とある店員の不運な時間
太陽が天高く昇り、雲は緩やかに流れる。
湿った風が街へ潮の香りを流し込む。
街では朝市の売れ残りを処分すべく安く売りに出される商品を狙う人達や、騒がしく昼間から酒を飲む人やらで今日も今日とて騒がしい。
街に整備された道を行く人が絶えることはない。急ぐ人もそうでない人も。
今日も、『イシュデリア』の街は賑やかだ。
わたしにとって、イシュデリアは第二の故郷である。
丁度、昼の営業時間が終わり、夜の営業の仕込みに入った店のテーブルに頬杖を付いたわたし、エリシアは忙しい時間を凌ぎきった事によって疲れたので、我慢ならず。
しかし、そんな様子を他の店員に見られてしまえば───
「エリシアー、のんびりしてるようだけど、掃除は?」
座り込んできっかり三秒で声を掛けられる
「やりました………けど少しくらい休ませてくれても……?」
「店長居ないんだから、仕事は山積みだぞ。どうしても休みたいなら、フーデラみたいに休暇取れ。受理してくれる人間はいないがな」
「………そうですよねー……」
わたしを注意した女性の名はアルマ。空の色を移してきたかのようなきれいな青い髪、人間であれば珍しい真っ黒な瞳。
この店『霜降り山亭』店長代理を勤めるまじめな人だ。
「そうだ。エリシア、買い出し行ってくれるか?」
「………わたしで良いんですか?」
「人手がないのだから、仕方あるまい? それとも、ギーツのように『僕じゃあぼったくられないか心配で行けませんんん!』と泣き叫ぶような事態になるのか?」
「そんなことしません!! ちゃんと買って来れますよ!」
ムキになってそう言うと、アルマは紙とペンを取り出して、何かを書き込む。
「品質と値段に気をつければ問題ないだろう。最悪店への招待券を渡して、品質を保証させれば問題ない」
アルマは『自分で提供した材料で料理が提供されるのだから、良いもの出せよ』みたいなことを言うように言ってきてるのだ。
「……分かった」
私はメモを受け取り、街へと繰り出した。
「寄り道したり、変な人について行っちゃ駄目だよ?」
「分かってるよ!」
全く、エルフと言うか、年寄りは本当お節介だ。そんなこと分かってるのに。
そう、アルマの長い耳を見て心の中で愚痴った。
────そう分かってると思ってた時期がわたしにもありました。
「たーっ、痛ってえなぁ? 肩の骨折れちまったよー?」
まるで肩は痛そうに見えない大男。行動が痛い。
在り来たり過ぎて、そんなことになるとは思ってなかった……。
「癒術代出して貰おうか? 四十万エクス」
大男の隣に居た見るからに小物な小柄な男が威圧的な態度でそう言った。
普段ならとても怖くないのだが。
「お嬢ちゃんがぶつかってきて、コイツの肩、逝っちまったんだぞ? どうすんのが筋だよ?」
とても簡単だ。男がぶつかってきていちゃもんを付けてきた。それだけだ。
「え、えと…あの……」
小さい方より、自称肩の骨折った大きい方の男の睨みがとても怖くて、わたしは小さく震えていた。
その様子を見て小さい方の男がいやらしく笑う。
「悪いと思ってるならさ、早く出せよ。金」
「………むり………です」
「ああ? 聞こえないなぁ? ちょっとこっち来て貰おうか?」
「ひ………」
大男が無表情で一歩前に出てくる。
「来い……払えないなら体で払って貰う」
そのまま手を伸ばしてきてわたしの腕を掴もうとする。私は咄嗟に
「いやっ!」
その手に叩きつけるように振り払う。
弾かれた手は何処を掴む事もなく宙で静止する。
大男はその手をぼんやりと眺めていたが、すぐに小さい方の男が騒ぎ出す。
「ああ? コイツの手までやりやがったよ!!」
その大声に大男は反応して手を出してくる。
「来い!!」
さっきとは逆の手で掴む。今度は思い切り強く掴まれ、払えない。
周りを見てもいつの間にか人はいない。
どうして………。
そのまま力任せに日陰になるような小さな路地に連れ込まれそうになり、ハッとして全身を使って抵抗する。
しかし大男は、そんなわたしを煩わしいと、腕を握る手に力を込める。
骨がミリミシと音を立て、痛む。
抵抗する力が抜けてしまい、絶望感から小さく呟く。
「…誰か……助けて…」
しかし、それに呼応するような都合のいい展開など有るはずがないと私は思った。
遂に路地へと引きずり込まれて────
「───何してるんだよ!」
突然の声、先程まで居た道からだ。
見ると、その声の主は女の子だった。
「あぁ? 何だてめぇ」
二人が私とその人の間に立ちふさがるようにしていた。
「いや、いやいやいや。そっちだよ? 女の子暗がりに連れて行って何してるの、怖がってるよね?」
「んだと?」
「それと………勢いで出て来ちゃったんだけど………ご飯食べられるところ知らない?」
何を呑気に言っているんだこの人は。
「ハンッ、やっちまってくださいよ!」
その言葉に呼応して大男が動く。
「………やっぱりそう言うことなのか…」
体格差からして危ない。
わたしはそう言おうとして、その人を見る。
「速さからして、《MPバースト》は要らないか」
そう言うと腰に吊してあった剣を抜く。
「うおおあ!」
大男が覆い被さるように襲い掛かる。
あの人は死んでしまった? いいや、それはない。
次の瞬間、大男の体はあの人の後ろに吹っ飛んだ。あの人を軸に縦に回転し背中から向こうへと飛んでいく。
「なっ……」
小さい方の人は絶句して動けないようだった。
「……剣抜いた意味なかった…」
私はその隙を狙って、小さい人の後頭部をぶん殴った───ら、痛いので背中を蹴って転ばして、助けてくれた女の子のもとへ走った。
「大丈夫…?」
女の子は聞いてくる。
「うん、ありが…って、ええ!?」
突然崩れ落ちる女の子。
ぐきゅるるるるー
………。
「あの、ご飯……食べられる所……知りませんか?」
私は無言でこの子を背負い、店へと走り出した。
エクス……お金。1エクス=1円位




