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不完全愚者の勇者譚  作者: リョウゴ
第一部 一章 後編 栄華を極める富豪の街
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メイド衆



「黒装束さん黒装束さん」


「なんでございますか?」


「僕が陽動やるからフィーナさん救出はフィアナさんやってよ。多分、僕よりも高いよね?」


 僕を背負いながらあれほど速く走れるのだ。僕よりも高い能力値である可能性は高い。


「……何でも能力値で考えるのはよくありませんよ? 古来より弱者が強者にうち勝つ話は幾つもあります。何故だか分かりますか?」


「能力値が高くても、負けることはあるってこと?」


「そうです。能力値はあくまで指標。基準であり、絶対的な数字ではありません。まあ、倍あれば絶望的ですし、HPへのダメージの数値がどうやって出されているのかは、実は誰にも分かってないんです……感覚でどの位入るかは分かるんですけど、正確な予測は出来ないんですよ」


「へぇぇ……」


「……所でなんでナイフなんですか?」


「棒よりも物騒だからです。あと気分」


 人殺しは既に二回もやっている。どれも作業的で無感情に行われ、実感はしていないが……。


「……そうですか。あと陽動の事ですが、頼みますよ。私が失敗しても良いように。私、皆からドジだとか間抜けとか言われているんです。そんなつもりないのに」


「………ははは…」


「なんですかその笑いは!!」


 今のところ、ドジは見てないが間抜けと言う部分には大いに同意だ。


 これからやろうとしているのは、かなり危険だと思うけど、僕の気分はとても穏やかだった。


 油断ではない。多分。


「さて、やりますよ?」











 僕は警備の分厚い、お嬢様の部屋の近くに来ていた。


 陽動の為だ。


「どうもー、今の気分はどうですか?」


 僕は右手にナイフを持ち、左手を上げて振る。


 それを見た警備───と言うには女性の、メイド服を来た人がとても多いが、その人達は腰を落とし、臨戦態勢になった。


「見ない顔だな! 何者だ!」


「………」


 一歩前に出てきたメイド服が僕のところまで届くように大きな声でそう言った。


 さて、名乗る内容は決まっている。


「ボクは、ただ通りすがっただけの」


───────愚か者だ。


 その言葉が引き金となり、先頭のメイドが飛び込んできた。


 その背後のメイド服達は一拍遅れて手を突き出してくる。


「成敗!」


 随分と彼我の距離は開いていたにも関わらず一瞬で、それこそ後方のメイド達が構える前に接近したメイドの手の届く距離まで接近される。


「うわっ!?」


 速すぎる。とっさに後方に飛び退いたにも関わらず、メイドの掌底は胸に強く当たり、バランスを崩しかけた。


 下がりのけぞって、しかし体制を整えて前を見ると誰もいない。


「はぁっ!!」


────頭上からの気合いの声


「《MPバースト【敏捷】【敏捷】》おおっっ!!」


 咄嗟に横に転がることで辛うじて、その凶悪なジャンピング踵落としを回避する。


 い、今の一瞬で2400もMPが吹っ飛んだ……!!


「なっ……」


 相手は驚愕の表情で僕を見た。いや、そんな事より僕を殺す気……当たり前か。


 動揺してる今はチャンスだと考えた僕は飛び起きながらナイフを突き出す。


「《アイシクル・ニードル》!」


 しかし、突き出したナイフが狙う部位──首との間に氷柱が割り込んで攻撃に失敗する。


「今よ!」


 後方のメイドの一人が叫ぶ。


「はあっ!!」


 その声に反応して回し蹴りを放つメイド。


 ナイフを突き出した体勢からは反応できずに、無様に床に吹き飛び転がる。


「げほっ……」


「死になさい狼藉者」


 立ち上がる前四つん這いの状態だった、その顔面を蹴り上げられる。


「ふう。取り敢えずこれで動けないでしょう………と。ああ」


 そこでメイドが蹴り上げた事で頭に装備していた頭巾が外れ、髪が露わになる。


 特徴的な長髪が。


「やれやれ。脱走して、お嬢様の誘拐を試みましたか。確かに愚かだ」


 そのメイドは僕に背を向けてメイド達の元へ戻ろうとする。


────さぁ、今だ。


「んなっ!?」


 僕はまず《MPバースト【体力】【力】》を自らに掛けて、背を向けていたメイドの肩を、素早く起き上がって引っ張る。


 次に思い切り後ろ体重になった足を蹴飛ばし、転倒させる勢いでメイドとの体の位置を反転。


 最後に左手で相手の片腕を掴み、その背中に押し付ける。


 うつ伏せになった相手を踏みつけるように自分の体重も掛ける。


「こいつの命がどうなっても!?」


 僕が言おうと、振り返れば目を閉じて何やら詠唱し始めたメイドの集団。


 首だけをひねり、今僕が押さえつけているメイドは不敵に笑いながら


「無駄ですよ、私達にその手の脅しは」


 無駄な隙を晒すだけだと笑われた。


 本気か? 本気で同僚も巻き込むつもりか?


