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不完全愚者の勇者譚  作者: リョウゴ
第一部 一章 後編 栄華を極める富豪の街
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幕引きはあっさりと


 黒装束さん───顔に巻いている黒布を外してネイシーさんに駆け寄って抱き付くフィアナさん。


「さて、流石に? 親に指を指しただけで? その手をへし折るなんて、普通の親がする事じゃないですよねぇ?」


 ネイシーさんは、手に持ったスマートフォンのような何かを見せつけるようにひらひらと振る。


 すると男が左の手のひらをネイシーさんに向ける。


「おおっと……壊れたら魔法画像達が冒険者ギルドに送られちゃうぞ? あの場所には流石に? オルカリエの力は届かないでしょ」


「くっ……」


 苦々しげに左手を降ろす。


「まっ、壊されなくても、今転送するんだけどねっ!? って、危ないわね……当たったらどうするのよ? 転送よ、転送」


 しかし右手にいつのまにか持っていた鞭を振るい、ネイシーさんが手元でしようとした動作の邪魔をする。


「よっ、ほっ…………しつこいわね、アサギ君、一発全力でやっちゃってー!」


 迫り来る鞭をすべて避けているが、手元のやつの操作になれていないのかただ難しいだけかわからないのだが操作に集中するだけの余裕が得られず、ネイシーさんはそう言った。


「えっ、良いんですか?」


 僕の脳裏に、一瞬で爆散してしまった少年が思い浮かぶ。


 当時 (おこな)った事に、不思議と罪悪感も忌避する感情も沸き起こらないが、それでも流石に領主を爆散させるのは…………。


「問題ない問題ない、たぶんどうにかしちゃうから!」


 どうにかしちゃうとは如何なことか。


「良いんですねやっちゃいますよ!?」


「おい馬鹿やめろ!」


 フィが止めに来そうなのでやるならばさっさとしよう。


「《MPバースト》!!」


 【力】に対して二回、発動する。


 三回目に使用するにはMP上限自体が足りていない。


 右手に棒を持ち、振り上げる。


「《三倍撃》!」


 そして、《憤怒》の使用を………。


 使用を…………。


「どうした?」


 棒を振り上げたままの姿勢で動かない僕を見て、不審に思ったフィ。


 それだから、また。


「《刺し貫く柔槍》!」


「ッ!! 危ないっ!」


 あの男は突然、こちらに攻撃してきた。しかも、攻撃態勢を取っていなかったフィに向けて。


 僕は、咄嗟にフィを後ろに引き倒した。


「掠っただけ……か。」


 忌々しげに呟く男。


「……………ふふふ。」


「なんでネイシーさん、笑ってるんですか?」


 男に向き直った僕を見て、何故か笑うネイシーさんには疑問───を通り越して、少しだけ苛ついた。


「でも、違いますよね。そうでした。」


 棒を振り回しながらそんなことを呟く僕に、男は一歩後退る。


「《憤怒》」


 今度はしっかりと能力値が上昇したのを確認する。


「なぁ、領主様? あんた、結局自分の娘をなんだと思っていたんだ?」


「…今、関係ないだろう?」


「娘を虐待して。何がしたかったんだ?」


「今は、関係ないだろう?」


「攻撃態勢を取っている僕ではなく取っていない娘を狙った。何でだ!」


 男はカッと目を見張り、両手を前へと突き出す。


「『堅牢なる障壁よ、頑健なる障壁よ、我が身を守れ』《イージスウォール》。《ウォール》《ライトウォール》」


「結局、娘のことなんて!!」


「はっ、もう今更だ。要望もある。言ってやろう。」


 手を突きだしたまま。男は未だ尊大な態度で。


「邪魔、だからな」


─────僕を怒らせた。


 僕は無言で、棒を投げる。


 男のずいぶん手前で一回、ガラスの割れる音が響く。


 更に男の手から1メートル程のあたりでもう一度、破砕音が鳴り響く。


 そして男の手から鈍い音と共に、先の二回と同じように破砕音が発生する。


「ふはは………っ、取ったぞ。」


 そして、その棒を右手でキャッチしていた男が、弱く笑う。


 その男の左手は威力減衰に使われたようで、力無く垂れ下がっていた。


「貴様の必殺など、本来ならば左手すら犠牲にせずとも──」


「『触れるもの全てに停止という名の静寂を』《フリーズ》」


 しかし、後ろから忍び寄っていたネイシーさんが、男に対して素早く力の入っていないヘッドロックを掛ける。


 男は一切抵抗しない。それどころか、動きすらしない。


「はい、お疲れ様! 取り敢えずフィアナ!」


「はいっ!」


 それだけしか言われていないというのに、ぱぱぱーっと走り出す。


 フィに対して《ヒール》。


 僕に対して《スリープ》………スリープ?


