だましうち
「お前が出した魔力のせいでいくつか動作不良が起きたんだが?」
「えっ」
業務時間が終わり、休憩室で着替えた後。僕はディエさんにそう言われる。
「俺らは気付いてたが何だお前のあの魔力は。密度は大したこと無いが量が異常だ。なんだあれ」
「MP量が多いので自然とああなっちゃうんですよ」
「そうか。まあ、それはおいといて」
ディエさんに連れられて、アルマさんが清掃している中、厨房に来た。
「………魔力使用機器ばっかり……」
「ああ、そうだが……文字、読めるのか?」
本で学んだとおり、しっかりと読めている。辞書みたいなのが混ざっていたんだ。
「一応は。……まさかこれが全部壊れたなんて話じゃ……」
「安心しろ、コンロだけだ」
「そうですか……安心……って」
「急ぎで買いに行けば間に合う。だが、お前。負債が増えたな」
うげ………マジですか……。
「嫌そうな顔するな………と言うわけでこの分取り返すくらいは働いて貰うぞ」
「…これでも一応冒険者なのでそっちで返済って言うのは……」
「駄目だ。冒険者は安定しないから逃げられる心配がある。そういう訳だから明日からもよろしくな?」
二人が去った後、厨房にはアルマのみが残る。
「全く………わざわざぶっ壊せなんてディエが言うからなんだと思えば……そんなにあの少年が有能に見えたか………? 人手不足なのは明日まで位だしな……」
不思議なものだ。アルマはそう呟いて厨房を後にした。
誰もその呟きは聞いてない。ましてやアサギは知る由も無いのだった。
「はぁ……明日もか………」
明日は朝から働く事になっている。
重い足取りで店を出た後は、特に行くべき場所が………って…。
「…金も寝床も無いや……」
仕方ない。今日も野宿か……。
この世界に来てからまともなところで寝た経験など一回しかないじゃないか。憤慨だ。
「あれ? アサギさん」
「……エリシアさん?」
後ろから声を掛けられて振り返ってて見れば、後ろにはエリシアさんがいた。
既に夜は更けきっている。と言うか真夜中と言って良い。
そんな時間に女の子が1人で外を出歩くのは、少し心配だ。
「って何の用? エリシアさん、店に住み込みで働いてるんじゃなかったけ?」
そう。店の二階部分、そこはいくつか部屋があり、従業員の何人かはそこに住み込みで働いているのだ。
エリシアさんもそこに寝泊まりしていて、どうやら従業員ならば利用しても良いらしい。言えば。
「そうですけど……そんなことよりもアサギさんお金ないんですよね?」
「そりゃもう。一銭も?」
あっけらかんと答える僕に、呆れたようにため息が返ってくる。
「…いや、一応売れば多少の金になる物は………持ってないわけじゃないよ?」
本とかナイフとか本とか本とか。
「ディエさんはわたし以外に唯一ちゃんと事情を把握している癖に、気が利かないですよね本当に」
「?」
その言葉には疑問符しかない。まぁ僕に金がないことは店員みんな知っていると思うんだけど……。
「あ、アルマも知ってたよね、そう言えば。……とにかくアサギさんは泊まるところ、無いんじゃない?」
「……そうだよ?」
「何で平然と………」
いや、だって諦めついてるし。
「まあ…慣れてるからね、こういうのは」
「そうだとしても、あまり君みたいな子が外で寝起きしているのは私としては看過できないな、と」
「そうなんですか」
「当たり前でしょ! 助けて貰ったんだし…」
「いやぁ…助けたって、大した事はしてないけど」
「………むー」
…本当に大した事してないんだけど。
「とにかくっ、わたしの部屋に泊まる? アサギさん」
え、それって……。
「……良いんですか?」
従業員でもないのに、とか、男子ですよ? とか言おうとして結果口に出たのはそんな言葉。
というか、本当に良いんですか?
「良いよ、当たり前じゃない。助けて貰ったとかそういうのじゃなくても困ってる人を見捨てるのは違うでしょ?」
「……そんなに困ってるわけじゃないんだけど…」
「じゃあ、部屋のふかふかベッドよりも外に吹きさらされた固い地面の方がお好きと?」
「そりゃあ」
「でしょ? なら、来てよ」
エリシアさんは店の中に入っていく。
僕は戸惑いながらも、彼女についていった。
エリシアさんの後についていって、『霜降り山亭』の二階へと登る。
二階に登ると、一本の廊下が直線的な階段と直角になるようにのびていた。
「こっちよ」
廊下の右側には四つの扉、左側にも同じように四つの扉があった。
エリシアさんは右側一番奥の扉を開けて手招きする。
「空き部屋は残念ながら無いの。狭いけども、それは我慢してね」
先に部屋に入ったエリシアさんは部屋を明るくし、僕はその後エリシアさんを追いかけて部屋を覗き込む。
「………おぉ」
床はきれいで、部屋を見た感じでは物は整頓されている。しっかりと掃除されているのが見てわかる。
ただ、一つだけ言うとすれば…──
「狭くない?」
「寝て起きるだけの部屋としては最低限布団おければ問題無いからね」
その部屋は玄関から続いて短い廊下に台所、リビングはドスンと置かれていたベッドに半分のスペースを占領されていた。
因みに、風呂みたいな場所は何でか一階に存在していた。
「そうなのかな……」
「そういうものよ、贅沢するつもりは今、私にはないし…」
「そうなの……? 所で…」
僕は部屋を見渡し…と言ってもそう広くはないのでめちゃくちゃ視界に入っていた物について聞く。
「あれ、なに?」
壁に水平に掛けられている刀。
金で華美な装飾のされた鞘に収められた刀だった。
それを指した僕に対して、エリシアさんはベッドの下の収納スペースから布団を出しながら、さもどうでも良いことを言うような平坦な声で答える。
「親の持ってた刀。ここに来るときせっかくだから持ってきたの」
布団を敷くと、もはや床が出ているところなど見当たらない。
エリシアさんは床に敷いた布団に入ろうとする。
「ちょっと待って、エリシアさんは部屋の主なんだし、ベッドで寝てよ! 僕が床で寝るから!」
「………いや良いのに」
「いやよくないよ!?」
そう言うとぶすっとむくれてエリシアさんは渋々とベッドに入り込んだ。
それを見届けると、僕も布団に入る。
「灯り、消すよ?」
そう言って、今僕達を照らしていた照明器具へと供給する魔力を切り、部屋は真っ暗になる。
「エリシアさん」
「何?」
「…ありがとうございます」
「………ふふっ」




