転がされて、運ばれて
「ふふふ、今回は良き収穫がありましたなぁ!!」
高らかに笑う男。
無造作に伸ばされた髪と髭がその顔を覆い隠すほどに生えていて、その上その男はでっぷりと太っていた。
男は、その容姿から〈毛達磨〉と呼ばれていた。自称敏腕奴隷商である。
実態は誰もいない小さな通りを縄張りに活動している、ちっぽけな男だ。
「これほどの容姿の小娘……!! さぞや高く売れるだろう!!」
〈毛達磨〉は己の縄張りたるいくつかの小さな通りを通りかかった人間を捕らえて、売る。基本的に、そうしていた。
捕らえるときは目を魔法で見えなくしてから、後頭部を殴り昏倒させる。という手段を取っている。
「ふふふのふすー。」
そうして〈毛達磨〉は脇に抱える小娘を見る。
その娘の頭から垂れる長髪は、赤く青く綺麗なグラデーションになっていた。
気がついたら、縄で縛られて転がされていた。
手も足も体も巻き込んでぐるぐる巻きだ。
というか、何これどうなってるの!?
ガタゴトと揺れる地面に、真っ暗空間。気絶する前と視界が全く変わらなかったおかげで、気絶する前の記憶がすぐに思い出せた。
身じろぎすれど、すぐとなりには何か居る。何も見えないけれど
「どうなってるの………。」
「……このまま戦線に……連れてかれるのさ……」
小さく呟いたその言葉に、かすれ声での返答。真っ暗で何も見えないがすぐ隣からというのは分かった。
「………戦線…? 戦争でもしてるの……?」
ひとまず、声を潜めて話しかける。
「……本気で言ってるのか?」
呆れているのか怒っているのか。隣の人がそう返した。
「………実は、さ」
どうしよう。自分が常識を知らないことをどうやって説明しようか……。異世界人は論外、東の島国からとか東の云々とかはどうだろうか。
「えっと、東の…」
「ヒガシ? なんだそれは。食べ物か?」
…………ん? 東が通じない?
「…いや……ちょっと記憶喪失で、名前以外分かんないんだ……」
今疑問に思ったそれはひとまず放置して、別の言い訳を言う。
記憶喪失って自分で言うのは、どうかと思うけど。
「そうか。じゃあ……今何でこの馬車に…詰められてるか…も分からないのか?」
幸い、話し相手は疑問に思わなかったようだ。
「そうだけど…。君は分かるの?」
その質問に呆れたのか、隣の人はしばし無言になる。
分からないのか、と。
「………えっと。ごめん。分からない。」
「奴隷として戦線に送られるんだよ。戦奴になるのか、一般兵に買われてそう言う事の相手をする羽目になるかは、分かんないがな。」
…………ん?
「まぁ慰み者にされるかもって事だ」
わあ、それは大変だぁ…。
「──じゃない大変だ!?」
慌ててじたばたしたが、自分の身を縛る何かは一切緩む気配はなかった。
自分の容姿は、ある程度理解しているけど、僕はホモじゃない!
「……ほーんとに理解してなかったんだな。……ひとまず落ち着け」
「………落ち着いてられる方がおかしいよ」
騒いでも仕方ないので、取り敢えず静かにする。内心は滅茶苦茶落ち着きのない、騒ぎまくっている状態だ。
「すぐに売れるってことじゃないからさ。暗闇も慣れたら大したことはないしな」
「本当??」
「慣れる慣れる。まあ、お前、記憶喪失だったんだったな。不安だろうから、一応答えられる事は答えてやる。質問はあるか?」
記憶喪失を自称した僕を気遣ってか、質問を受け付けるという隣の人。
折角なので今の所疑問である色々なことを聞いてみることにした。
知らなくてはいけない一般常識を。
「じゃあ、まずは────」




