フィーちゃん
「はぁ………めんどくさい事になったわね」
「そうなんですか?」
「ドジい方のフィーちゃんには分かんないだろうけどね」
「失礼な! 私のどこがドジなんですか!」
とても憤慨したように灰色の髪の娘がバシバシと机をたたく。
「いや、ここでのんびりしてることをわざわざメイド仲間どころかメイド長ちゃんに洩らすこととか。ここ、来ないようにって言われてるんじゃないの?」
「ネイシーさん……」
そう言われて、突っ伏してしまう灰髪の娘。その服装は安っぽい黒の服で、何をするわけでもないのにエプロンを装着している。
いわゆるメイド服だ。
「全く。面倒なことってのは」
「お嬢様について……ですか?」
突っ伏したまま目だけチラと向ける。
「全く頭が悪い方のフィーちゃんは勘だけはいいね」
「勘だけはってなんですか! 勘だけはって! 掃除もお世話もなんでもござれですよ!!」
また、憤慨したように机を叩く。
落ち込んだり怒ったりと感情の起伏が激しいな、とネイシーは思った。
「ま、そこがフィアナの良いところだけど」
「えへへ……それほどでもぉ……って何の話ですか」
「そうやってなにも考えてないところ、とかね」
「失礼な!? これでも私色々考えているんですよ?」
「あー、話を戻すけど、フィーナが帰ってきてた」
「これでも! これ……────え?」
机に手を叩きつけた姿勢で硬直するフィアナ。
「え、え? えええええええええ!!?」
「元気そうだったよ。口調は敢えて変えてるのは……まあ、昔とは違うけどそれはいいやと思えるよ」
「え!? いや、ネイシーさん!? 会ってたなら言ってよぉ!」
ネイシーの袖を掴み縋るように言うフィアナ。
「まぁ、昨日今日で沢山騒動起こったでしょ?」
「あ、はい。爆音騒ぎとか有りましたね、みんな騒いでましたし、旦那様直属の兵士が警戒に当たってるそうですよ」
「………直属ねぇ……本気で面倒くさそうだわ…」
「………面倒面倒ってなんですか、文句ばっかり」
「フィーナ、大丈夫かな…」
フィアナはネイシーの発言を聞き、騒ぎ出す。
長耳魔法書店は今日も平和だ。
「………まずは、どうして逃げたのか聞こうか。フィーナ」
目を閉じたまま、床に転がる少女は身動ぎもしない。
その様子に、優雅に椅子に座る男は己の銀髪を自らの手で梳き、溜め息をつく。
「私は悲しいぞ」
その言葉は重い響きを、暗い部屋に響かせていた。
声音などの佇まいから、威厳のある父親だと周囲の人間は思われている男。
自らの蓄えを惜しげもなく街に使い、優しい領主だと思われている男。
しかし、その本当の顔は
「我が娘ながら、奴隷に落ちて人殺しなど、頭が痛いわ」
聞く相手もいないのに頭を片手で押さえながら。
壁にたてかけてある鞭を手に取り。
「話は相手の目を見て聞くものだろう?」
床に転がる自らの娘に、振り下ろした。
「人は殺してはいけないと言っただろう?」
反動で軽く体の跳ねる娘に向かってもう一度振り下ろす。
振り下ろされた鞭の当たる場所など、この男は全く気にしていない。
「奴隷になるなんていけないことだと教えただろう?」
今度はすくい上げるように下から鞭を振り上げる。
フィーナは糸の切れた人形のように、転がっていく。
しかし男はそれだけでは、気が済まなかったのだろうか。歩いて近付いていく。
「おいフィーナぁ……? 起きてるのは分かっているんだぞ? ほらほら、目を開かないとこの足がお前の肩や足を潰していくぞぉ?」
この世界の住人には、【HP】の存在を軽んじる傾向がある。外見を見ればどのくらいヤバいかが、分かるからだ。
もちろん病などの場合はちゃんと【HP】を見るけれども。
「がっ……あああ!!」
左肩を思い切り踏みつぶされて、耐えきれずに悲鳴を上げてしまう。
実際、男の言うとおりに意識があったのだ。
「ああ、やっぱり起きていたな」
そう言ってすかさず鞭を顔面に当てる。
「……………」
フィーナの口からは何故ともどうしてとも出ることはない。
日常的に行われていたことだからだ。
「ふふふ、寝ている振りは良くないって私は言ったよな」
男は娘と話すことが心底楽しいことかのように笑う。
「言ったよなぁ!!」
声を張り上げることの無かった男がついに声を張り上げる。嬉しそうに、楽しそうに。
そんな顔で、娘を虐待する。
「一度言ったことくらい守ってもらわなきゃ困るなあ、お父さんは」
足先に娘の腹を引っ掛けて蹴り上げる。
男はそれなりに力が有るようで軽々と浮き上がるフィーナの体。
「《妃食らう大蛇》」
無数に走る鞭の閃き。
娘に向かって攻撃技能を放つなどこの世界では勿論異常だ。
「はははっ、やっぱり。言うこと聞かないからこうなるんだよ」
男は急に口調が子供っぽくなり、力無く転がるフィーナに背を向ける。
フィーナは分かっていた。こうなればしばらくは何もされないことが。
フィーナは安堵の表情を浮かべ、聞こえぬように肺にたまっていた息を吐いた。
「全く。愚かな娘だよ、素性の知れぬ男と一緒に行動して。知らない人についてってはいけないといったはず……」
そう言って無言になり、またフィーナの方へ向く男。
「言ったはずだよな、フィーナ。あのような男を信用してはいけないと。愚者など信用しては、私まで疑われてしまうからな。───教会にっ!!」
顔面をサッカーでシュートを打つ時のように思い切り蹴飛ばす。
「………はぁ。やはりこの娘は……」
そう言って、部屋の鍵を閉めて出て行く男。
「…………ゲス野郎が……」
地面に転がりながら、痛みすら感じない左肩を右手で押さえ、呟いた。
左手の感覚は、残っていない。




