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デザイア・レトリック  作者: 倉永さな
手芸部の事件簿
1/3

《前編》

 言葉というのは、修辞技法レトリックで意味が違ってくる。

 そう言ったのは、井波九郎いなみ くろうだったとなぜか唐突に思い出したのは、保健室で雑談をしている女学生三名の会話を聞いている時だった。

 三善みよし学園大学の保健室。

 ここの養護教諭である支路七生夜しろ なおやは、治療に使った道具を片付けながら、口を開いた。


「先ほどの話、もっと詳しく聞かせてもらえますか?」


 女学生たちは、突然の七生夜のお願いに、顔を見合わせた。無駄話をしていないで早く授業に行けと怒られると思っていたので、意外に思ったのだ。


「授業まで残り六分十五秒ほどですが、一分ほどで話は終了するでしょう?」


 女学生はもう一度、顔を見合わせ、中心になって話をしていた茶髪で緩くパーマをかけた一人・重井友香しげい ともかがおずおずと前に進み、遠慮がちに口を開いた。


「わたしたち、手芸部員なんです」

「手芸部というと、編み物をしたり?」

「はい。わたしたちは主に編み物を好んでやっていますが、部長はビーズで小物を作るのが得意でして」


 ビーズと言われ、七生夜が最初に思い浮かべたのは、なぜか芸能人の舞台衣装だった。


「ああ、あの舞台で着るようなきらきらした?」

「先生、それはたぶん、スパンコールのことだと思います」


 友香に突っ込まれ、あれはそんな名前だったなと思い出す。


「ビーズってのは、ガラスやプラスチックで作った穴の開いた小さな玉です。こういうヤツですよ」


 茶色を通り越して、金色に染めた長い髪をかきあげながら携帯電話を取り出したのは、仁品真央にしな まお。山のようにつけられたストラップの中から小さな飾りを七生夜に見せてきた。

