《強者》と《弱者》
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」
叫び声。そちらを見ると獣のように、獰猛に吠えながら走ってくるフィの姿が見えた。
「そいつを! 離せええええええ!!!」
その動きを見て男のとった行動は一つ。
先程天井に刺さっていて、僕が落下するときに一緒に落ちたナイフを拾い、フィの方に投げた。
そのナイフは吸い込まれるようにフィの右肩に当たり、肉を抉り取って後方へと流れていく。
当たった瞬間にフィの体は大きく右肩が後ろに下がり、つられて全身が後方に倒れそうになり強く足に力を込めて踏みとどまる。
それくらいにナイフのダメージは大きかった。
「このナイフ、この程度のガキには勿体ない攻撃力だな」
僕はそんなつぶやきを聞いた気がする。
投げられたナイフに付けられた傷によってフィは苦悶の表情を浮かべ、左手で右肩を押さえながらも、突進を止めない。
「………や……め」
たまらず僕は声に出す。
フィは大きく飛び上がって左手を引く。
男は薄く笑い、その左手を握り締め─────
「やりましたよ! 《ウォール》!」
─────男の気がフィに向かって逸れている隙を狙い、僕の体を男からかっさらった。
黒装束さんは魔法を用いてフィの目の前に壁を作り、フィはそれを蹴って後方に跳び、男は突然背後でかっさらわれた僕を見て、動揺を隠せない。
「死にかけてますよねこれ《ヒール》っ!」
仄かな光に包まれる僕の体。
その光に包まれた途端僕本来の豊かで鋭い思考力と、全身の感覚がはっきりしだした。
──────って、痛みを感じるっ!?
「あー、痛みを感じる余裕あるならまぁいいですよね」
突然悶え始めた僕を見て黒装束さんは呟いた。
「お前は…少なくともまだ寝ているはず」
男が黒装束をみて、そう言った。恐らくまだ動けないだろうと言うほどに痛めつけたのだろう。
その間に黒装束の横に歩いてくるフィ。
「へっへーん、どうですか私の生命力はっ!」
「調理場に現れる黒いアレ並みだな。見た目も黒いし、騒がしいのも変わらない。」
「どういうことですかフィーナちゃん!」
「………ふふっ」
なんでこんなに二人とも余裕があるんだろう。
目の前にはわなわなと震える男。
自分の左手を見ると、なんとか棒を握っていた。右手の棒はどこかのタイミングで落としたのだろう。
「はぁ……」
思わず溜め息がでてしまう。
「おい、フィーナよ。何故親である私に牙をむいた。」
威圧感を漂わせ、質問する男。
緩みかけていた空気が凍てついた錯覚に陥る。
「そ、れ……は」
表情が凍り付き、まともに呼吸すら出来なくなっているフィ。
「何故だ」
「……………」
俯いて、黙り込んでしまう。
代わりに黒装束さんが前に出る。
「何で、娘に向かって」
「私は何もしていないと言うのに殴られそうになった。理由無い暴力など……行ってはいけないのだよ」
即答である。さも当たり前のように、堂々と言う。
じゃあお前が娘にやったことは何なのだ。と言いたいが、きっと言っても無駄だ。
現行犯では無いし、証拠も無い。僕は伝聞でしか知らないのだから。
「と言うわけだ。悪いことをした身内に罰を与えるのは当然のことであろう?」
「その行為の度が過ぎていると言っているんです!」
「………フィアナ…」
「度が……どこを見て過ぎていると?」
「この姿を見て、何も思わないと!? そう言うのですね!!」
フィの姿。
本来ノースリーブだった訳ではないであろう服は所々裂けているし、服の裂けた所から覗く左肩には痛々しい痣が、右肩には浅く傷が残ってはいるのだが、それ以外に多少の傷は有るが大した外傷は存在していなかった。
「………さっき治したので目立った外傷がありませんね。私の腕が優秀なので!!」
自慢気に胸を張らないでください黒装束さん。あの男が呆れていますよ。
「…証拠が無いではないか。私の躾の度が過ぎているという」
僕からはフィの傷を治したことに関しては何も言えない。右肩を見れば治したという証拠になる。残しておけば痛かっただろうしすぐに治すのを責めるのはちょっと。
それはともかく。
「証拠が無ければ口出しはさせない。これは我が家の問題だからな」
「……信用を得ているのだから、そう疑われることはないと言う自信だな。きっと私が外で訴えかけても、誰も信じやしないさ」
諦観浮かべて俯くフィ。
「…………だからと言って、またあんな生活に戻るのは嫌だけどさ」
「また家から出ていくのか? 原因はやはりその男か」
何故、すぐにその発想が出てくるんだ。
真っ先に己を省みてほしい。
「違うっ!! お前のせいだ!」
指を指して叫ぶ。
しかし、そうやって指を指した事に表情を歪めた男は
「────駄目だろう指を人に指しては。ましてや私はフィーナ、お前の唯一の肉親だ。」
「え…………あ、あぁ…!!?」
────少し離れていたというのに一瞬で近付いて男を指していた指を握り締め。
「あ”あ”ぁ”ぁ”ぁ”っ!!」
手首ごとへし折った。
その後、一歩下がる男。そして本来曲がらない方向に曲がってしまった手を押さえうずくまるフィ。
──────パシャ
「なっ、何の音だ!?」
突然聞こえた異音に振り向く男。
その音は僕には馴染みのある、とある音に聞こえた。
「ははっ、スクープスクープってね?」
僕もその『カメラのシャッター音』によく似た音のした方を向けば。
「ネイシー………貴様、何をした!!」
「何って、動かぬ証拠を撮影よ? 領主様?」
ネイシーさんが、スマートフォンみたいな物でカメラを向け、ニヤリと不敵に笑ってそこにいた。
「お疲れ様、フィアナ」
「遅いですよぉ、ネイシーさぁん」