「オッケーだよフィアナ! じゃあこの領主を───────」


 僕は膝から崩れ落ちてしまう。


 魔法によって呼び起こされた眠気は抗い難く、僕の意識はいとも簡単に闇に落ちた。


「フィアナ、何したの?」


 突然眠ってしまったアサギを見て、フィーナはフィアナに問いかける。


「眠らせました。彼がここにいるといろいろ面倒みたいです。教会との仲が険悪になるとかなんとかと私は聞いているんですけれどその理由は知らないんですけれどもね。」


「ネイシー」


 フィアナは駄目だ、きっと本当に知らないだろう。そう思ったフィーナがネイシーに問いかけるのは当たり前のことだった。


 ネイシーはちょうど地下牢から戻ってきたところで、欠伸をしながら歩いていた。


「ねえ、フィーナ。フィーナは〔勇者〕を知ってる?」


 真面目な表情でネイシーはフィーナに問う。


 何を当たり前のことを、とフィーナは言い掛けたがしかし、ネイシーが突然こんな事を聞いてくるなんておかしい……訳でもなくある意味じゃいつも通りだった。


 なんて風に考えたがとにかく、フィーナは気紛れか。


「教会の管理する超人集団。勇者は総じて召喚された異世界の人って噂だろ。それが?」


「じゃあ、その正義の味方な勇者達が徹底的に排除している存在はもちろん知ってるよね?」


 正義の味方とまでは言ってないのだが………とフィーナは思ったが、そんな事を言っても話は進まない。


 実際、勇者はとある例外以外には危害を加えることが出来ない。そう言う点を言えば、確かに正義の味方かもしれない。


「〔愚者〕……だっけか?」


「そう。勇者とは本来、愚者を放逐するために存在する集団。愚者とは、この世界に害をもたらす存在って話だね。余所の問題は余所でやれって感じかな」


 愚者も、勇者と同じように異世界の人々と言われている。余所の問題は余所で、とはそう言うことである。


「………自分の尻拭いは自分で、の方が合ってると思うが?」


「……それは兎に角、多分フィーナが聞きたいのってそれのことでしょ?」


 そういってネイシーはぐっすりと床で眠るアサギを指差した。


 傍目で確認して、頷くフィーナ。


「この町の領主様ってば、教会と深い友好があって。そうじゃなくても教会に背く行為は避けた方がいいの」


「………ふーん。どういうことよ?」


「理解できてないのね、まあ、いいわ。愚者特有のチートを持ってないのだから、仕方ないわね」


 そう言って、アサギを抱えるネイシーには少しばかりの疲れが見えた。


「ま、私としちゃ、フィーナをちゃんと守ってくれた報酬を上げたいところだけど、それにはもう時間がない」


「時間がない?」


「普通、これだけ騒いだら色々来ちゃうでしょ? 私ならここにいる理由があるけど、この子が居るのは異常。証拠もあるし? 本来ならさっさと運び出したいくらいよ」


「……アサギを…どうするの?」


「どうもしないわ。この子が本当に愚者でもね。─────フィアナ」


 フィアナはその言葉だけで、アサギをネイシーから受け取り、窓から飛んでいった。


「これでよし」


「……………ねぇ、この騒動。まさか全部……」


「そ。全部被って貰うつもりだよ。だからさっさと隣国に逃げてほしくてこんな事してるわけで」


「ってことは山に持って行くのね」


 フィーナはネイシーに背を向ける。


「えっ、ちょっとどこいくつもり!?」


「ちょっと町の外まで」


「ダメダメ、フィーナは暫くは領主様として行動して貰うつもりなのにそんな勝手な行動しちゃあ」


「…………ッ!!」


「ちょ……睨まないでよ……。何? アサギ君がそんなに大事? 追いかけたい?」


 瞳を潤ませながら無言で睨み続ける。


「でも、駄目。フィーナ? あんたはこの町が好きだったよね。下手すると、町の経営が乗っ取られちゃうよ? それに今は忘れているかもしれないけれど戦時中よ」


「………忘れてないし、知ってる。イフェルが落ちた事も」


「戦火に巻き込まれるのを良しとするの?」


「………良いわけ、無い」


 フィーナは苦虫を噛み潰したかのように呻いた。


「でしょう」


 その様子を見て、ネイシーもまた苦しげな表情になっていた。


「でも、手紙くらいなら届けられると思う」


「っ!!」


 ぱあっと明るくなるフィーナに、ネイシーもまた、微笑んだ。


 フィーナは駆け出す。きっと手紙を書くために行ったのだ。


 きっと、これでいい。


 ネイシーは窓から見える館の外、館に駆けてくる集団を見てそう考えた。

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