第九話 探り合い」
私は今、協力という名目の事情聴取を受けている。
このかよわいはずのコムスメに対して、この人数は何よ。
心理学の専門家から科学捜査のチームがいて、勿論陰険メガネも責任者としている。
どうやらその陰険メガネの隣にいる面々はかの有名な公安当局の方々らしい。
何とものものしい。
そりゃあ仕方がないか。
私の協力という名の元に提示した携帯は没収されたまんま。
返ってくるなんて期待はしていないから、買い直さなきゃ。
経費はもちろん陰険メガネで、ね。
「だから、何度も言ってるけど、突然メールが送られてきたの。彼がこの日本にきたのかどうかなんて、私にわかるわけないでしょ。」
「て、いうか、私の方がびっくりよ。何で生きてるの?私の方が知りたいわ。」
もう、繰り返し同じ事を言い続けてうんざり。
日本ではいつもこうね、成長がない取り調べってやつ。
私がうんざりしたように言うと、さもエリート然とした若い男がきつく私に言い放つ。
「篠宮さん、事態は緊急を要しているんです。もう一度お尋ねします。あなたは彼だと思われるんですね。確かですか?」
私はまだ若い公安と思われるその男をじっと見つめた。
「あなた、写メみた?それが答えよ。」
「違うと思うのもいいわ。実際彼は死んだはずだし。ただ、私は知らない所から今夜届いたメールに彼の匂いを感じた。だから昔の知り合いの高橋さんにすぐ連絡した。それだけよ。」
「私にはあと答えようがないわ。」
そうにっこり笑って答えた。
「ねえ、今何時かしら?私の携帯はかえしてもらえるのかしら?私ってバリバリの未成年だし、明日もバイトなの。もう日付変わっているわよ。」
そう言う私をにらみつける彼。
そこに陰険メガネこと高橋が柔和に話しかける。
「うん、それはわかってるんだけど、事が事だからね。ごめんね、悪いけどもうちょっといいかな?アメリカやヨーロッパの幾つかの国からも問い合わせが来ていてね、もちろん非公式にね。どこから情報が漏れるのか、本当にこの国が心配になるよ。」
そう言って眉を下げる。
はたからみれば、好印象の人物にみえるだろう。
案の定、ここにいるのは、こいつのシンパばかりらしい。
目に見えて空気が変わる。
エリートの中のエリートの癖に、それを鼻にかけないキャリアとして若い時分から名をはせているらしいが、これほど食えない嫌な奴はいないと私は思っている。
あの当時から、この男の前では気がぬけないしぬくつもりもないが。
「それでね、やっぱり君が言うことには、皆注目しているんだ。これは最新の情報なんだけどね、非公式にあの元共産圏の国が、かの殺人鬼の母国だけど、君も知ってるだろうけど、最終的に彼を収監した国がね、認めたみたいだよ。」
「すごく苦しい声明だけどね、確かに自殺した彼は偽物の可能性もあったかもしれないって。どうせ何かで彼を利用しようとして失敗したって所だろうね。」
「高橋さん!」
何人かが大きな声を上げる。
部外者である私に聞かせて!って非難ね。
「いや、こうなったら危険なのは彼女だよ、あっ、違うか、彼女の周囲か?うん、研究者によっていろいろと発表が違うから僕にはわからないけど、これはもう黙っていていいことじゃないんだよ。」
「僕たちはこの国の国民を守る責任があるんだからね。なあに、始末書なんて何枚でも書けばいい事だよ、僕にはね。それより大事な事を考えなきゃ。」
そう言って周囲の人間に爽やかに答える陰険メガネ。
ほら、そうやって周囲の体育会系はコロッと騙される。
こいつは国民なんて知ったことないのにね、ただ自分の好奇心を満足させるために動く。
小さな子供より性質が悪い、権力と知恵はたんまりあるから。
私はあの過去の日、こいつが遊び感覚で生きている事を何故かわかってしまった。
気付いた私には、それ以来猫をかぶらない。
しかし考えてもみろ、当時の私は子供だぞ、その私に、
「ばれちゃった?俺にはどうでもいいことだよ、何人、人が死のうがね。ただそれが楽しませてくれるかどうか。わざわざこの仕事選んだのに、めったに面白そうな事件ないんだよね。」
この男は面白くするために、犯人さえ作っているんじゃないかといった私に、意味深に笑った。
犯罪者は面倒そうだから、取り締まる方になったんだと、簡単な事でしょ、と子供の私に言った男に改めて目を向ける。
陰険メガネこと高橋は、君が言うのは信ぴょう性あるなあ、と深刻にあごに手をかけ私を見ている。
「当分、アルバイトは休んでもらえないかな?もちろんその分の補償は僕個人でさせてもらうよ。」
「それと携帯は、うちで調べさせているから、これも買わなきゃね、悪いね、本当に。」
「でも、どこの捜査機関も喉から手が出るほど欲しがっている唯一の証拠なんだ。わかってくれるよね。」
じゃあ、また何かあったらすぐ連絡くれるかな、身辺警護が隠密でつくからね、安心して、そう言って私を車で送ると言いだした。
何か言いだしそうな周囲の人間に、あくまで善意で彼女はきてくれたんだし、連絡もくれたんだ、時間も遅いし、これ以上はダメだよ、と諭すように言う。
私は帰りの車で隣に座る高橋に、
「嬉しそうね。」と言ってやった。
「ああ、本当に。日本で暴れてくれるかなあ、楽しみだよ。」
と答えてきた。
最後に家の前で降りる時、高橋が言った。
「ねえ、迎えの車が行く前に着信あったろう?あれ高校の友人の名前だったけど、彼だろ。」
私は知らんふりして降りた。
「生き延びたら教えてあげる。」
そう答えた私に、それはそれは大爆笑で答えてくれた。