オルカリエの館
気付いたら、牢獄みたいなところにいました。アサギ ユウです。
仰向けの状態で真っ先に感じたものは、背中に接する床の冷たさ。続けて風がないことで空気が溜まっているのか息苦しさを感じた。なんというか、何か息苦しい以外に表しづらい。
現在自分の体は、両腕が筋肉痛かな? めちゃくちゃ痛いです。動きません。
喉とかじゃなくて、何か別の物が乾いている感覚もあった。
あたりを見渡すと。
「リュックは、あるんだな……」
何でリュックは毎回見逃されるのだろうか。
牢屋の角にポツンと置かれているリュック。しかし、今自分が寝転がるスペースの反対側の壁に置いてあり、虚脱感に包まれる体では取りに行くのがはっきり言って、面倒だった。
取り敢えずステータスを見るか。
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翠節38日08:01
【アサギ ユウ】
【Lv】8
身体能力値
【HP】 39/45 【MP】 5904/7594
【力】 51 【魔力】19
【体力】43 【技量】50
【敏捷】80 【運】 98
【癒力】19
使用可能属性
【火】【水】【風】【土】
【妨害】【支援】【浄化】
【技能】
《女装》
《演技》
《憤怒》怒りを原動力に発動
《MPバースト》
《三倍撃》
【状態】
《----の祈り》
《不幸悪運の加護》残り13日
《筋肉痛》限界を超えて行使された筋肉が成長するのだ。今は耐えろ。
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…………筋肉痛ぅ……。
……ともかくレベルが少し上がったことは喜ばしい。
MPは相変わらずだが、力が他よりも上昇している。
あまり上昇されると、MPバースト的に厄介なのだけれど。
少しだけHPMPが減少してるけど、まあ、仕方ないかもしれない。
「おや、お目覚めかね?」
牢屋の外から声がかけられる。
寝返りをしてそちらを見る。
「…………」
檻の外には、高そうな服を着た若いイケメンが立っていた。
イケメンだと、外見の説明になっていないな。少しだけ伸ばされた銀髪、痩せていると言うわけではないが細い体、整った顔立ち。少し睨むようにこちらを見ているが、少しも怖くないように思えてしまうのは、外見上損をしているのではないだろうか。してないだろうな。
しかしその目に籠もる力は強そうだった。
「君は良くないことをしてくれた」
男は置いてある椅子にわざわざ座り、さらに無表情で続ける。
「娘を誑かした事だ」
「何のことですか?」
僕は寝ていた体を起こし、返答する。わざわざ座る姿勢になったのは、話す男の態度から寝ながら話すことが失礼に思えたからだ。
娘とは誰だ。まさかフィか?
「何のこととは……白々しい。既に解析は済ませている。白状するんだ、私の娘に何をしようとしていた、小僧」
「?」
言ってることが分からない。
「……ハッ。まだ隠し通せると思っているのか? 愚かなものだ。」
「いや、何言ってるか、分かんないです」
「私の娘を利用して教会の犬を仕留めたのだろう?」
「………それは違います。」
娘については分からない、いや分からなくもないが、望んで戦闘した訳じゃない。
「何が違うのかね、それこそ君達───」「旦那様。お客様がいらっしゃっています」
銀髪の男は髪を掻き、苛立ちを隠さず溜め息を吐く。
呼んだ声は女性の声であった。牢屋からでは姿は見えない。
「ああ、全く。あのクソ女か……常にこれからという時にわざわざ訪問をして来おって……」
心の底から憎いと言わんばかりに、忌々しげに呟く。
「おい貴様、私が戻ってきたら話の続きをしてやろう」
そう言って立ち去る男。
今の言葉の感じ。とても嫌な物を感じる。
「………どこだ、ここ。」
誰もいなくなった空間で、ひとり、ぽつりと呟いた。
「ここは、街で最も富を蓄え、人望を集めて街を治めるオルカリエ様の屋敷でございます」
その声は天井から聞こえた。
声に反応して、天井を見上げてみれば。
「何、してるの?」
黒装束の、何者かが僕のいる牢屋の天井にへばりついていた。
天井に、へばりついて、いたんだ。
「全く、私は忙しいんですよ。今は街も大騒ぎだ。そんな時期に長耳の物好きに構っている暇はないんですよ」
「ふふん。何を焦っているのかなオルカリエ様。私程度など、無視してしまえばいいじゃない」
館の客間まで通されたネイシーは、表面上はそう苛立っていないように見える館の主に対して、不敵に笑ってそう返した。
「君を追い返してしまうと、街のれ……方々の一部が何を言うか、分かったものではありませんからね」
連中って言い掛けたな今相当苛ついてるなこの領主。とネイシーは分析した。
