浅葱優の苦難
「ほら、早く片づけろ。三分でな?」
「飯作れ、五分。それ以上ならその死体山に捨ててくる」
「早く起きろ、もうベアーは活動している時間だ………あ? 四時だよ四時」
「んだよ……1人でベアーも狩れないのかよ…んじゃあベアーの首取ってくるまで帰ってくんな、分かったな」
「肩揉め、断ったらドラゴンの巣な?」
「飯作れ、断ったらドラゴンの巣な?」
「暴虐? 感謝してほしいくらいだよ、助ける価値もないニンゲンを生かしておいてやってるんだからな……おいなんだその手は、やるなら相手に…なんだよやんねえのかよ、詰まんねぇな」
「おお、帰ってきたな。次はどうするか………やっぱりドラゴンの巣か? ベアー群生地に放り込んでも生きてられるなら問題ないよな」
……鬼との生活は概ねこんな感じでした。
鬼は自己中心的で、僕の身のことなんて一切省みません。
確かに気紛れで助けてもらっていた以上、そんなことをする気はなくてもおかしくはない。
でもそいつは確か『鬼が悪い奴じゃない』ということを知らせてほしくてやってるんだったはず。
────…………そうだよね?
でも実際は僕を下僕か何かと思っているのかこき使いまくり、生きる能力なんてものは殆ど鬼からは学んでません。
………自然は偉大です。全ての力で対向しなければ理不尽を以て殺しにくるのですから。自然からはたくさん学びました。
「魔力を、ゆっくりと放出するんだ。こう、もわーっとほやーっとな? 違う違う」
………鬼から学んだ技術は一つだけである。
「そ………違うっての、そんなぼやーって出し方じゃなくてな。って、なんだよその魔力……密度は大したことないのに俺を圧倒するだと……」
《鬼剣》である。
「まあ、そう言うもんだ。やれば出来るじゃないか」
教えられて一週間でやっと形になった。曰く基礎中の基礎らしい。そしてなんと、説明はほとんどされていない。
《鬼剣》術者の魔力を圧縮し対外へと出し、剣に纏わせることで剣の性能を向上させる。
ステータスはすべてを知っていた。抽象的だけど。
あと、この魔力って【MP】のことらしい。ややこしい。
因みに、魔力を体外で操作することで《魔力操作》を覚えた。
実際使っている間MPは減ったり減らなかったりする。
「もうやだ………」
僕は森の中で1人ごちた。何十日にも及ぶ苦行のような鬼との共同 (?)生活に嫌気が差し、遂に街へ向けて移動を始めたのだ。
勿論鬼に黙って。
あと、何十日なんて言ったけれど、実際は紅節に突入しているくらいなので………2ヶ月くらいはこの山で生活したと言うことだ。
嫌なのに、何故そんなに残っていたのかって?
