第8話 剥離
お風呂を出て、遅い夕食を簡単にとった。
私はパソコンをあけて、古い友人にメールを送った。
慎重に慎重を重ねるにこしたことはない。
うさぎの動画を送った。
まさか、とは思うが、私は彼らを守りたい、それは今も昔も変わらない真実だから。
これで当分、お互い接触はなしだ。
少なくとも半年は。
エアコンをつけぬままのこの部屋は、はるか昔のあの時の感覚を呼び起こす。
特に今日みたいな日知人に思いがけず会った日は。
私は急いでエアコンをつけた。
階下で眠る祖母を思う。
それでなくとも過去幾度心配をかけたか。
絶対に心配させずに、パスポートの申請をする方法はないだろうか?
父母の元にいくため?・・・ない、ない。
彼らの元にいくなどありえないのは、さすがの人の良い祖母でも無理だ、知ってる。
学校行事、うん、これでいこう。
パスポートの申請は、この時期は時間がかかる。
こんなことなら、パスポート切れる前に延長しとくんだった。
まさか日本から出ようなど思ってなかったからなあ。
私は不安で眠れなくなっているだろう古い友人の一人を思う。
自分の為にも一度確かめるべくアメリカに行かなければ。
早ければ早いほどいい。
私は布団に入ってもなかなか眠れなかった。
何て事してくれるんだ、陰険メガネ。
あんたが顔を見せるから、自分でも思ったより神経質になってしまっているじゃないか。
私は眠るのをあきらめて、明日のバイトはきついかも、とそう思って眠るのをあきらめた。
こんな日は嫌な事を思いだす。
そんな眠るのをあきらめた私が目にしたのは、携帯のメール着信を知らせるランプの点滅だった。
ああ、お風呂長かったもんなあ、そう呑気に携帯を手に取ってメールを開けた私は、アメリカになど行く必要がないのを知った。
見覚えのないアドレスから大量に送られてきていたメールには、同じ言葉が書かれていた。
最新の3つほど開けて、それ以上みるのをやめた。
自分で自分が思ったより冷静なのに驚いた。
この日本でのんびり過ごしていた私から過去の私が剥離して浮かび上がってくるのがわかる。
メールに添付されている画像は、あのサイトで最近各地で行方不明だと言われた人たち。
その映っている顔に見覚えがある。
メール一つに映っている顔が違うのも、何というか、相変わらずと、これこそ言うべきか。
ああ、この人は警察関係者、しゃべらない私達に優しくはない対応をしてくれた大人げない奴。
この人は児童福祉施設の職員、裏表が激しい女だった。
ちなみに古い方を試しに一つ開けてみた。
それは、はるかに思える過去に、であった今はいない子供の一人、名前は思い出せないけれど、その特徴的な赤毛とそばかすの女の子の事は覚えていた。
私が幼いながら、自覚を持った原因の子だったから。
メールの本文には、全て
「マイ・リトル、だあい好きだよ。」ただそれだけが書かれていた。
それも日本語で。
その最早生きているには難しい血の色にあふれた画面をみながら、私が思ったのは、私が守る人間の顔の数々だった。
私は、あの嫌味メガネの携帯に電話をかけた。
いらぬ腹を探られては面倒だ。
守るべきものを守れなくなるから。
すぐ覆面で迎えにくるという。
あんた知ってたでしょう?聞きたい言葉をかろうじて呑みこむ。
この日本でかの人に対峙できる人間はいるのだろうか?
今からくるという陰険メガネですら、ホンモノは知らないのに。
ますます自分の中から過去の私が剥離してくる。
あの時のように誰も、誰も頼れない。
時は流れた、今となっては痛いほどに。
私は優しい世界をこの日本で知ってしまった。
あの時とは違う。
年齢もまた。
全てが不安定要素ばかり。
けれど・・・・・私は少なくとも誰よりもかの人を知っている、それは彼を調べる研究者はじめ自他とも認める所。
ピンとアンテナをはって、うさぎのように危険からいち早く逃げさせる、それに尽きる。
携帯が鳴った。
陰険メガネがついたのだろう。
私は何気なく出ながら階段を下りる。