憤怒の一撃
「シネェェェェ!!!」
アレに攻撃を許せば、フィは死ぬ。
誰に言われるまでもなく確信した僕は、一つの感情に包まれていた。
─────溢れ出る《憤怒》に。
「………」
その感情の赴くままに、技能を使用した。
「《MPバースト【力】【力】【力】【力】》」
棒を振り上げる。頭上に、真っ直ぐ天を指すように。
───【力】525(480+25)
ごっそりとMPが削れ、少しふらつくが、すぐに直る。《三倍撃》のデメリットは二つともまだ消えていないせいか、消費MPも上乗せされる力の値も少ない。
けれど、その程度気にする必要はない。
「《憤怒》」
小さく呟く。己に生まれたこのどうしようもない一つの感情が、技能の鍵だ。
小さいものであれ、大きなものであれ、怒りで心が荒れているならば、《憤怒》の技能は応える。
「シネェ!! シネェェェェ!!!」
フィに飛びかかろうとする少年がどうしようもなく、つまらないものに映り、僕は冷めた目で少年の動きを見た。
「う、あ、あ、ああぁぁぁぁぁぁあ!!!」
「 え ?」
少年は突然僕の方へ振り返る。
言葉に反応したのか、単純に気紛れだったのか。
でもする事は変わらない。
「《三倍撃》」
僕は手に持つ棒へ供給する魔力を切りながら、棒を振り下ろした。
「何、を───」
振り下ろされた棒の先の棒は切り離され、振り下ろされる勢いのまま飛んでいく。
その棒は真っ直ぐに、少年の肩を捉える。
棒は少年の肩に食い込み────
「なっ……え………?」
フィは理解できない、と言ったように声を上げた。
彼女からしてみれば突然矛先が自分に向いたと思ったら、だからな。
「もう大丈夫だろ。フィー、立てる?」
僕はフィに近付いて、手を差し伸べる。
しかし彼女は、僕の手を、返り血をたっぷり浴びたその手で払い、自力で立ち上がる。
「………伸ばすな。私の、名前は、フィ。だと言っただろ」
ぎこちない様子でそう言って周りを見る。
「だったね………そもそも、代償で僕もう攻撃できる能力値じゃないんだけど。どうしよっか」
一応、投げ飛ばした棒を拾ってフィに言う。
棒に付いていた血を手で落とす。
代償云々よりも既に腕が千切れそうな位痛くて、そもそもフィへ差し伸べていた手を取られてたら腕がどうなるか分かったもんじゃなかったくらいだけれど。
なんで差し伸べたかって? やってみたかったからだよ。気が抜けてるとも思われるかもしれないけど。
「どうしようもこうしようもない。逃げるぞ」
周りを衛兵で囲まれた状況。フィは諦めたように返答した。
衛兵達は、一瞬で爆ぜ飛んだ少年の死体を見て、怖じ気付く事もなく、隙間なく並んで構えていたからだ。
「そうだね……。」
手元の道具を全てリュックに仕舞い、僕達は同時に技能名を呟く。
「《MPバース───────」
「《獣化・狼───────」
───瞬間何か衝撃波に当てられて、二人同時に吹き飛んだ。
「今だ、やれ」
その声はその者の余裕を表しているようだった。
「「はっ」」
所々から上がる了承の意を表す声。
僕はそもそも残りの【HP】が少ないせいで意識が途切れないようにするのが精一杯で。
隣に転がるフィなんかは、すでに気絶していて。
衛兵に対して何の抵抗も出来ずに捕まることは明白だった。
「フィーナ……我が愛娘フィーナよ……帰りを待っていたぞ……!!」
どこの親がこんな乱暴にお出迎えするんだよ。
僕は薄れゆく意識でそう考えた。
「なっ…………」
その男は絶句した。
この男は、一端の奴隷商人であり、今は逃走している奴隷の回収に動いていた。
そんな中、探す対象を同じくする少年が現れた。
彼らは──と呼ばれる超人の集団の一員。もとよりこの世界の住人ではないので、特にどうなろうと知ったことではない。この世界の住人であったとしても、奴隷商人たるこの男がどう考えるかなんて、言うまでもないことだろうが。
「クソッ!!」
話は戻るが、奴隷商人は動揺していた。
まず一つ、追っていた奴隷を殺すことが少年の目的だったようだと言うこと。これは奴隷商人的にはさしたる問題ではない。所詮換えの利く商品だからだ。
敏腕奴隷商人を自称する彼にとって、そう思うことは簡単だったと自分で思っていた。
────奴隷を逃がしている地点で敏腕でも優秀でもないような気がしなくもないが。
「なんだよ………。」
そしてもう一つ。その超人集団の少年を棒を投げ飛ばして殺した女。
桁外れだ。振り下ろすように投げ飛ばされた棒が少年を掠めただけで肉片に変えるなんて。
当たった瞬間、少年の体が破裂した。まるでハンマーで叩かれた圧力に耐えられなかった石のように少年の体は弾け飛んだのだ。
穿たれたのは肩のあたりなのは分かったが、結局あの場でどうしてそう言った状況になったのか、あの膂力は何なのか。
全く分からない。
「なんなんだよ……クソ……」
目の前にはこの街では知らぬ者は居ない、超善良で知られる男がいた。
「さて、娘を攫った罪は重いが逃げ切れれば無かったことにしてやろうと申し出ているのだが? たかが低俗ごときに」
最後に、奴隷商人が最も動揺した出来事。
「あの……わたくしめはあなた様の娘など攫っては…」
「ああ、攫ってはいない。確かにそうだ。そうだ、そんな罪はないのだ。」
明らかにほっとしたような表情を浮かべる奴隷商人。
「娘を奴隷の身に落としてくれたことには間違いは無いのだから、そちらの罪を償って貰わねばな」
「ですから、そんなことはしてなど」
「この魔法画を見てもそう言えるか?」
そう言って懐から取り出した一枚の絵。
因みに魔法画とは、見ている風景を魔法で切り取り、絵にした物を指す。魔法版の写真ということだ。
「………っ!」
奴隷商人は目を見開いてその魔法画を見た。
そこには先程まで追いかけていた、白髪の娘に瓜二つの少女が写り込んでいたからだ。
「……ほう……知っておるのか」
問いかける男は、奴隷商人の目の動きをしっかりと見ていた。
やはり三流か、と口の中で呟く。
「え……知りま」
せん。と言おうとして、奴隷商人の口の動きは止められた。
問いかける男が、腰に吊られた剣に手を伸ばしたからだ。
能力値に圧倒的な差があったとしても、殺し方は腐るほど有るのだ。
ましてや、奴隷商人。禄なレベルではない。
「で、でも……その娘は自ら奴隷に落ちに来たんですよ! この国であろうと、身売りする子供は珍しくない!!」
「知っている。そんなこと言われなくても」
腰の剣にかけていた手をおろす。
「だが、貴様は目障りだ。娘と私の前から消えて貰う。《ショック・ウェーブ》」
瞬間安堵の表情を浮かべていた奴隷商人は表情を変える間もなく、口から血を吐いて事切れた。
「娘には、お仕置きをしなければ、な」
男は血を一切浴びずに悠々とその場を去っていく。
銀の髪を風になびかせて、悠々と。
後に残ったのは、血溜まりに沈む太った奴隷商人だけだった。




