あそびをせんとや(短編夢オチ版)
山の中にぽつんと子供が落ちていた。
だから拾った。
このお山のモノは僕のもの。
返せったって返してあ~げない、なんてね?
子供は怪我をしていた。致命傷並みの怪我。
だから返せない。返してあげない。
はやく良くなれ。早くよく治れ。
子は僕にとって宝。子は癒し。子供だけは、なにがあっても憎めない。
だから拾ってあげた。大人たちがイラナイっていうから拾ってあげた。
この子も捨てられてた。
自分から親を捨てた。
だから拾った。
だから僕のモノ。
返してったって、返してなんかやるもんか。
この子は返されることを望んでない。
だから返してあげない。この子が望むまでは。ゼッタイ、返してあげるものか。
あれ? だけどオカシイなァ……。
この子、心が壊れてる。
この子、僕が命の恩人だからって、自分の命を僕に差し出した。
困るよ。困るよ。本当に困るよ。
どうすればいいんだ?
わからない。
ええいっ。とりあえず、甘やかしとけっ。しつけは大事だ。
母の役目を果たせばいい。
あれ? でも、だけど、オカシイなァ?
どこでどう、間違えた?
あの子、大人になったら、僕を自分のお嫁さんにすると言いだした。
あれ? オカシイな。あれ? あれれれれ?
どこをどうしたもんかね? 子供たち。
僕は幸せになんか、なっちゃいけないんだ。
オンナの幸せナンテ、イラナイ。
僕は子供たちに囲まれて、遊び仲間たちと一緒に、ずっと、遊んでいられたらそれでいいんだ。
なのにあの子は僕を、自分のお嫁さんにすると。恋人“ごっこ”も嫌だと。本気でおれに惚れてほしいといってきた。
どうすりゃいいんだ?
人間と神族では、子は生まれにくい。
ましてやあの子は、退魔を生業とする一族の頭領。
跡継ぎは必要だろう?
僕の躰は、人に成り済ますために使っている躰は、赤子の遺体。それを成長させたもの。
あの子に死体を抱き続けろと?
あの子に子は諦めろと? 僕に自分の子を産ませたがっているあの子に、どう言やいい?
赤子から美しく育てた外見ではなく、中身が良いといってくれるあの子は、本当に良い男。
僕にはもったいないくらいの、超絶ドストライクな美丈夫だ。
あの子は多分、意図してそうなるように、自分を変えてみせた。
僕にも変われという。
んな、無茶苦茶な。
僕は童子神。セカイに生まれた時からずっと、何万年も、何億年も、子供姿の神。
白妙赤房風由神。通称、遊鬼童子。神代の白鬼。元、人として生きた人柱。
殺される間際でも、人が愛しくて、愛しくて、愛しくて仕方がなくて、白い鬼になってしまった、元は幼い女の子。
そういうセカイから与えられた設定のもと、人間が創る時代に寄り添い、遊び、子供を拾って、食糧である人の身に宿る霊力を、喰い散らかしながら、面白おかしく飄々と、各地を放浪しながら、適当に生きて来たのに。
今さら変われるかってんだ! 何様のつもりだ、こら!
そういうと、あの子が少し折れた。
でも、折れたフリだった。かもしれない。
あの子は強情だよ。
恋に狂ったあの子はこわい。
僕の大事なモノ、僕ごと破壊する勢いだ。
僕はただ、面白ければそれでいいのに。
しょうがないから逢いに行ってやったら、退魔の術で捕らえられる。
甘やかな熱の籠った激情の瞳で、僕を見つめ、優しく肌を撫でる手は凶器。
監禁、緊縛、当たり前! 執着の仕方が凄まじい。
気が付くと刃物まで持ち出すからコワい。
遊び仲間、数人、いなくなっちゃった。
心が壊れていたあの子は、僕がいなくなったことで、よけいに心を壊したようだ。
僕への執着の仕方が、切なく、凄まじい。
仕方ないから、僕が折れた。
これ以上、遊び仲間たちや子供たちを傷つけさせるわけにはいかない。
けっしてあの子が、本気で“こわかった”というわけではない。
ただ単に、情が湧いたのだ。
僕は白鬼。僕は鬼神。僕の存在年齢は、億越え。三十路超えの喪女の数倍クラスで、恋愛知らず。恋には奥手。だけど僕は遊びの神。遊び慣れてはいる。本気なんてしらない。いつも、本気になる前にフラれてた。いつも、本気になる前に自分から逃げていた。捕まえられることなんて、あってないこと。ぜったいないこと。その前に、相手が寿命でなくなっちゃう。
だから、あの子がこわかった。
だから、大人になったあの子がこわかった。
僕は遊び好きの童子神。ずっと子供のまま、ずっと遊んでいるだけの、ロクでもない存在。
大人になってはいけない。存在が、ぶれる。
大人になってはいけない。恋を知るということは、成長するということ。
大人になってはいけない。僕は童子神。遊びの神。遊びを通して子供たちに道を示すのが上から与えられた御役目。大人はこわい。
大人は僕を縄で縛り、力を封じ込め、冷たい棺に入れて、生き埋めにした。
僕はただ、遊んでいただけだ。僕はただ、一緒に遊びたかっただけだ。僕はただ、友達が、仲間が、恋人が。家族が欲しかっただけなんだ。
だけど、怖いんだ。なにもかも、こわいんだ。うそをついていたら、傷つかずに済む。
ねえ? 演技でもいいでしょう?