ネイシーは内心面倒だなと思いながら話を聞いた。
「それで、どうしてここに来たんです?」
早く帰ってくれないかな、と言わんばかりの声音でそう問いかける。
「えぇ。旧友が最近面白いことを言ってましてね」
さて、どうやって時間を稼ごうか。
「その子が言うには『妨害魔法の中で相手にダメージを与えるものって妨害なの?』って」
男は怪訝な顔で聞いている。特に何か言うつもりが無いようだ。
「その子に私は『どんな魔法であれ、相手の行動を妨げれば妨害よ』と言ったのよ」
「それはそうだ?」
「ええ、まぁ、そうなのだけれど。それに対してその子はこう言ったのよ。『じゃあ、炎魔法で足を燃やしたり、風魔法で足を切りとばしたり、氷魔法で凍てつかせるのも妨害なんですね!!』と笑顔で。エグくない? 真っ先にそう言う発想が出て来るのは」
因みに土魔法には既に魔法として存在する。と言うかそう言ったものは大体特殊行程を挟むので【土】【妨害】みたいな複数属性扱いになるのだよ。とネイシーは内心で自ら知識をひけらかす。
「そうか? そう言う発想があるから」
男はここで言葉を切る。
扉を見ながら話を再開させる。
「ああいう、扉の外を延焼させないように火の海にしたり出来るのだろう?」
「………何のことですかね」
「…これだから場慣れしている奴は。表情程度では分かり難い。」
「いやいや、全くそんなことをするわけがないじゃないですかぁー、目的がない」
男はニヤリと口の端をつり上げる。
「目的なら、見当ついてるさ」
「ん、というと?」
「私の足止め。ただそれだけだ。時間さえ稼げば息が出来なくなるようになっているからな。火災というのは」
「それだと私に殺意がなきゃいけませんよね。ある訳ないじゃないですか相手は善良で真っ白な領主! そんな人に恨みのある人間……って私はエルフでヒト族じゃないんですがそれはおいておいて、そんなのいるわけないじゃないですか」
「ハッ」
男はその皮肉げな発言を鼻で笑い、受け流す。
ネイシーは明らかに男の黒い部分を知っている。
知っていないという体をとっているが確実に知っているだろう。
「ま、殺意がないのは真であろう。それくらいは私にも分かる。」
その言葉を聞いてもネイシーは表情を変えない。元々口端をつり上げるだけの笑顔をつくっているだけだから。
「だが、足止め。この部分は間違いない。そうだろう?」
「さあ?」
それ以上告げないネイシーの真意を男は考える。
この男はネイシーがフィーナやフィアナに繋がっていることを知らない、だろうとネイシーは思っていた。だから答えにはたどり着けないだろうと踏んでいた。
「フィーナか? 狙いは!!」
その発言に、予想外に答えの近くに入り込んだ男に対して動揺してしまう。
ネイシーはうまく感情の手綱を引き、表情を不変に保ったつもりだったがこの男、相手の表情の動きを観察することが凄まじく上手かった。
「そうか! そう言うことか! ようやく帰ってきてくれた我が愛娘に何かしようと申すのか!!」
何かしようと、というのは体裁から細かいことを言えない男の最大限の具体的発言であり、ネイシーにもその『何か』が誘拐の類であることは分かった。
すべてを知る第三者がいれば、正当性がネイシーにある。なんて言いそうだが、そんな第三者はいない。
男がフィーナを虐待していることは巧妙に、メイドの目からすら隠されているのだから。
「だとしたらどうなんです?」
ネイシーは挑発的な声音でそう言った。
内心、諦めていた。
「ネイシー。君の狙いが私の足止めならば、そうすればいい。」
「……はぁ……。」
ネイシーから出たのは溜め息。普通なら領主の目の前でするべきものではない。
しかし領主たる男はそれを見咎めることなんてせずに、扉の外へ叫ぶ。
「メイド長! フィーナの部屋の護衛を増やせ! だから決して疑問を持たずに! すべてを排除しろよ!」
「わかりました」
端的に述べられる了承の意。
「はぁーぁ。自分から言い出したとは言え、面倒だったぁ…」
「君はもう用はないなら帰って良いぞ。特別だ。私は上機嫌だから私に対して企てたことなど実害はない。見逃してやろう」
非常にだらけたネイシーは背もたれや手すりに全体重を預け、顔だけ男に向ける。
「動くの面倒。しばらくここにいて良い?」
それはネイシーに出来るせめてもの抵抗だった。
理由────ネイシーが暴れた、反逆を起こしたなど───が無ければ客人でエルフたる彼女を無碍に扱えないのだ。
客人をおいて外に出るなど、失礼である事は明らかで、メイド長など身内であろうともそのような姿は見せるべきではないのだ。
ネイシーはニヤリと笑って油断無く、体から力を抜いた。
返ってきたのは、溜め息一つだった。




