長耳魔法書店
「体がバッキバキなんだけど…」
「文句言うな。私だって同じだからよ……と言うか今までもそうやって寝てたんじゃないのか?」
「寝てたけど、街に来てまで野宿をする羽目になるとは思わなかったからね」
結局路地裏で家の壁を背に、今まで着ていたボロ布を布団代わりにして寝た。
服は、先にフィが路地裏で着替えていたようだ。気付いたら着替え終わっていたので、何時着替えたかは分からないけれど。
僕はフィが寝る前に散歩して来るというのでその間に着替えたのだった。
「───…全く以てこの世界は僕に優しくない。 」
「それは仕方ないだろ。記憶喪失サンよ」
「………あれ、口に出して言ってた?」
「普通に。」
………そうなのか……。
「まぁ、これから生活水準を良くしてけばいいの………」
路地裏から出ようとしたフィは立ち止まり路地裏から出ていた顔を慌てて引っ込めた。
「どうした………って」
何があったのかは、同じ様に路地裏から顔を出してみるとすぐに分かった。
─────あの毛達磨がいたのだ。
「うっわぁ……もう来ていたのか…」
「向こうは馬車があるから当たり前と言えば当たり前だろ」
徒歩で着くくらいなので、馬車でこの街に既に到達しているのは分かる。
「でも、普通この街にピンポイントで来るか? 普通。」
「よく見てみろ、あのボサボサの奴隷商しか居ないだろ」
確かに毛達磨以外に奴隷商人は居ない。
「確かに………でもなぁ……」
何だろう……全く納得できない。
何かもやもやとした疑問があるんだけれど。
「兎に角、どうしようか」
フィは路地の奥へと行きながら、呟いた。
「どうするもこうするも…まずは金じゃないの?」
「じゃあまた死にかけに行く?」
そう問われると、僕はこう答えた。
「死ななきゃ良いよ」
「じゃあ、やめだ」
即答………!!
迷う余地もないと……!?
「それに、お前の非常識なMPの使い道が無いのは、勿体ないからな」
「ん? 何かMPの使い道があるの?」
「………まあ、本当にあるのかは分からんけど、知ってそうな奴がいる。そいつの所には行く価値はある……と、思う。」
非常に自信が無さそうにフィは言った。
「ま、これからも街中で目立つなよ? 気をつけろよ?」
「分かってるって」
細い路地という路地を迷いもなく移動するフィ。
さっきも宛がある風な発言とか、きっと奴隷になる前にはこの町に住んでいたのだろう。
「ん? 何かあったか?」
ふと、フィが振り向いた。きっと考えながらじっと見ていたのが原因だろう。
自分て考えておいてアレだけど、すごい勘の良さだよねそれ。
「何もないよ」
「………そか」
納得したように短くそう言うとまた歩き出す。
「全く…かったるいことになりそうだな…………」
この時フィはそう言っていたのだが、まだ僕はその意味を理解できていない。
そうして小さな道を移動していると、また小さな店があった。
その店は、小さな看板が置いていなければ、只の家だと思って通過してしまっていただろう。
店だというアピールがほとんど存在していなかった。
「ついたぞ。ここだ」
『長耳魔法書店』
看板にはそう書いてある。
「おい、何してんだ、早く入るぞ。」
すでに入り口の扉に手をかけていたフィが看板をじっくり見ている僕に向かってそう言ってきた。
僕は看板を見るのを止めて、ついて行く。
「おい、ネイシーは居るか?」
中は、まるで本屋のように沢山の本棚が綺麗に配列されていた。
本は………書いてある文字が読めない。言葉は通じているというのに。
「なによ………ってあんたは……」
「なんだよ戻って来ちゃ悪いか?」
「いや………悪くはないのだけれど、連れてかれたんじゃないのかい?」
フィは奥に行って、店員と話していた。
旧知の間柄と言うところだろうか。
そう言えばフィって何歳だろう。気にしたことはなかったけど、今度聞いてみようかな。
「そう言えばだな、今回はいろいろあってな。」
「へぇ。何かいろいろ変わったなぁ、フィーナ様は。口調とか……少し背も伸びたんじゃないのかい? それにここに来るのは大体一年振りだろう? 迷わなかったかい?」
「話聞くつもりあるのか?」
「いやはは。年取ると、自分ばかりになってしまって。すまんすまん。」
「全くだ。」
僕はフィの所に向かうと、笑顔で彼女達は談笑していた。
話し相手の店員はカウンターの様なところに座っており、店員さんは女性が1人だけ。それも二十代前半らしき人物だった。髪は綺麗な金色でどことなく整った顔立ちで、肌は日焼けを知らないかのような白さをしていて、そして細身だった。スレンダー。
「っと。いらっしゃい。なんのようかな?」
「私の時にそうやって真面目に応対してくれないかな?」
「……善処します」
二人ともとても仲が良さそうだ。
「って事は何だい? 挨拶に来ただけというわけじゃないんだろう?」
「当たり前だ。用もなくここに来る訳ないだろ」
「以前はよく用もなく来てたじゃ痛いいたいいたい!!」
聞く気のない店員の耳を両手でひっつかみ左右に引っ張るフィ。
良く伸びる耳だ。
痛い痛いと連呼する様を一通り見て、僕はフィに聞いた。
「……この人は?」
「長耳魔法書店店主のネイシー。この街にいる唯一のエルフだ」
……良く伸びる耳だ。じゃない、元々長かったのか。
紹介するときにやっと両耳が解放された店主、ネイシーさん。
「あたたた…………」
引っ張られて赤くなった人とは違う長い両耳をさすりながらネイシーさんは言った。
「改めて、いらっしゃい。魔法書なら何でも揃ってる長耳魔法書店だよ………ってか痛すぎ……また力のステータス上がったでしょ……」
覇気と言うか威厳というか、そう言ったものは一切感じられなかったけれど。
「この人、こう見えてレベル百超えてるらしいぞ?」
フィがそう言った。ネイシーさんは苦笑いで済ましている。
威厳はないが、実力はあるようです。
「あはは………エルフは皆、超高レベルですからね………」
エルフ………恐ろしい種族……!!
