ご主人にとって僕は……
僕はいつもひとりぼっちだ。日が昇ってる間は窓の近くでずっとお昼寝をしてる。
夜になるとご主人が帰ってくる。僕をガラスでできた檻から出してくれた大切なご主人だ。
でもそんなご主人はいつも遊んでくれない。
いっつもどこかに出かけちゃうし、帰ってきたと思ったらすぐに寝てしまう。
顔を合わせるのもほんの少しの間だけ……
ごはんはご主人が出かけるときについでくれるからお腹がすくことはないけれど、僕の心にはポッカリと大きな穴が空いている。
たまにはご主人と一緒に遊びたい。そんな気持ちが僕にはある。
ほんとにたまーーにだけと、ご主人が一日中おうちにいてくれる時がある。
そのときはいっぱい遊んでくれた。
でも大抵プルプルなる箱を耳に当てて話し始めたと思ったらすぐにおうちを出て行ってしまう。
「また今度遊んであげるからな」って言ってたけどそれっていつなのだろう。
そして今日もご主人はどこか出かけていく。また今日も暇な一日を過ごしていくのだ。
そう思ったらいてもたってもいられなかった。
「みゃー(僕も一緒に行く)」
「おう、どうしたミィ。ごはんはおわんによそってあげただろう」
「みゃー、みゃー(ご飯じゃないよ。僕も一緒に行きたいよ)」
「違うのか、トイレの砂も変えたぞ?」
「みゃー(僕も一緒に行きたいんだよ)」
「…………」
「みゃー (一緒に連れてってよ)」
「…………」
「みゃー (ねぇってば)」
「おまえは何が言いたいんだよ!」
それはご主人が僕に対して初めて怒った瞬間だった。
「早く会社に行かせろよ!俺はものすごく忙しいんだよ!!昨日も帰れずに仕事をさせられるわ、そんなクソ忙しい中で俺の同僚に仕事押し付けて部長一人だけ定時で帰るわでストレス溜まりまくってんだよ!!お前はここで黙って寝とけば良いだろうがよ!」
ガチャン。
そう言ってご主人は怖い顔をしながら出て行った。
よく理解できていないがご主人はカイシャ?ってところに行く。
さっき怒ったのもそのカイシャってところのせい。
でもそのカイシャっていうのは僕よりも大事なの?
おうちにいない間はずっとそのカイシャってところにいたの?
そんなにカイシャにいたいの?
おうちに帰ってきてくれるのは僕がいるから仕方なく帰ってきてるの?
だからなるべく早くカイシャに行けるように帰ってきたらすぐに寝ちゃうの?
だからごはんも、朝にいっぱいついでお昼には来なくてもいいようにしてるの?
もしかして、僕っていらない子?
そう考えてしまったらもう止められなかった。
ご主人は暑いだろうからといって窓をほんの少しだけ開けている。その隙間に手を入れてせいいっぱい引っ張る。
ちょっと重かったけどなんとか僕が通れるような隙間ができた。
ここから出ていこう。
僕はご主人が大好きだ。ご主人のためなら僕はなんだってやる。
例えそれがこのおうちから出ていくことでも。
ご主人はとっても優しい。
とっても優しいから僕が邪魔でも捨てたりせずにおうちにいさせてくれたんだ。
あの狭いガラスケースから出してくれて、僕はご主人に感謝してる。
もしご主人が優しすぎて僕を捨てれないなら僕からこのおうちを出ていこう。
そしたら僕を心配して帰ってこなくてもずっとカイシャにいられる。
見るためだけの世界へ僕は1歩を踏み出していった。