オッサンとオッサン
鳥が鳴いている。今日も天気は良いらしい。
「熱ぃ…」
何もかも売っぱらった家具は、全てグレードアップして戻り、部屋に鎮座している。
ベッドだけが足りない部屋。
一式だけの布団。
貧乏なわけでは無い。金は今の所余っている。
とりあえず、纏わりつく元凶の裸の背中を叩く。
「っ…たっ」
「…テメェ、熱いんだよ。そもそも夏までには出て行けと言っただろうが」
「…はよ」
「挨拶なんて良いからさっさと起きて布団…いや、この家から出て行け」
四十近い心の底から異性愛者であるオッサンが向かい合って片や上半身裸、片や可愛いパジャマ(貰い物)で寝起きの低音ボイスで挨拶を交わしてる場合では無い。断じて無い。
「どうした?機嫌悪りぃな。恐い夢でも見たのか?」
「今まさに悪夢続行中だ」
悪夢の元凶は高学歴高収入の、家柄良し、顔良し、頭良し、体格良し、性格も良い方だろうし、欠点といえば年齢とプレイボーイなのと日常生活が壊滅的な事だけだ。
そこら辺は年中無休で仕事させておけば家は散らからないし、女を食い散らかす暇も無いだろうし、年齢は保険金が手に入るまでのカウントダウンだと思えば良い。
ほら、髪を掻き上げる仕草なんて最高に様になってるだろ。
だから頼む誰か彼に居着いて離れ難い居場所をあげて下さい。
「…なあ、エイジ」
「ぅん?」
オッサンがひとつ歳下の、オッサンに向けてるのが勿体無いくらいの甘い笑み。
「お前、学生時代あれ程浮名を流していたのに今はどうして一緒に暮らしてくれる彼女の一人や二人や三人作らねぇんだ?もう枯れたのか?」
「失礼だなハルカ。俺はいつでも現役だぜ。会社に行けば老若男女問わず熱い視線をビシバシ感じ、誘いの言葉をサラリと躱し、ハルカの元に帰って来てるんだ」
「来るんじゃねぇよ。熱い視線に焼き焦がされてお持ち帰りされろ」
一式だけの布団の上で馬鹿な応酬をしている内に米が炊けたよという炊飯器の合図がなった。
「ご飯、炊けたぜ。ほら、奥さんにご飯を装って差し上げろよ」
「…ああ、わかってる」
左手の薬指にした冷たい指輪を摩りながら布団から出て、器にご飯を盛る。
元は寝室だった扉を開け、ご飯を置き、座布団の上に正座をして鐘を鳴らし、顔の前で手を合わす。背後では、ついて来たエイジも手を合わす気配がした。
仕事を辞め、妻の物を片し家具類を全て売っぱらったあの日、ハルカは死のうと思ってか、それとも生きる術を探しにか、ふらりと外に出た。
真夜中だったせいか、心境のためか、普段歩く道よりか遥かに真っ暗な道路。
何本もの街灯を過ぎた筈なのに、一本だけ、ひどく眩しい街灯があった。
引き寄せられるようにして近付いてみると、学生時代、男にも女にも人気で凄く有名だった男が寝こけていた。
噂に違わず勉強もスポーツも出来て困っている奴がいれば放って置けない世話好きな男だったからハルカも何度か世話になったものだ。
恩返しというわけでは無いが、このまま捨て置くのも妻が生きていれば叱られる気がして、家に持ち帰って介抱して次の日にはサヨウナラ、のつもりだった。
それが去年の冬。
エイジは我が物顔で居着いてしまった。
自宅はどうしたと聞けば、実家はとっくに勘当されて先日までホテルや女の家で暮らしていたんだと。
だったらそうしろと何度言っても聞きやしない。
「さて、飯にしようぜ」
「…卵とベーコン焼くから、エイジ、新聞取って来い。ただし、いつも言ってる事だがな…」
「ハルカより先に読むなって言うんだろ…わかってる。何ヶ月側に居ると思ってんだよ」
「おう、そろそろ飽きただろ?出て行って良いんだぜ。だいたい毎朝ベーコンと卵、ハムと卵、ソーセージと卵じゃあお前の抜群のプロポーションが保てなくなるぜ。そろそろ歳だからなオレたち」
通りすがりに言えば、左手を掴まれ、
「そうだなぁ、ハルカがこの左手の指輪をハズして大切な思い出としてソッと胸に仕舞い込んで、また誰かを愛する幸せを望むようになれたら、出て行ってやるよ」
指輪の上に口付け、懇願に似た爆弾発言を落とされた。
家に来て、何も無い部屋を見た時に死ぬつもりだと気付いていたのだろう。
「…だったらお前、一生無理だ」
「んじゃあ、俺たち一生一緒だな」
「勘弁してくれ」
女大好きのオッサンと、妻一筋のオッサンの胸クソ悪い生活はまだまだ続きそうである。