お礼
ふらついていたら、飯にありつけた。
正直間に何があったかは殆ど記憶にないが、辛うじて今。
「はいどうぞ?」
料理を運んできた女性を助けた流れでここに来れたのは覚えている。
ごくり……。
目の前のテーブルに置かれたいくつかの料理を見て思わず唾を飲み込む。
「全く、買い出しに行かせたら何も買わないで男ひっかけて帰ってくるとか……」
「ええっ!? この人男だったんですか!?」
そして僕は呟いた。
「…………美味しそう」
「…有るもの焼いただけだ。それは料理とは呼べないが、量ほしいっていう君の要望通りにはしたぞ」
言われたとおり、火を通された肉がどさり、茹でられた野菜がどさりと置かれているだけだが。
────それは決して異臭を放つわけでもなく、非常食の類ではない。それだけで今の僕には充分すぎた。
街に入るまでなら、美味しいと言われれば蜘蛛でも食べそうな位だったのかもしれない。
「……これは?」
僕は一つ、白っぽい何かの入った器を指す。
それが僕の目には、マヨネーズに見えた。
「それは野菜にかける。残念ながらそれしか無かったが、我慢してくれ」
………我慢も何も、マヨネーズ。
僕は取り敢えず、横に置かれたフォークで肉を一切れ刺して口に放り込んだ。
「……取り敢えず、エリシア。私は買い出し行くから店番よろしく」
時間を掛けないようにシンプルに味付けされたそれは、シンプルであるが故に味に差が出やすい……とかどうでも良い。
美味しい。
「あ、はい。……って、わたしが行きますよ! 行かせてください!」
手が止まらず、肉を次々と口の中に詰めていく。
「エリシアに行かせたら、また変なことになりかねん。それよりは私が行った方が良い。」
………と、肉ばかり食べ過ぎた。野菜も食べないと。
何時の間にか出されていたコップ。それに注がれていた水を、口の中の肉を飲み込むのと一緒に流し込む。
そして野菜を一つ、盛りつけられていたレタスのような葉をフォークで刺し、そのマヨネーズ(のようなもの)に付ける。
野菜を掴むなら、フォークより箸の方がやりやすいと思った僕である。この感想は要らないか。
「ほんじゃあ、行ってきます」
「はい、いってらっしゃい………」
────酸っぱぁっ!?
思っていたよりも酸味が強い事に驚き、手どころか表情まで固まる。
マヨネーズとは別物だ。見た目マヨネーズだし、質感もかなりマヨネーズなのに!!
「………はぁ…」
そんな感じで、食べることに夢中になっている僕の向かいに、ため息を吐いた女子が座る。
「さっきはありがとうございます」
僕は野菜を手で掴み肉を巻いて、それを丸飲みにするのが美味しいのを見つけ、それを実践し続けていた。
うむ、美味しい。
「………あのー?」
何の肉か分からないし、野菜も何なのか分かんないけど。美味しければ問題ない。
一気に人間らしい生活をしている気分になったよ………。
森の中じゃ、固い地面に寝てたりしたからなぁ。落ち葉とか下にしけばって? 知らん、そんなもの無かった。
「き…聞いてます?」
「ん? はひかひっは?」
何か言った? と聞いた。
僕は食事に夢中……と言うか多少疲れていたのもあったのか、半分位寝ながら食事を摂っていた。いや、最初は感動で起きていたのだけど食べ始めてから急に安心したのかな、眠気が……。
…ともかく、目を擦りながらようやく気付いた僕は聞き返すと。
「口に物入れた状態で喋らな…くてもいいです」
そう?
僕は取り敢えず口の中の物をすべて飲み込んだ。
「それで、なんで僕の向かいに座ってるの?」
「……話聞いてました? いえ、まあ、たいして話していないんですけども……」
「ごめん、聞いてなかったよ…」
「そうですか、へぇ」
女の子の目が少しだけ据わった…。それとともに黙り込んでしまう。
それならば一回食事の手を止めて、話をしよう。
「えっと、僕はアサギです」
「……わたしは、エリシア」
「僕はこの街、初めてきたんだけど……街の名前は?」
「イシュデリア。…街の名前も知らずに来たんですか? どこから?」
どこから、という質問にどう答えたものかと考える。バカ正直に答えるのは危ない。
しかし、目の前の女の子は腕を組み、うんうんと唸った後に。
「まあ、詮索は良くないですよね。助けて貰ったんですし」
「………」
「あー、それでしたらばお代はいりませんよ。助けて貰ったお礼ですから」
一番聞きたかった事を答えてもらえた。質問もせずに。
金はないからな。金目の物なんて本くらいしか無いし。
「ありがとう」
「いえいえ………つくったの、わたしじゃないですし…」
顔を背けてエリシアさんはそう言った。
「何が『お代は要らない』だバカエリ! そいつは客だろ!?」
「ディエさん!? いつからそこに!?」
「今来たんだよ、俺様は夜担当だろ?」
そう言うと、なんか変な風に聞こえるんですが…。聞こえないか。
店の扉を閉めながら、その入店してきた肌黒いディエと呼ばれた男はそう言った。
「とにかく、何があったか事情は知らねえが、飯を出したなら金を取る。それは当たり前だろう。材料はタダじゃねえんだよ」
「はぃ……」
エリシアの亜麻色の跳ねている癖っ毛がすべて萎れたように下がる。
「………すいません、金無いんです……けど……」
「だろうな。そんな顔してやがるよ」
顔は関係ないんですが。
どうしましょう。
「あ、あの! ディエさん!」
「あんだよ、新人」
「さっき、この人に危ないところを助けて貰ったお礼なんですからタダでも……」
「どうせアルマとかだったら許しちまいそうだが、俺は良いとは言わない。どうせいちゃもんつけられて衛兵に突き出されそうになったとか、そんなんだろ?」
違います、なにされそうだったかは分からないですが、そういう軽いものとは違うと思います。
僕は心の中でそう思ってはいても、口には出さなかった。
「…………」
で、エリシアさんは無言、と。
「だから安心しろ、衛兵とかには突きださねぇ」
「本当ですか!」
因みにそういったのは僕じゃなくて、エリシアさんだ。
「ああ。そのかわり、一食分稼いで貰おうか。その体で」
「「え」」
声がハモった。