「……山は危険だから、実力不足を感じて……だよ…」
現れた熊のような魔獣を腰に吊してある剣でその首を刈り取りながら呟く。
剣は、鬼が長年山で生活する内に見つけた物らしい。片手剣で少し重いが、扱いやすい直剣だ。
……何だかんだ2ヶ月も居れば鬼の外見に馴れるものだし、話すものだ。
実際は今片手間に殺した熊の巣窟に叩き込まれたりして離れていた時期はそれなりにそんざいしてるんだけど。
首を失った熊は、その断面から大量の血を吹き散らし、辺りを赤く染める。
流石に血塗れは嫌だ。なので《鬼剣》を応用し魔力の傘を作る。
降り注いでいく血を魔力で受け止めることに成功する。
常人には出来ないが、僕には少々おかしなMPがある。それに物言わせて異常密度で血を阻んだのだ。
「多分、普通に死んでただろうな……前なら」
熊………正しくはベアー。素人なら1人のとき出会ってしまったら逃げろ、運が良ければ生き残れるだろう。なんて言われる生物だ。今はもはや簡単に殺せる生物でしかないが、オルカリエを出た頃の僕では確実に殺されているだろう。
「そう考えると………良く生きてるなぁ……妖精様々だったのかなぁ……」
剣をしまい、リュックの位置を正す。
「何だかんだ、時間はあったからなぁ」
持っていた本は大体内容を理解した。後から気付いたが、色々貰った覚えのない本があった。語学だとか、色々常識的な事が書いてある本だとか。
おかげで、文字が読めるようになりました。これから行く街の文字の種類が違ったらどうにもならないけどね。
熊は放置した。そのうち何かが食べるだろう。
不味い肉はもう食べない。
しかし鬼から逃げるように下山し始めてから八日。
なかなか森から出られない。
間違い無く同じ方向を目指して移動しているのだが、そもそも広大な山の中を移動しているのだから中々でることは出来ないのは頭では理解している。
周りの風景が変わらない事は少しばかり僕を心配させる。
もしかして、同じところをぐるぐるまわっているのではないかと、つい思ってしまう。
四つの柱を見てそんな考えを捨てるのだけど、無意識に見上げる動作に自分で気付き、少し休むことにした。
「…………ちょっと見てみようか」
僕は荷物を下ろさずに、思い切り飛び上がり、手頃な太い枝の上に手も使わずに着地。
そこから周りの木の枝を見て、折れなさそうなものを見つけては飛び乗り、飛び乗り。
いつの間にか、周りに太い木の枝が見つからないところまでのぼっていた。
「おおー………もうすぐだ!!」
僕は感動のあまり大きな声を上げる。
しかし、それはいけないことだったのだろうか。
「ガウゥ?」
地上で、気持ちよく眠っていたドラゴンを起こしてしまった。割と近くにいた事に僕は気付いていなかったのだ。
取り敢えず気付かれないように動きづらい木の上に居続けるか、気付かれても良いから地表で逃げるかを天秤にかけた結果として。
僕は枝から飛び降りた。
そこにいたドラゴンは大きな羽が背中に生えている細身の、翼竜であったことがその判断をさせたのだ。
随分高いところから落ちたとはいえ、《魔力操作》は便利だ。衝撃の緩衝に使える。
その着地で発生する騒音は完全には防げないけれども。
「どうするかなぁ……」
ドラゴンはゆっくりとこちらに歩いてきている。あまりやる気は無さそうだった。
と、言うことで全速力でドラゴンから走り去る。
幸いにして、街はもうすぐだった事をこの目で確認している。街まで逃げ切ってしまえば、こちらのものだという考えが僕に元気をくれた。
森を抜け、丘を走り、街の前。
「はぁっ……はぁ……もう、追って……来てないよね」
実際かなりの間走っていた。森から街までそう遠くはなかった。
ドラゴンはいつの間にか追うのをあきらめていた。
「さてと、街だ」
思考から魔獣を追い出し、目前の街に切り替える。
すこし歩き、街の入り口まで辿り着いた僕は、衛兵に冒険者カードを見せて街に入る。
割とあっさり入れてしまった。すこし、入れるか心配だったんだけど……。
正直、敵対国からの移動だったし、向こうもこちらも戦時中のはず。少しも警戒されていないような対応に拍子抜けしていた。
「…………って安心したら」
街に入ると、まず感じたのは香ばしい肉の香り。スパイスとかー…色々。
とにかく、森の中ではそうそう嗅ぐことの出来ない香り。
街の外観、文化がどうとか。どうでも良い。
その匂いで、僕の中の考える能力が麻痺し、一つのことしか考えられなくなった。
「お腹空いた………っ!!」
つまり、そう言うことである。
何も考えずに歩き回っている内に籠を腕にかけた少女が誰かに周りから見えないような路地に引きずり込まれるのを見て、思わず飛び出てその悪そうな誰かを伸した後。
僕はこの世界に来て始めてであろう。念願の「まともな料理」に出会えたのだった。




