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ログホラ二次創作SS

どっちにするの

作者: 犬居のすけ

 トウヤを筆頭に元気者の集まりなので、扉の向こうが騒々しいのはいつものこと──とはいえ、今日はまた一段と賑やかである。

 昼に班長お手製のクラブハウスサンドを詰め込んだきり(当然、パンを持つ逆手には書類を離さない)事務仕事に没頭していたシロエは、わいわいと弾む仲間たちの話し声に、ようやく日も暮れかかる時刻なのを知った。

 戦闘訓練に買い物、時には外部ギルドの友人と組んでクエストの攻略と、それぞれの目的を終えて皆がギルドハウスに戻ってくるこの音が、極端な集中力を持つシロエに時間は流れるという事実を教えてくれるのだ。


(う~~肩こった。そろそろ一度、休憩でもいれるかな。……にしても、トウヤたちは何をもめてるんだ?)


 自室のすぐ隣がダイニングなこともあり、とくべつ聞き耳をたてなくても会話のニュアンスは伝わってくる。もめ事、とするにはあまりにたわいのない言い合いなど、実は日常茶飯事の〈記録の地平線〉であるが、日ごろ職務を果たしていないギルマスとしては、口論に気づいてしまった以上、放っておくのも居心地が悪い。


「みんな、おかえり。どうしたの、ずいぶん賑やかだけど」


 自分なりのほがらかさを作ってドアを開けると、椅子にも座らずテーブルの周りに集まっていたメンバーが、一斉にシロエの方に向き直る。日中は別行動を取ることも多い彼らなのだが、今日は珍しく全員揃っての帰宅だったらしい。


「す、すみませんっ、お仕事の邪魔でしたよね」

「あっ、シロエ兄ぃ! なー兄ちゃんも投票してよ、多数決って言ってるのにこれじゃ全然決まんないや」


 慌てた口調で頭を下げるしっかり者のミノリの横で、前後の事情も説明せず声を上げるのは弟のトウヤ。


「だから、ルディがこっちに入ってくれれば終わる話でしょ!」

「いや、どちらの知識もない以上、ボクは棄権するのがスジだと思う。その代わり、どちらに決まっても喜んでお供するよ」


 つん、と唇を尖らせた五十鈴の横で、苦笑交じりに中立を宣言するのは〈冒険者〉になって間もないルンデルハウスだ。


「そうだぜ、ここはやっぱりギルマスに決めてもらうのが流れってもんだ。さ、頼むぜ親友、全てはお前にかかってる祭りっ」

「まあまあ、みんな一度落ち着くにゃ。急に色々言われても、シロエちだって困ってしまいますにゃー」


 その上、いつもは年少組の言い合いを微笑ましく見守る姿勢の年長組まで話し合いに参戦しているらしく、部屋の中は混乱の一語につきた。なにしろ日常ではギルマスより頼れると評判のにゃん太の言葉すら、続く「でも」やら「だから」に消えてしまう始末だ。

 

(何か決めるのに票が割れてるみたいだけど……)


 年長組まで巻き込んで意見が真っ二つとは、いったい何が起こっているのか。

 眉をひそめるシロエの元に、黒髪の美少女がそっと近寄る。


「主君、これ……」


 下からの強い視線とともに差し出されたのは、昔ながらの宣伝媒体。〈筆写師〉が複製し、街中でよく配られている広告チラシだ。手配りの悲しさで出回る数は少ないものの、ネット環境のないここ〈エルダー・テイル〉においてその効果は元の世界と比較にならない。


(ああ、これは、なるほど……)