僕は君たち、人間が、怖いんだ。
大人になったあの子は、今度は泣きじゃくる僕に手を差し伸べた。
―――悪かった。一緒に暮らそう。改めて、おれの嫁になってくれないか。
子供だった時、僕が彼の命を拾った。あの子は僕欲しさに、自分を差し出してきた。
大人になった彼は、大勢に囲まれても、孤独な僕の心を拾うつもりらしい。
ねえ? 盛大にアッカンベーして、手を取らなかったらダメだろうか? 僕、ものすっごく捻くれてるんだ。なにもかも、彼の思い通りにやるのはシャクだもの。
ねえ? 君。一緒に遊ぼうよ。僕が鬼ね。
君が僕を捕まえられたら、考えてあげる。
―――嘘。もうとっくに、捕まってる。
ねえ? 君。僕の本当とウソを見分けて? 君はずっと正解を引き続けた。ねえ? 君なら、出来るでしょ?
「愛してる。おれの人生、すべて賭けてもおまえが欲しかった」
「ほら、やっぱり君は良い男だ。間違いを引かない。僕も愛してるよ? 多分、君のこと。ねえ? 君を僕のモノにしていい哉?」
「おれはもうとっくに、それこそ、おまえに拾われた七つの頃からずっと、おまえのものだ」
僕はにっこり笑って、僕を抱きしめる旦那様の手を取り、身を預けた。
戦国の世。
ある忍びたちの頭領と白鬼の話。
◇◆◇
「―――という夢を見たんだけど、君はどう思う?」
白鬼は、昨年、拾った浅黒い肌の赤い少年に尋ねる。
赤い少年は、「(ハァ?)」と訝しげに片眉をつり上げた。
「おまえの願望だろう。それにおれを巻き込むな」
「だよね~」
白鬼は腰の後ろで手を組み、にっこり笑って返した。
「これで小説、草紙物、一本書いたら飯の種の足しになるかな?」
「知らん」
「ははは、冷たいなぁ、もう。麻痺毒入り飯にしたろか?」
ふりかけのように、小瓶に入れた麻痺薬の粉末を見せる白鬼。赤髪赤目の少年は、さっと自分の椀を手に、家の出口から逃げようとした。
「冗談だよ」
扉に手を掛けつつ、少年は白鬼の顔を見た。
―――夢の内容。それが正夢になるかもしれないなどと、悟られてはいけない。悟られなければいい。
興味を失った様子の白鬼に向かって、少年は告げる。
「―――おれは、………おれの命は、拾われた時から、おまえのもの、だからな?」
ずっと、傍にいるからな。離れるなよ?
「念を押さなくても、君が帰りたくないのなら、ずっと、ここにいればいいさ。時が来るまで」
きょとんとした顔でいうヤツは、わかってない。
「……ああ。ここに、いる。ずっと、ここに、いる……」
おれの帰る所は、もう、おまえのところ以外、ないのだから。
ずっと、ずっと、一緒だ。
離す気なんて、ないからな。
「覚悟しておけ」
他なんてミサセナイ。
「ん? なんかいった?」
「なにも。今日は、寒いから、一緒の布団で、寝よう?」
「ん~? せまくなっちゃうけど、体は子供同士だし、まあいいか。そうだね。そうしようか」
「ああ……」
おまえをほかのやつになんて、ぜったい、ぜったいに、渡さない。
END.(?)