「それはさておいて、MPしかない奴の戦闘能力向上にはどうしたらいい?」
僕の動揺すらも横に置いて、フィは本題に入る。
「えー、MPしかないって……普通魔力か癒力が釣られて上昇してるもんだと思うんだけど?」
「こいつのステータス…見てみろ。他言無用な」
「あいあい………《ステータス閲覧》……君、ステータス開いて、要求にハイで答えて。大丈夫、見たステータスは他言しないよ、エルフは皆口が堅いからね」
言われた通りにステータスを開くとステータス窓の前にもう一つ窓が開き、そこには
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何者かが《ステータス閲覧》をしようとしています。
許可しますか?
『ハイ』・『イイエ』
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と表示されていた。
何者かがって………ウィルスにかかったみたいな印象を受けるなぁ……。そう言う経験無いけど。
僕は、その表示を印象から気分が進まないながらも、『ハイ』を選択。
すると、ステータスが記載されている窓が反転、ネイシーさんへと向かっていく。
「んなっ!? 何この数値!?」
「適性SSSらしいぞ」
「技能に何かあるのは置いておいて、壊れてるわね………しかも癒力魔力がかなり低い……まあ、このステータスなら別に使い物にならないわけじゃないけども…全属性に適性あるみたいだし」
「全属性適性E-だけどな」
「…………分かったわ……この人が魔法に対する適性がおかしな方向へ吹っ飛んでいるのは……」
「だろ?」
このたった一瞬だけでどっと疲れたようにフィの言葉に頷くネイシーさん。
「…………MPって、適性があがる毎に回復速度も上がるんだけど……Sを越えると、回復力から自分が保たないって聞いたんだけど……どうやってこの年まで……」
机に突っ伏してぶつぶつと何か呟いているが、いまいち聞きとれない。
「って訳だから、このステータスでまともに使える技能を覚えられる書物はねえかっていうのを聞きに来たんだよ」
フィが話しているうちに顔を上げたネイシーさんは、それを聞いて考え始める。
「…………ないこともない。ちょっと待っててね」
そう言って立ち上がると、本棚の間を歩き始めた。
「そんな僕っておかしい?」
「…………」
目を逸らさないでよ、フィ。
数冊の本を取ってきたネイシーさん。
ドサッとカウンターテーブルに置く。
「これの………あった。これとかいいんじゃない?」
そうやって開いた本の一冊のとあるページ。
…………読めない………。
「何が書いてあるんですか?」
「………文字、読めないのか。」
フィが信じられないことのように聞いてくる。
「あっちゃー、適性無しかぁ」
「え、えと? 何なんです?」
ネイシーさんは少し悔しそうに言った。何のことか分からない。
あと文字は元々読めない。会話できるのに。出来るのに。
「フィーナ、何がこのページに書いてあるか分かる? わざわざフィーナに適性のあるページを……」
「…分かるが…ああ、そう言う。ネイシー、コイツに魔導書の説明をしてやれ」
「何で命令口調なのわたしこれでもあなたなんかよりも年上ですよ」
「うるさいババァ」
「こんの!!」
ネイシーさんが怒って立ち上がると、カウンターテーブルを乗り越えてフィを追い掛ける。
フ ィ は 逃 げ 出 し た !
「───じゃない、ネイシーさん!! 魔導書ってなんですか!?」
ネイシーさんは本棚の間を縫って逃げるフィを追い掛けながら答える。
あまり大きな声を上げなくてもカウンターテーブルまで声は届くので、ネイシーさんは止まらずに説明した。
「魔導書っていうのは! 魔法や技能の詰まった書物のこと!! 魔力を流し込むと……そのページに記された魔法だか……技能が修得できるの………待ちなさいフィーナァッ!!」
鬼気迫る、といった様子で追い掛けるネイシーさんと全力で追い掛けるフィ。
逃げながら散らかすフィと追い掛けながら片付けるネイシーさん。
何やってるんだこれ。
「そんな簡単に修得できるんですかー!? 技能修得するのは難しいって聞きましたけどー!?」
「あー!! そこんところは問題ないわ! 修得するにはその技能に対する高い適性が必要で!! 例えば君の!!」
「分かりましたけどっ!? 僕は文字が読めませんが! どうしたらいいんですか!?」
フィがこちらに向かってきた。
彼女は通りすがるときに、言った。
「思い出したけど、そもそも適性なれば読めないんだわ。魔導書………わひゃっ!?」
と言うか、いいかげんうるさかったので、足掛けてすっころばした。
「わー、一度避けた足をもう一度蹴り飛ばすとか………相手女の子なのに容赦ないわねー。」
そう呟くと、思い切り顔面を床にぶつけて悶絶しているフィに近付く。
穏やかな表情で。穏やかな足取りで。
「………おいフィーナ……私はババアじゃない、お姉さんよ?」
フィの背中を片足で踏みつけ、髪を引っ張ってネイシーさんの方へと顔を向けさせる。
「───分かったわね?」
僕はそっちを見ないようにして、ネイシーさんが持ってきていた本をペラペラと捲り始めた。
そうするとどういう事だろうか、後ろから聞こえてきていた気がする悲鳴は全く気にならなくなっていた。
………ははは。