 渡された紙に目を走らせて、シロエはようやく事態を悟る。

 アカツキから受け取ったチラシは二枚あり、どちらもなかなか凝ったデザインをしていた。が、問題になるのはその内容だ。

 一枚目は可愛らしいイラストで飾られたピンク色のチラシ。洋菓子と喫茶〈まざあ・ぐうす〉童話や物語のごちそうをあなたに──と書かれたもの。

 一方、二枚目は何とも味のある、わら半紙風の紙に墨一色。〈アキバ給食室〉栄養抜群。懐かしのメニューを懐かしの場所で──とある。


「これの、どっちに行くかでもめてる訳だ?」


 無意識にぽつりと言うと、お互い主張し合っていたメンバー達が再びシロエに視線を向ける。


「なー、兄ちゃんも給食食べたいだろ? 揚げパンに冷凍ミカンに給食カレーだぜ?」

「俺はこのクジラの竜田揚げがポイント高いと思う祭りっ。元の世界戻ってもなかなか食べらんねーし! クジラ祭り、大漁祭りだぜっ」

「我が輩、以前からソフト麺の製法に興味があったのですにゃ。あのえも言われぬこしのなさ。なのに妙に癖になるあの風味……」


 男性陣が熱く語る横で女性陣だって負けてはいない。


「〈本当に大きな卵で作る、ぐりとぐらのカステラ〉ですよ、シロエさん!」

「あたし〈虎のバターのホットケーキ〉にずっと憧れてたんだよね! そりゃ、ゲームだった頃は虎型モンスターのドロップアイテムにバターってどうなの、って思ってたけど……」

「アリスの……〈Eat me! 大きくなれるケーキ〉……」


 アカツキの言う、最後のお菓子の効能が若干気になるところだが、なるほど、こちらも女性受けしそうなラインナップである。


「だからさー、そんな甘いものだけじゃ腹いっぱいにならないじゃん。絶対給食のがいいって!」

「もうトウヤってば……せっかくお休みの日に食べるんだから、特別な甘いものが食べたいの!」

「班長やルディはともかく、俺やシロはそんなかーいらしー場所、肩身が狭い祭りだぜ」

「主君を自分と一緒にするな、バカ直継。それに、いつもの下品な口を閉じていれば直継が行ったって別に問題ない……たぶん」

「あ、あのさ……」


 素朴な疑問、という態でシロエが片手を上げる。


「これ、両方行くんじゃだめなのかな? 給食を食べてデザートは別で、とか……」


 と、すぐさまメンバーから反論が起きる。


「そう思って調べてみたのだが、主君。どちらも連日大行列なのだ」

「給食の人気メニュー、早く並ばないと午前中で売り切れちゃうんだぜ?!」

「それはこっちも同じだってば!」


 そろそろ喧嘩になりそうな様子に、慌てて別案を提示してみる。


「じゃ、じゃあ、二手に分かれればいいんじゃ……」

「食事は皆でとるから美味しいんですにゃー」

「そうですよ、シロエさん! せっかくのお休みなのに、別々に過ごすなんて寂しいですっ」


 なんと穏健派と思っていたにゃん太とミノリから、予想外のダメだし。確かにこれでは決まるものも決まらないだろう。


(だからって、僕に決定権ってのは……まいったな……)


 困惑するシロエをよそに、ダイニングはもはや混乱の境地だ。いくら内容が他愛ないものであっても、これ以上続けて後に遺恨があっては困る。


「とにかく! 恨みっこなしで多数決祭りっ」

「シロエさんが決めてくれるなら、従います」

「俺も、シロエ兄ぃが言うならいいや。……シロエ兄ぃのこと、信じてるし!」

「まあ、ギルマスが言うならしょうがない、かな。ルディはどっちになっても一緒に来るんでしょ?」

「ああ、どちらも非常に興味深い。〈冒険者〉の食べ物はたいてい美味と決まっているからな!」

「主君、どうする?」

「シロエち、責任重大ですにゃー」


(ああもう、こういうの苦手なんだけどなぁ……。でも……)


 恨みっこなしと言うならそれに期待しよう。ここまで話を聞いて、どちらを選ぶかといえば実は答えが出ている。


(朝露を集めて淹れたハーブティに、七色に味の変わる雲のコットンキャンディ。確かに興味深いけど、直継が言うように、僕らが行くには少し肩身が狭い)


 こういう時、より興味があるという積極的な理由ではなく、よりダメージの少なさそうな消極的理由で選んでしまうあたり情けないのだが、決めろと言われた以上仕方ない。

 本能が「女性には逆らうな」と告げている気もするが、シロエだって男の端くれなのだ。


(僕が決めれば恨まれるのは僕だけで済む。直継、骨は拾ってくれ……!)


