少女の名前
水華の都オルカリエ。
そこはルーズリア領屈指の富豪・オルカリエの治める街………いや、都である。
僕は少女を背負い、イフェルから逃亡する最中、通りかかる商人と話すことになり、その話の持ち上げる様から、次の目的地をその都、オルカリエに決めた。
因みに商人はずっと寝ている少女を背負う僕を怪訝な眼差しで見ていたが、僕が『親が旅の途中で……』と悲しげに言うと納得したようだった。
少し幼く見える容姿や、背負う少女がプラスに動いたのだろうか。
絶対、技能《女装》ボーナスじゃないと思いたい。違うはず。違うよね。
────翠節35日
「なかなか、起きないなぁ」
背中の少女はなかなか起きない。既に3日、歩いているんだけれども一度たりとも起きなかった。
……加護切れる前に安定した生活を手に入れたい…。あと、16日位だよね……。
でもようやく、商人から聞いた街の姿が遠目にうっすらと見え始めた。
イフェルから紅翠の方角。つまり紅の柱と翠の柱の中間辺りの方角に存在していたオルカリエ。
その姿がようやく見える距離に来て僕は、一度休憩を取ることに決めた。
取り敢えずリュックと少女を背中からおろし、少女を寝かせて僕は座った。
「魔獣………あんまり出ないな……」
道中出会った商人さんが言うには街道から逸れなきゃ危険は少ない…って言ってたっけ。
親切な商人さんだった。干し肉とか譲ってくれたし。
渇きと飢えは歩けれどまだまだ我慢できそうだ。MPがだんだん減り始めているけれど。
こういうところで、魂を転送とかって言うのは役に立ってるんだろうか? 僕には分からないけども。
「ん…………ぅ? ここは?」
「!!?」
寝ていた少女が起きた。
「あれ、アサギ………私が気絶してから…どうなった…?」
寝ぼけ眼で、僕にそんな事を聞いてくる少女。
「やっと起きた!!?」
「うるさー…い。教えろ……今どういう状況だ?」
眠気からだろうか、思い切り睨みつけてくる。
「もうすぐ、水華の都って所に着くってところです。はい。」
ちょっとビビった。
「………おい、ケビンは……? フレディは……?」
「ケビンとフレディは連れてこられなかったよ」
そう僕が言った瞬間、彼女は
「ふざけんなよ!!」
────思い切り殴りかかってきた。
僕は避けられずに頬をグーで殴られて後ろに倒れる。
「全く……あの奴隷共も……お前も……ふざけんじゃねえよ。しかも行く先がよりにもよってオルカリエかよ! ふざけんな………ふざけんな……」
「……………何か悪いことでも?」
そう聞くと、彼女は不機嫌そうに土を掴み、投げ捨てた。
「あるに決まってる。あの状況であの二人を見捨てて逃げたんだな? 見捨てて。だったら私を見捨てれば良かったんだよ!」
「ケビンは深手を負っていたし、フレディは人が寄ってくる前に回収できなかったし、君なら拾って行けたってだけ。運が良ければ二人とも生きていけるだろ、多分だけど」
頬をさすりながら僕はしっかりと彼女の目を見て答えた。
正直、今でも後悔している判断だ。全員助けられたんじゃないかって。 罪悪感が半端じゃない。
「うるせぇ! どうせ女だからとか考え」
「そうだと思ってるの? よく考えてほしいんだ、僕の外見。この外見でどれだけ苦労したと思ってるの? 寧ろ僕はね、女は憎いくらいだよ。特に見知らぬ人はね」
………さすがに嘘です。彼女持ちだったんですよこれでも僕は。
まあ、そんな事はおくびにも出さず真剣に言うのだけれど。
「ぐ………。じゃあ何で」
「だから、言ったじゃないか。一番近かったからだよ。」
「……ちっ…。それでもケビンとフレディを見捨てた事には変わりないんだよ…。」
そう言われると、どうしようもない。
白髪の少女は呟くと、大きく深呼吸をする。
一旦、落ち着いたように見える少女は次に口を開くと
「………何故オルカリエに向かってるんだ?」
また責めるような口調でそう言った。
「通りすがりの商人に聞いたんだよ。丁度近いらしいし、何より綺麗な所って聞いたから。」
「………出来るだけ、私に喋らせるなよ。あの街には行きたくないけど、どうやら君は出来れば行きたいと考えているんだろ」
「出来れば、というか凄く」
少女は咳払いをして、つまらなそうに続ける。
「まあ、仕方無い。色々買うべきものがあるだろうからな。……でも目立つなよ? 絶対おとなしくしてろよ?」
「う、分かった。」
僕は少女が念を押すので、気圧されながら了承した。何か目立ちたくない理由とかあるんかな……?
………と、そう言えば、だ。
「そう言えば、名前聞いてなかったな。僕はアサギ。君は?」
「私は………フィ。」
「フィ? 変な名前」
「変な名前とか言うなよ、分かってるんだからさ」
そう言って目の前の少女は立ち上がり、準備運動のような動きを始める。
「行くと決まったら、さっさとしよう」
「………休み始めてまだそんなに時間経ってないんだけど?」
そう言うと振り返ったフィに呆れたようにこう言われた。
「知るか。私は身体が鈍っているからな、先に行くぞ。」
そう言って歩き出してしまったフィ。僕は呆けてその様子を見ていた。
─────って! ちょっと待ってよ!
僕は慌ててリュックを背負い直し、先を歩く彼女に追い付くために走り出した。
 