 言われてみれば、七生夜も見たことのあるものだ。直径が一ミリにも満たない、穴の開いた玉状のものをテグスやワイヤーと言われるものに通して、形作っていくものだ。


「へー、これはすごいね」


 見せられた物は、立体的に作られたひまわりだった。ビーズでこんなものを作ることができるのかと七生夜は感心した。


「そうなんです、部長はすごいんですよ!」


 長い黒髪を垂らした本島美羽もとじま みわが興奮したような口調で言うのを聞き、七生夜は笑みを浮かべた。確かにこれは、ちょっと自慢をしたくなるレベルの作品だ。


「最近では、インターネットで作品を公開していて、注目を集めているみたいなんです」

「それはすごいね」

「学内にも、わたしたちをはじめ、かなりのファンがいるんですっ」


 七生夜は感心して、相槌を打つ。


「文化祭には手芸部の展示スペースの大半を使って、部長の個展を開こうって話も出ているくらいなんです」


 七生夜は三人の女学生に視線を向けた。


「でも、そうするとキミたちの作品は……?」


 七生夜のその言葉に、三人はずいぶんと間をあけて、美羽が消え入りそうな声でようやく答えた。


「わたしたちの作品は、スペースの隅で充分です」

「そう? 文化祭のために、作品を作ることもあるんだよね?」

「……はい」


 なんとなく、雲行きが怪しくなってきたと七生夜は肌で感じた。


「わたしたちは、部長が作った作品と同じ空間に置かせてもらえるだけで幸せなんですっ」


 三人の中で一番熱狂的なファンであるような美羽の言葉に、残りの二人は小さくうなずく。


「それに、販売も考えていますから……お客さんが多く来てくれて、少しでも売れてくれると、あまり予算をもらえない弱小部にはありがたいことですから」


 そして、三人は力なくうつむいた。

 七生夜は首をかしげて、三人を順に見た。

 茶髪の友香は少し拗ねたように唇を尖らせ、金髪の真央は困ったようにひまわりビーズをもてあそんでいる。そして、黒髪の美羽は瞳を潤ませている。

 困っている女性を見たら、どうしても助けたいと思ってしまう困った『病気』を持っている七生夜がそれを見て、黙っているはずもなく……。


「なにか困っているのなら、ボクに話して?」


 九郎が『また余計なことに首を突っ込みやがって!』と怒鳴っている姿が浮かんだが、七生夜は聞こえなかったふりをした。


「あの……」

「困ってる人を見過ごせないから」


 人好きのする笑みを浮かべ、七生夜は友香、真央、美羽の順に視線を向ける。三人の頬がほんのり赤くなったのを確認して、とどめとばかりに笑顔を浮かべる。


「キミたちの笑顔が見たいなぁ」


 その言葉に、三人は同時に真っ赤になり、もじもじし始めた。

 この三人の中心人物らしい友香に視線を固定して、七生夜はダメ押しする。


「ボクは口が堅くて有名なんだ」


 口角を上げ、にっこりと笑みを浮かべれば、たいていの場合は話をしてくれる。

 今回もそれは例外なく、茶髪の子の口を開かせることに成功した。


「その……。本当に、だれにも言わないでくださいね?」

「ああ、約束するよ」


 七生夜は真剣な表情を三人に向けた。

 それを見た三人は、互いに目配せをして、うなずき合った。


「手芸部は、わたしたち三人のほか、部長と副部長、部員五名の合計十名なんです」


 もっと人数が少ないと思っていた七生夜は、予想より多い部員数に少しだけ目を丸くした。


「去年までは、わたしたちと部長、副部長の五人だったんです。今年に入って、部長のビーズのおかげで、部員が増えて一気に倍になったんです」


 そういう経緯もあり、部長がある意味、宣伝塔になり、個展っぽい展示にしようという話になったのかと七生夜は勝手に解釈した。


「わたしたちは部長のファンと言って過言ではないんです」


 今までの口ぶりから、その様子はよくわかった。


「だけど……」


 と、美羽が沈んだ声を出した。七生夜は友香からそちらに視線を向けた。


「あたし、この間……聞いちゃったんです」


 つらそうにうつむき、唇をかみしめた。そして眉間にしわを寄せ、顔を上げた。


「手芸部は、特に活動時間は決めてないんです。家で淡々と作品に取り組んでもいいし、みんなで集まって部室で作ってもいい。それぞれのペースがあるから、みんな、好きなように取り組んでいるんです」


 みんなで揃って編み物をしている情景は浮かんでこない。


「他にも部室を、休講になったり、次の授業までの空き時間をつぶすために利用する、なんて使い方をしてたりします」


 七生夜は自分の学生時分を思い出し、うなずいた。

 七生夜が学生の時、食堂で時間をつぶしたり、仲のいい教授の部屋でだべったりしていた。きっと、どこかのサークルに所属していたら、そうやって過ごしていただろうことは容易に想像がつく。


「それで、あたし……聞いちゃったんですっ」


 美羽は、手に持っていたカバンを強く握りしめ、視線を下げた。


「休講になったので、手芸部で時間をつぶそうと思って向かったら、先客がいたんです。ドアを開けようとしたら……中から声が聞こえてきて」


 そこで息を吐き、続けた。


「部長と副部長がいたようなんです。副部長の声だけが聞こえてきました」

「ん? 副部長の声しか聞こえなかったのに、どうしてもう一人が部長だとわかったんだい?」


 七生夜は疑問に思い、美羽に質問をした。


「副部長が、部長の名前を怒鳴っていたからです」

「怒鳴っていた?」

「はい。『日泉ひいずみさん、片付けてください。なんですか、この黒い羽根!』って。あ、日泉さんってのは、部長の名前です」


 美羽の補足説明に、七生夜はうなずき、疑問を口にした。


「……黒い羽根?」

「はい。少し大きめなビーズと鳥の羽根を使って、アクセサリを作ることもあるんですよ」

「ほぅ」


 七生夜にはそれがどういったものか想像がつかなかったが、感心したようにうなずいておいた。


「部長と副部長ってその、あんまり仲がよくないというか……よく言い合いをしていて。今日もきっと、それなんだなと思ったら部室に入りにくくて、食堂に移動したからそのあと、どうなったのかわからないですけど」


 それだけで二人の仲が悪いと結論付けるのは早計なような気がしたが、時計を見ると、思ったより時間が経っていることに気が付いた。


「もう少し、話を聞きたかったんだけど、そろそろここを出ないと、次の授業がまずいのでは?」


 七生夜の指摘に、三人はそろって時計を見て、あわてはじめる。


「最近、部長が作った作品が、失くなるんです」


 友香があわただしく、問題をようやく口にした。


「失くなる?」

「はい。だから、その……」


 言葉を濁しながら、三人は保健室をあわただしく出て行った。

 七生夜は腕を組み、片眉を上げた。

 三人の話を総合して、彼女たちの言いたいことを察してみる。

 日泉部長のおかげで、手芸部の部員が増えた。部長は、ビーズでアクセサリなどを作るのが得意。ファンが多数いる。

 文化祭では、日泉の個展状態で展示をする予定。

 しかし、その日泉の作品が失くなっている。

 日泉と副部長の仲が悪いから、きっと犯人は副部長……と言いたいのか?

 それはいくらなんでも、早計過ぎるだろう。

 だが、七生夜にはそれだけの情報しかない。

 授業が始まるチャイムを聞き、七生夜は立ち上がる。

 保健室を出て、施錠をすると、とある場所に向かうことにした。


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