 意を決してシロエが口を開こうとしたその時「ちょっと待ってください!」とミノリから制止の声がかかった。

 何ごとかと注目を集める中、ミノリは片手を耳に当ててこくこくと相槌をうっている。どうやら誰かと念話が繋がっているようだ。


「えっ、それってほんとに? あ、じゃあみんなに訊いてまたかけなおすね」


 そう言って顔をあげたミノリに、真っ先に口を開いたのは弟のトウヤだ。


「何? 誰と話してたんだよ」

「セララちゃんだよ。今度のお休みの話って……」

「ずっりぃ、後から票を増やすのはなしだぞ!」

「ち、ちがうよっ、向こうからかかってきたんだってば! ──あの、皆さん。今セララちゃんから念話があったんですが……」


 何を言われても意見は変えないぞ、という顔のトウヤと直継。表情の読めないにゃん太と興味津々のアカツキと五十鈴。

 注視されて少しひるんだ様子のミノリは、助けを求めるようにシロエの方を向いて話した。


「あの、実は私たちがもらったチラシ、少し古いものだったみたいなんです。それで、セララちゃんが言うには〈まざあ・ぐーす〉に明日から新メニューが増えるんだそうです。──石窯の薪オーブン完成記念〈魔女の宅急便からかぼちゃとニシンのパイ〉です。

 これに一緒に行かないかっていうお誘いだったんですけど、ちなみに彼女は一緒に行けるなら給食でも構わないって言ってて、それで……」

「かぼちゃとニシンのパイ……」


 皆が一様にその言葉を繰り返すのを見て、ルンデルハウスが首を傾げる。


「それは、何か有名な料理なのかい?」


 が、それに対する返答は雑多だ。


「えっ、っていうかアレって実際、うまいの? まずいの?」

「美味いかどうかさておき、孫のおぱんつは少し反省するべき!」

「ぱんつを反省させてどうする、バカ直継っ! でも、反省するべきには全面的に同意」

「薪オーブンで作る料理は香りがばつぐんですにゃー」

「美味しそうに見えたけどな~。あれかな、あの魚の模様も作ってあるのかな?」


 盛り上がるメンバーにミノリがダメ押しの一言を加える。


「あの……もうひとつ。おまけメニューで〈パズーのおべんとパン〉もあるそうです」

「え~、それってただの目玉焼き乗せパンじゃん!」

「物は言いよう祭りっ」

「でもあれ、不思議と美味しいよね~」

「少なくとも、クコの実よりましなのではないか……?」

「これはもう、決まりでよさそうですにゃあ、シロエち?」


 期待に満ちた顔に囲まれて、シロエはこくり、とひとつ頷く。


「それじゃ、次の休みにはみんなで早起きして〈まざあ・ぐーす〉で食事会。どのくらい並ぶのか分からないから、その後の行動は食事をとりながら決める。で、いいかな?」


 わっとあがる歓声のなかで、ミノリがさっそくセララに念話を入れる。

 話のほとんどを理解できないルディには、トウヤと五十鈴が熱心に講義を始めていた。


(これは、僕は残るから皆で行っておいで、なんてとても言えそうにないな……)


 仕事が片付かなければ辞退しよう、などと考えていたシロエだったが、どうもそうはいかないようだ。


(僕も食べてみたいしな。かぼちゃとニシンのパイ)


 素材から味が想像できるほど料理に詳しい訳でもない。

 それに、皆が遊びに行っている間、一人で仕事なんてどうにもやるせないではないか。


(こりゃ、徹夜も覚悟しとくか)


 手持ちの案件をどう片付ければ時間が作れるか。真剣に考えを進めるシロエを余所に、部屋は賑やかさを増していく。







 そして数日後──。

 楽しいメニューで腹をふくらませた一行の元に、〈アキバの給食室〉の新メニュー・ミルメークと、新アイテム・先割れスプーンの報が入りまた盛り上がるのだが、それはまたそれ。

 仲良しギルドの一日はこうして平和に過ぎるのであった。

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