瞑想とメイ装
「はぁっ………はぁ……メイド長こっわ……」
膝に手をついて荒い息を吐き、そんな事を呟く。
「僕を捨てていけば良かったのに」
「君は動…けないじゃないですか……」
「筋肉痛の事ですか? MP回復に専念してたら、状態のところから消えましたよ?」
「んなっ!?」
代わりに、増えた物がある。
━━━━━━━━━━━
《瞑想》MP回復速度を上げ、状態異常から回復する。使用条件はこの技能使用に対する高い集中状態。
━━━━━━━━━━━
「………だから降ろしてくれると、有りがたいです」
「むー……まあ。良いかな。」
そう言って紐を解く。
僕はやっと地面に足をつけて移動できると思ったのだが、ちょっと体に力が入らず地面にへたり込む。
「………あれ?」
「えー、大丈夫ですか? 本当は治ってないんじゃないですか?」
「治ってるはず。治ってる……ん?」
また、ステータスで不思議なものを見てしまった。
━━━━━━━━━━━
《憤怒の代償》怒りの感情の減衰。いつか戻る。
━━━━━━━━━━━
「……意味不明だ」
体に力が入りづらいのは、まあ、原因は《憤怒》を《MPバースト》と重ね掛けしたダメージが残っているのだろうと、自分を納得させた。あれほどステータスを伸ばした代償は高く付くのだろう。
「とにかく、歩けるなら君は一人でお嬢様の言ったとおり、外に向かった方がいいですよ?」
「………分かりました。で、そっちは何するつもりですか?」
僕に背を向けた黒装束のお姉さんに問いかける。
「ニンジャごっこはまだ終わりじゃないってことですよ。ニンジャですからどこか忍び込まなきゃ、ごっこは終われません」
「………謎ですよ、それ。そんなルールが忍者にある訳ないですし、大体、その様子だと厳重な所にーとか言って、フィ………お嬢様の部屋とか行くつもりでしょう?」
彼女は振り返らない。
「そのつもりですよ。なあに、遊びですから。危険はありません」
何となく、嫌な予感がした。その言葉に嘘があったように思えた事が予感を後押しする。
「………フィアナさん」
呼びかける。彼女は足を止めて、歩き出そうとはしていない。
とにかく行かせてはならない。そんな気がして、話す言葉を考える。
「…何ですか?」
振り返らない。が、話を聞く気にはなっているようだ。
僕は一度深く息を吸い、吐いた。
「何で、フィーナさんは、奴隷になっていたんですか?」
黒装束───フィアナさんが息を飲んだ。気がする。
手緩い奴隷商人に捕まらせるほどここの街の警備は緩くないだろう。裏路地も安全に移動が出来て、僕を取り囲んだ衛兵達の数は沢山だった。
更にあのフィを娘と呼んだあの男。お偉い身分のあの男が、そう易々とそんな事を許すだろうか。いや、赦しはしないだろう。
発言から溺愛具合が察することが出来るくらいには溺愛しているように聞こえた。
「………だから……です。」
「え? いま、何て?」
─────だから。
僕には今言われたことがとても飲み込めなかった。
「旦那様の虐待が酷くて、だから家から逃げ出したんです。」
「は?」
どういうことだ?
「………理解不能だ。だって、フィーナの親って、多分……」
「………この街を治める領主様です」
「だったら、おかしいだろ?」
僕は、例の親切な商人さんに色々と聞いていた。
領主様の人柄の良さ、街の治安、街の景観。
特にこの街の長は人柄が良いと、商人さんは笑って語っていた事は印象に残っている。
「領主様が? 娘を虐待?」
「間違いないです。私はこの目で見ていますから」
…………そっか…。
「………はぁぁ…マジか……外面は完璧だったと。そういう話だったんですね…」
「………やけにあっさり信じますね」
僕はオルカリエに来る寸前のフィの様子を思い出す。
とても怯えていた。苛立っていた。反対していた。
来た後のフィの様子を思い出す。買い物中や街について語るときの事。
楽しそうだった。自慢気だった。
「………まぁ。フィーナさんとは少し一緒に行動してましたから」
フィアナさんは振り返り、僕を見た。
「でも、このことは内密に。早く街を出て行くのが得策です。もうじきここも戦場になるでしょう」
「………………」
イフェル陥落。その言葉を思い出す。
確かにそう、時間もないのだろう。
「出口はあちらです。お嬢様が迷惑を」
「………迷惑……?」
聞き捨てならない言葉を聞いて、僕はフィアナさんの言葉に口を挟んだ。
「………っ!?」
フィアナさんは何に驚いたのか目を見開き、僕を見た。
僕は拳を握りしめる力を強く込める。
「迷惑? んなことはある訳ないでしょうが。あの子は何も知らない僕に色々教えてくれた、我が儘につき合ってくれた、何より助けてくれた!!」
「でも、お嬢様に私は君の安全を頼まれ───」
「それがどうしたって言うんだ。僕の安全? ああ、お気遣いありがとう! だけどね僕からすれば! 危険な目に遭うよりももっと辛いんだよ!」
僕はリュックからナイフを取り出した。
「恩を仇で返す事が、ね」
「そうですかー」
フィアナさんにも助けてもらった恩がある。ここで僕が何も知らぬ存ぜぬで去れば、彼女もまた無事では済まないだろう。
「結局、ネイシーさんの言うとおり………ですか」
「ん…? ネイシーさん?」
「ええ、私だってこんな良い職失うような行動、取りたくないんですけどね。ネイシーさんが無理やり……よよよ…」
泣き真似をするフィアナさん。
「はぁ……ったく。ネイシーさんはこうなると分かっていたんだ……」
僕はリュックをちらりと見て、溜め息を吐く。
「ま、取り敢えずお嬢様救出作戦っ開始です」
この黒装束、随分気分の切り替えが早いな……。
「…そうだね。始めますか」
僕らはゆっくりと元来た道を戻っていく。
さて、恩返しと行こうか。
「でも、黒装束さん」
僕は自らの服装を見る。
「やっぱりこの服装、どうにかなりませんかね?」
僕は今、メイド服を着て、頭に髪先まで隠れるような頭巾を装備していた。背中の半ばまで布地が続いている頭巾だ。
スカート丈は膝と同じくらいで、わざわざ膝上までの長さの白い靴下を履いている。ニーハイ……って言うんだっけ。
ちゃんと靴は履いている。他のメイドと同じような革靴を。
描写していなかったけれど、今までも履いていた。今はリュックの中で眠っているが。
「似合ってますよ?」
天然なのかわざとなのか、とても判断しづらい声音でフィアナさんはそう言った。




