度────」
手元で柄、鍔、刃の長さから十字架を彷彿とさせる剣をくるりくるりと回す。刃の方が柄よりも短いが、槍と言うには短い。
女は待ちきれないと言うように呟く。
「────私自身が行けるように成りましたし。下で会えたら、礼の一つ位言わせてもらいましょう……ふふ」
逸る気持ちを抑え、手元の剣を足元に突き下ろす。
すると突いた所から波紋が広がり、見る見るうちに白が薄くなる。
一定を越えると………ほら。
「あの女みたいな外見の男……名は確か……」
穴が空き、今まで何人も送り出してきた世界に自分が降りる。
心地良い風を浴びながらその穴から落ちる女。
羽を広げずに楽しげに叫ぶ。
「私が人如きの名を覚えるなんて普通のことではないのですからね! 浅葱優!!」
楽しそうに剣を片手に減速せずに自由落下する女は最後にこう叫んだ。
「ああ!! なんて美しい世界!! これでこそ─────────」