────メイド達は見えるだけで八人くらい居る。それだけ人数がいれば、範囲が大きくなるだろうと言うアサギの俄かながらの発想だが、この時メイド達は既に組み伏せられているメイドのことを頭から追い出していた。


 この時、メイド達は巻き込むつもりかどうかを考えていない。


「ふざけてやがる!! 【力】ぁ!!」


 《MPバースト【力】》を発動し、組み伏せられていたメイドの足を掴み、詠唱中のメイド達に向けて投げた。


 これにはさすがに驚いたか、詠唱を止めるメイド達。


「全く! 何のつもりだよ!!」


 ああもあっさり見捨てるのかね!!


 ブン投げたメイドに巻き込まれて数人が下敷きになるように倒れる。


 しかし後ろに控えていたメイド達がまだ出てくる。


 無詠唱で飛んでくる氷柱を上昇した【敏捷】で見切り、ナイフの柄尻を当てて弾き飛ばす。


「やれ! 奴は既にダメージが蓄積している!! 直ぐに命中するだろう!」


 確かに、すこしふらつく感じはあるけれど、それは【体力】の上昇で少し楽になった。


 でも《MPバースト》は三分間しか続かない。それが切れればどうなるか。


 既にMPは半分も削れている。


 僕が陽動だと言うことを忘れてしまいそうだ。


「………く。」


 僕は、氷柱を弾きながら刻一刻と過ぎゆく時間に、じわりじわりと焦りを募らせていくのだった。











 お嬢様の部屋の前。


 アサギが居る方で派手に動き出した頃、私は反対側から忍び足で目的の部屋に向かっていた。


「本当に隠密効果あるんですねこの服」


「誰だ貴さっ………」


 言葉を発したせいで気付かれそうになってしまった。危ない危ない。


 気付いた奴の首を絞め落とし、気絶したら壁にでも、もたれるようにしておけばいいや。


 大体の注意を彼が惹いていて、隠密効果のある服を着ている今ならきっとバレないで行けるはずだ。


 お嬢様の部屋までは直線だが。


 また、天井に張り付いていけばいいか。


 私は飛び上がり天井に手をつくと、まるで天井から引力が働いているかのように、天井に張り付く。


 実際、【妨害】魔法の《プチ・グラビディ》を使ってるので天井から引力と言うのはあながち間違いではない。


 因みに《プチ・グラビディ》は弱めの引力を発生させて、拘束する魔法であり、実際『あれ? 足が上がらな……上がったわ。ちょっと重いけど』位の効果である。弱い。しかも時間経過でどんどん弱くなる。効果時間も短い。


 と言うわけで、猛スピードで天井をせわしなく体を動かして行進することを余儀なくされる訳です。


 ……っとと、お嬢様の部屋の扉の前を通り過ぎる所だった。


 しかし、周りにはたくさんの人が。


「───全く! 何のつもりだよ!!」


 声と共に、ゴタゴタする音。


 そして眼下の者共が、アサギの方へと向かい始める。


 ナイスです!


 私は音もなく着地すると空かさず扉に手をかけた。


 隠密効果が働いているおかげか、はたまた陽動が陽動の役目を果たしてくれているおかげか、はたまたその両方か。


 とにかく全く注目されることなく、扉を開けることが出来た。


「え──────。」





 拙い………!! もうじき最初のバーストから三分経過してしまう!!


「────きゃあぁぁ!!」


 甲高い、女性の悲鳴。


 メイドの人垣の向こう側から勢いよくメイド達を巻き込みながら何かが飛んでくる。


 僕はその何かを全身で、後ろに倒れ込みながら受け取る。


────見覚えのある黒装束。フィアナさんだ。


 メイド達は背後からの投擲で氷柱の雨を飛ばすことを止め、メイド達は僕の方ではなく、後ろを見る。


「──おや、誰一人として近づけさせないという話をしたはずだが?」


 メイド達は壁際に寄り、発言者と僕との間に邪魔なものは一切無くなる。


 発言者……その男は、鞭を右手に持ち、堂々とした態度でそこに佇んでいた。


「それに、まあ。酷いものだ。どうしてくれる。人一人通さないことも出来ないとは、私の信用に傷が付いてしまうではないか」


「だっ…旦那様!? お待ちください、今すぐ()のものを処断して見せま」


 言い訳を始めたメイドの一人の言葉をまともに聞かずに鞭で顔面をひっぱたく。


 対応できず、反応すら出来ず、転がったメイドは、床に頭を打ち付けてからようやく痛みを理解し転げ回る。


 鞭の一撃には容赦がなかった。


「──もう()い。私がやる」


 その様を見向きもせず、領主たる男は冷めた目で僕を見ていた。


「ですが、ここは我々が」

「うるさい」


 たった一言。鞭で叩かれたメイドは尋常ではないその一撃にふわりと体が浮く。


「呆れた。私は貴様等の無力に呆れたのだ」


 メイド達に対しての行いを見て僕は『フィに向けての虐待をしている』ことに改めて納得した。


 もしかしたらメイドの扱いなど、どこでもこれくらいなのかもしれないけれど。


 僕は、気を失っているフィアナさんを壁際に、壁にもたれ掛かるように置いた。


 僕はリュックをどさりと床に置き、中から棒を二本取り出した。


「愚者、かかってこい。貴様に私の娘を誑かした事を後悔させる間もなく殺してやろう!!」


─────その言葉を聞いて瞑想を解除すると、僕は床を蹴り、駆け出した。

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